第25章 凡骨上等

「わしは、もう戦いとうない。これ以上……誰かが死ぬのは無理じゃ」


 鬼丸はだいたい返答はわかっていた。

 先程の涙を見ていたら、常人なら戦わせたくないと思うのが当たり前である。

 鬼丸も無論、そうだった。


「……だよな、ごめん」


 鬼丸はそのまま部屋を出ようとしたその時。


「まっとくれ!」


 ウメは鬼丸を呼び止めた。

 流石に鬼丸も驚き、その場に固まった後、振り向くと、どこか儚い表情を浮かべたウメがいた。


「わしの所に……居てはくれぬか」

「……え? つまり……」

「しばらく、わしと同居して欲しいのじゃ! お主……その、政景と顔が瓜二つなのでな……代わりみたいな言い方をしてしまうが、せめて、政景殿とやれなかった事を……したいと思うて……」

「ああ、良いよ」

「「「はぁああああああああぁぁぁ!?」」」


 襖を思い切り開いて3人は驚きのあまり叫び散らかした。

 その唐突な声にウメと鬼丸は硬直し、後に鬼丸は呆れた。


「いや、そんなに似てるなら、むしろ縁かな……って」

「待て待てそれは早すぎるぞ鬼丸君」

「そうよ、あんた早すぎるわよ出会って数時間でデートとか」

「そーよどうせあんなホテルで▉▉▉や▉▉▉するんでしょ!」


 ルナの爆弾発言や井草の注意等もあったものの、鬼丸はただ心配する親のやかましい声にしか聞こえなかった。


「あーもーうっせぇな……」

「その▉▉▉とか▉▉▉ってなんなのじゃ?」

「だァー!! ウメちゃんは知らんでよろしい!」

「よくわからぬが……つまりは体を交えると捉えて……」

「捉えて! 頼む、初対面の人に唐突にそんな話を振らないで! 俺未経験のうぶな16歳だから!」

「お主その歳でまだ未経験なのか。わしの時代ならもうとっくに愛人と済ませておる」


 鬼丸は童貞だという事実が分かり、本人は色々と辱められた。


「とにかく、わしとその今で言うでぇとをして欲しいのじゃ」

「ど、どこにします……?」

「うーむ……まずは城下町かの」

「……もうお城無い」


 その返答にウメは半笑いで返した。


「ん? そんなわけ無かろう、城の近くは栄えておる。まずはそこから……」

「ウメちゃん、もう江戸幕府は滅びたんだよ」


 その言葉はウメの全身に激震が走った。


「そ、そんな……徳川家が……滅びた?!」

「うん、とっくに。なんなら鎖国も終わってる」

「な、なんじゃと……嘘じゃ、わしを騙そうとしておる」

「外は変わったぞ、異国の人は平気で移住するし、宗教も自由だし、馬車はもうほとんど走ってないし、侍も居ないし、浮世絵も無いからな」


 ウメは言葉が出なくなった。


「世の中は……平和なのか」

「ああ、江戸よりも平和だ」


 あまりにも変わりすぎた時代に放心状態のウメは魂がすっ飛んでしまった。


「……へ、へー時代は変わったのー」

「んじゃとりあえず外出るか」


 ウメと鬼丸は街へ出た。

 その世界はウメにとっては異世界も同然。

 やたら早い塊が道を走り抜け、若者はよくわからぬ板を持ち歩き、食べ物も見た事あるものもあれば謎の食材を使ったもの。

 なんなら移動用の生き物であったはずの牛が丼物にされていたりと見るもの全てが変わっていた。


「どうなっておるんじゃ!? この世はこんなに変わったのか!? 怖い! 物の怪より怖いぞ!」

「まぁ価値観江戸で止まってたらそうなるよな……あっ喫茶店行く?」

「き、きっさ……てん?」


 ウメの頭にはハテナしか生まれなかった。


「あっそうかわかんねぇのか……あれだあれ、茶屋みたいなやつ」

「おお、そうか。そこでお団子でも食べようぞ……わしはもう見るだけで疲れた」


 鬼丸とウメはメモリアに来た。。

 店内には掃除をしている焔と、何やらケーキを作っている犬飼が居た。


「……わしの知ってる茶屋じゃない」


 ウメはもう何が何なのかさっぱりだった。

 そんな彼女を見て焔は言った。


「どうした鬼丸、そんなサムライガールなんて連れて来て、もしかして彼女?」


 犬飼はそれを聞くと笑った。


「んなわけねぇだろ烏丸、こいつにそんな女運あると思うか?」

「ねぇよな。ハッハッ」


 焔が高らかに笑っていると鬼丸は無言でケツキックを放つ。


「いってぇ!」

「f▉ck」

「うわぁストレートな悪口」

「いや彼女じゃねぇけど、俺の刀だから」

「ってことはそいつ魔法少女なのか?」

「おう、江戸時代から居るから大先輩だな」

「お前のじゃロリが好きなのか」


 鬼丸はもう1発焔にケツキック。


「いってぇ!」

「うるせぇこのファイヤーチキン野郎」

「うわぁカーブな悪口」


 そんなこんなでウメは席に着いてうなだれた後に緑茶を注文した。

 ちゃんと彼女に合わせてか、犬飼は湯のみで差し出した。


「熱いからな」

「おう助かる……唯一の救いじゃ……これは何も変わっとらん」

「良かったな」

「おう!」


 ウメは明るく笑顔で答えた。

 すると犬飼は外で井草達3人が、喫茶店の中を覗いているのに気づいた。

 1回鬼丸とウメの2人に言おうか迷ったが、ここはあえて言わずに尾行を続けさせてやろうと思い、黙る事にした。

 すると焔が気づき、3人に声をかけようとし始めたが、犬飼が即座に口を封じた。


「烏丸、君は知りすぎた」


 焔はそのまま店の奥に軟禁された。

 その光景を見て2人は絶句した。


「焔は……何をしたんだ」

「ああ、彼は知りすぎたのさ……」


 後ろから振り向き、悪意たっぷりの笑顔を見せながら犬飼は言った。


「あやつ……裏で何かしておるんじゃなかろうか」

「ああ、顔つきは悪いけど決して悪い奴じゃないから……」


 鬼丸がフォローするも、ウメは犬飼を疑っていた。


「悪代官の匂い……」

「ま、まぁ1回落ち着いたしさ? 公園でも行く?」

「……なんじゃそれ」


 ウメは疑問のまま向かうと、そこは平凡なブランコや滑り台、ベンチ等見知らぬ物ばかりではあるものの、どことなく落ち着く空気感が漂い、初めてのウメもすぐに安らいだ。

 日光がウメの全身をつつみ、体に安らぎを与えいくように感じた。


「日が心地よい……」

「だよな……ここベンチ居心地良いんだよ」


 2人は揃ってベンチに座り、日光を全身に浴びる。

 鬼丸とウメはそのまま眠りにつこうとした。

 その刹那、何かが鬼丸の顔面にぶつかった。

 額がヒリヒリとして、痛い。

 鬼丸が目を開けると、そこには少年がいた。


「お兄さん、ボール返して」

「その前に謝れよ」

「……」


 少年は黙ったままだ。

 鬼丸は少し腹がたちながらも1回落ち着き、大人な対応をしようと思い、ボールを返した。


「……人に迷惑をかけたら、謝るっての、わかる?」

「うん、そうだね」

「それがわかってるなら謝りなさい」

「だって


 そういうと、少年の皮は溶けてゆき、青い皮膚の蝶の様な怪物に変わった。


「……魔獣か」

「遊ぼう、お兄ちゃん」


 鬼丸も魔獣の姿に変わり、すやすやと眠るウメを横目に蝶の化け物に立ち向かう。

 蝶の化け物は羽根を広げ、空を舞う。

 鬼丸も翼で空を飛び、蹴り落とそうとするが、その蹴りは蝶の化け物の右に外れる。

 鬼丸はおかしく思いながらも、蝶の化け物を追うが、なかなか攻撃は当たらず、1回地上に降りて再び飛び立とうとするも、蝶の化け物は胸ぐらを掴んで鬼丸を投げ捨て、鬼丸は木の幹に激突する。

 鬼丸は背中に大きな衝撃を受け、肺の空気が抜けていくのを感じた。

 さらに追い討ちに蝶の化け物は指からミサイルの様な物を発射し、鬼丸に命中させる。

 身体中に鋭い痛みが走り、鬼丸は倒れかけた。

 するとウメが起きて周りの状況を見る。

 それは、あまりにも残酷でショッキングな光景で、ウメにとってそれは再び現れた悲劇の幕開けとしか思えなかった。

 あの時の事を思うと息が荒くなり、胸が痛くなる。

 もう二度と失いたくない。

 大切な人を。

 それなのに運命はなぜ、自分から仲間を奪い取るのか。

 ウメには分からない。


「……もう、嫌じゃ」


 ウメの目からは涙が零れた。

 その時、誰かが叫んだ。


「お前がいたら、俺は死なねえ」


 鬼丸だった。

 だが、その言葉は政景あの人の様でウメの心を震わせる。

 ウメは思い返す。

 あの時の自分は未熟だった。

 政景は、私を助ける為に自ら戦いに赴いた。

 それは、私自身が危険なものでは無い事を証明する為でもあった。

 そのせいで政景は亡くなった。

 でも、今は必要としている。

 私の力が必要なのだ。

 それなのになぜ逃げる?

 誰かが死ぬのが嫌?

 ならば死ななければ良い話。

 死なないように、戦わねばならない。

 そんな覚悟から逃げるのは


「よかろう」


 ウメは刀になり、鬼丸のぶつかった木の幹に刺さった。


「さぁわしを使え!」

「あいよ」


 鬼丸は刀を抜き、蝶の化け物に切っ先を向ける。

 鬼丸は刀を逆手持ちにし、蝶の化け物に立ち向かう。

 蝶の化け物は羽根をバサバサと扇ぐ。


「なにやってんだよ」


 鬼丸は刀を振り上げる。

 しかしそれは空を斬り、蝶の化け物はその隙に脇腹に蹴りを入れる。

 鬼丸のあばら骨にミシミシとヒビが入る音が聞こえた。

 鬼丸は刀を地面に突き刺し、何とか倒れずに体勢を整えるも、視界はどことなくボヤボヤとしているのを感じる。


「鱗粉……か?」

「正解」


 蝶の化け物は再び指からミサイルの様な物を放ち鬼丸を追い詰めていく。

鬼丸も負けじと刀でミサイルを斬るも、全てを斬れる訳でもなく、何発かは体に被弾する。

鬼丸の体力はほとんど限界に近かった。


「鬼丸殿、わしに任せろ。秘策を教えよう」

「さっさと頼む……死ぬ」


ウメはある事を鬼丸に直接伝えた。


「うわぁ……焔から聞いていたとはいえ気持ち悪いな……これ」

「仕方なかろう」

「何喋ってんのお兄ちゃん」


蝶の化け物は口から伸びた管を尖らせ、ほとんど限界に近い鬼丸に向かって管を突き刺そうとした。

その刹那、鬼丸は目を閉じた。

蝶の化け物は諦めたかと思い、容赦なく鬼丸に一突きにする。

すると、管の刺さった感覚に違和感を覚えた。肉としてあまりにも固すぎる。

それは、鬼丸の後ろにあった、木だった。

管は木に突き刺さり、ミシミシと今にも壊れそうだった。

すると、背後に呼吸音が聞こえた。

さっきまで目の前に居たはずの鬼丸が、何故か、背後に居る。

振り返ると、鬼丸は左手に鞘を持ち、右手に刀を持っていた。


鬼宗流茨木斬おにむねりゅう いばらざん


そう言いながら鬼丸が刀を鞘に収めると、蝶の化け物は右肩から斜め下かけて袈裟斬りになっていた。

青い血が吹き出し、蝶の化け物はあまりにも速すぎた出来事に驚いた。


「な……なに」


意識が朦朧とする中、左から何かが頭に当たった。

そして景色はグルグルと回り、視界は地面に転がったボールのようになった。


「{楽しかったよ、坊主}」


蝶の化け物が首をはね飛ばされたのを自覚したのはその言葉を聞いてから5秒後だった。


「そうかぁ……」


蝶の化け物の身体は青い炎を上げ、灰と化した。

頭も同じように灰になり、鬼丸は刀を杖にした。


「うっっわ……めっちゃつかれる。死ぬわこんなん。もう無理あの世へ行く」

「何を言うておる! こんなの鬼宗流の初歩の初歩じゃ! というかなんじゃトドメは斬らんと駄目じゃろう! なんで蹴ってるんじゃ」

「なんでだよ! 蹴るのが俺のスタイルなの! ウメはサブウエポンなんだよ〜」

「拙者をめいんうぇぽんにするんじゃー!」


2人の満身創痍な痴話喧嘩は、しばらく続いた。


To Be Continued

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