第16章 飢えた番犬

「……焔」


 結衣はそれ以上言葉を出せなかった。

 目の前には脳天を貫かれた焔が居たのだから。

 その穴からは無論、血が流れ出ていた。

 そして由香は、そのまま何も無かった様にパトカーに乗った。

 空は曇り始め、今にも雨が降りそうだった。


「由香さん……なんで……撃ったんですか」

「……仕方ないのよ。ああなってしまった以上、私達は何も出来ない」

「……でも」

「口答えなら好きなだけしなさい。現実にいくら口答えしようと、変わりはしない」


 結衣は口を閉じてしまった。

 外は雨が降り出し、雨音と警察の連絡のみが車内に聞こえる。


「……あの」

「何?」

「由香さんは……なんで魔獣になったんですか」


 由香は胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけようとするが、外が雨で開けられないのに気づきとりあえず口に咥えるだけして結衣の質問に答えた。


「……付き合ってる彼氏が居てね。まぁ今はちょっと別々に行動してるけど。そいつとデートしてたんだっけかなその時に魔獣に襲われて……かな。あいついっつも遅れてきては服装ダサかったけど、一緒に居て、楽しかったから」

「今その人は」

「さぁね、なんか狩人を名乗ってる奴を止めに行くって言ったまま、音信不通だよ」

「えっ……」

「多分、そういう事よ」


 口に咥えていた煙草が落ちたのを由香は知らなかった。

 そして結衣はその言葉に聞き覚えがあった。


「その人……知ってます」

「あら、そうなの。別にそいつに復讐とか考えてないから。」

「そう、なんですか」

「ええ……」

「……ごめんやっぱ名前聞きたいわ」

「犬飼裕二……って人です」

「犬飼裕二、ねぇ」


 由香はスマホを取り出し、それをメモに残した。

 結衣には、彼女の目元が光っているように見えた。



 同時刻、メモリアでは犬飼裕二が外に干してあった洗濯物を中に入れて干していた。

 店内に客が居ないので、思い切り店内にも干せるようにロープを張り、そこにシャツやらハンカチを干した。

 流石に下着はまずいので焔の部屋に干すことにしたが、まぁまぁアンティークな店内に干すと、雰囲気が壊れる事が分かった。

 ルナはまだ焔の部屋でゲームをしている。

 くいなは降りてきて、犬飼の作ったケーキを食べたあとそのまま寝てしまった。

 鬼丸は灰の掃除をしているが、流石に人の死体なので黒い袋に入れてゴミ箱にいれるのにも少し臆病になっていた。


「……お前、元々人食ってたんじゃねぇのか」

「兄貴がいつも一突きで殺ってたからこうも原型を留めない殺られ方は慣れてねぇんだよ……あー南無阿弥陀仏」

「……兄貴ってどんなんだったんだ」

「そりゃあ……頼れる人だったよ。憧れだった。俺の事を誰よりも分かってくれてて、親が居なかった俺にとっては親みたいなもんだからな……」

「……そっか」

「なんだよ、無愛想だな」


 決して興味がなかった訳ではない。

 その兄を殺したのは自分だ。

 そんな頼れる兄を殺したのは。

 だから、最初は彼に恨まれていた。

 仕方のないことだと思っていた。


「……ってか、良いのか」

「何が?」

「その……言いづらいけど、兄を殺したのは俺なんだぞ? もっとこう……恨まれてもおかしくないのに……」


 鬼丸はゴミ袋の端を結んでゴミ箱に入れて、蓋を閉めると、こう言った。


「……なんつーか、恨んじゃ良くないのかな……お前だって、楽しくて殺ったとかじゃないんだろうし、それで俺がお前を殺したらまた俺が誰かに恨まれるんじゃないかなって……だから、恨むのは良くないんじゃないかって思って……さ。なんか一周まわってもういいかなって」

「……ごめん」

「別に謝んなくって良いって。それより準備したら? 決闘」

「……そうだな。過去にけり付けないとだしな」


 犬飼はまたあの日を思い出した。


 4年前。

 犬飼裕二12歳。

 青空から逃げた犬飼は、路頭をさまよっていた。

 空腹で腹は鳴り、体も汚れているのは分かっていた。

 ここ最近はろくなものを食べていない。

 最後に食ったのは蛙だっただろうか、それとも虫だっただろうか、それすらも覚えていない。

 犬飼は覚悟していた。

 そろそろ飢え死にする時だと。

 大雨で外は冷えて、体も冷たく感じる。

 死を受け入れようとしたその時だった。


「……大丈夫?」


 その声は自分よりも少し年下の女の子だった。

 茶髪で目は青く、まるで外国人の様だった。

 しかし、日本語は流暢でカタコトとは思えなかった。


「……あ……う」


 犬飼は何とか話そうとしたが、言葉もろくに話せなかった。

 それを察した彼女は、茶色のランドセルからコッペパンを取り出した。


「食べる?」


 袋を開けて犬飼の口に近づけると、犬飼はそれを食べた。

 犬飼は情けないと思った。

 年下の女の子にこんな事をされなければいけない身にまでなってしまったのだから。

 コッペパンを食べ終えても、喉は乾ききっており、声は出なかった。

 何とか立てたものの、目眩がしたりして、あまり彼女の顔を鮮明に見ることは出来ない。

 しかし、彼女は手を引いた。


「……来て!」


 まるで助けるかのように彼女は言った。

 犬飼はここで意地を張っても死ぬだけなので、どうせならこのままついて行こうと思った。

 意外にも彼女の家は大きく、広い庭に大きめの門があった。

 家に入ると、照明がまるで朝日のように眩しく、思わず手で光を防いでしまった。


「待っててね」


 犬飼はそのまま寝てしまった。

 目が覚めると、そこは過程としては広いリビングに大きめのテレビがあり、その前の机の上には水とナポリタンが置いてあった。

 壁にかかっている時計を見ると9時を過ぎていたのが分かった。

 自分には毛布がかけられていて、ボロボロのシャツとズボンを着たままだった。

 犬飼はとりあえずナポリタンを1口食べた。

 味は普通だった。

 でも、当時の犬飼にとってそれは美味しい所ではなかった。

 いつからこんなに温かい飯を食べていなかったかわからなかった。

 何故だか自然と涙がこぼれて落ちてきた。

 すると、ドアから自分を助けた彼女がやって来た。

 どうやらお風呂上がりらしく、首にバスタオルをかけている。


「……食べた?」

「……まぁ」

「良かった……」

「ごめんね……こんなのしか作れなくて」

「いやまぁ……美味かった」

「ありがとう! そういえばお兄ちゃん、名前は?」

「えっ……犬飼裕二……だけど」

「犬飼……裕二、裕二で良い? 私、藍川カリス!」

「ああ、ってかいいのか? 俺みたいな不審者を連れ込んで」

「大丈夫大丈夫、お父さんは単身赴任だしお母さんもしばらくは帰ってこないし」

「……金持ちの子?」

「やっぱり……バレる?」

「そりゃ……なあ」


 カリスは気まずくなったのか、冷蔵庫から牛乳を取り出して、マグカップに注いで電子レンジに入れ、牛乳を温め始めた。


「あっ、着替え。お父さんの昔着てたのを漁ったからそれ着ていいよ」


 犬飼は脱衣所へ向かうと、そこにはワイシャツとズボンが置いてあった。

 下着は無いのかと疑問に思ったが、とりあえず風呂に入り、身体を清潔にした。

 着替えを着て、リビングに戻るとカリスがテレビを見ていた。


「……姉とか、いないのか」

「え……まあ、いな……い? かなぁ」

「というか、なんで俺を連れてきたんだ。関係ないだろ、俺があんなところで倒れてても」

「でも、人が倒れてたら、助けないと後悔するんじゃ無いかなって思って」

「……変なやつ」

「あー! 今変な奴って思ったでしょ!」


 カリスはほっぺを膨らませて少し拗ねた。

 犬飼は少しめんどくさいと思いながらも彼女の隣に座った。

 テレビにはドラマが流れていた。

 どうやら不良モノのドラマらしい。


「……面白いのか? このドラマ」

「うん、面白い」

「そう……なのか」


 しばらくドラマを見ていると、カリスはウトウトし始めて、そのまま犬飼の肩に倒れ込むように寝てしまった。

 犬飼はそのまま動けないと思い、その場で眠りについた。


 翌朝。

 時計は午前6時を過ぎ、カリスはまだ寝ていた。

 デジタルの置時計の日付を見るに今日は土曜日らしいので彼女が習い事でもしていない限り大丈夫だろう。

 犬飼はゆっくりと彼女を横にして、冷蔵庫を開けた。

 中にはあまり食材は無かった。

 おそらく昨日のナポリタンで使い果たしてしまったのだろう。

 犬飼は卵を取り出して、とりあえず目玉焼きを作ろうと思い、引き出したから取り出した油をひいたフライパンの上に卵を割って落とした。

 その上にハムを置き、塩コショウで味をつけた。

 自分で作った割には中々上手いんじゃないかと犬飼は思った。

 自分はそこまで空腹では無いので机の上に目玉焼きと同時に作っていたトースターを置いておいた。

 そして犬飼はあるものを探した。

 ペンとメモ用紙だ。

 運良く、キッチンとリビングを繋ぐカウンターの上にあったのでそれを使う事にした。

 そこに犬飼はこう書いた。


『服、ありがとう。さようなら』


 その時、カリスはソファから落っこちて目が覚めた。


「ごっふぅ!」


 変な声が出た。

 カリスは起き上がると目の前にそれはそれは見事なトースターと目玉焼きが置いてあるのに気づいた。

 そして、リビングを出ようとした犬飼に目が行く。


「うちに居ていいんだよ?」

「いや……流石に迷惑だろ」

「そんな事無いよ」


 カリスはあっさりと返した。


「でも……」

「良いの、そもそも。ここでてどうするの?」

「うっ……」


 犬飼はそう言われると、何も返せなかった。

 カリスはトースターを頬張った。

 犬飼はカリスの向かいに座った。

 テレビの邪魔になるが、消しているので大丈夫だろうと思い、カリスの美味しそうに食べる姿を見ていた。


「これ作ったの?」

「ま、まぁな」


 犬飼は顔を赤らめながら答えた。


「料理上手いじゃん!」


 カリスは笑顔で犬飼を褒めた。

 カリスが朝食を食べ終えると、カリスは犬飼を連れて自分の部屋へ招き入れた。


「いや、いいのか? こんな見ず知らずの男を自分の部屋に」

「いいの! さぁ入って」


 部屋の中はなかなか綺麗で、統一感のある家具で女の子の部屋という感じはあまり無かった。

 とりあえず丸くて脚の低い机を挟んでカリスはある事を聞いた。


「なんであそこで倒れてたの?」

「いやまぁ……その、あれだ。家出して……何も無くて……飢え死にしかけてた」


 言えるわけがない。

 あの日、親友に殺され人間では無くなった犬飼は、育ててもらった義母達によって、兵器同然のような者にされかけていた。

 そこから逃げ延びたは良いものの、それ以降どこにも泊まる場所が無く。路頭に迷っていた事など、信じてくれるわけがない。


「へぇー……」

「もういいだろ、俺はただの家出少年な訳でそれ以外なんでもない。 お家に帰らせてくれ」

「その割には帰りたく無さそうだけど?」

「それは……」


 多少カリスといてもいいんじゃないかと犬飼は思いつつも、やっぱり居候するのも悪いと思った。

 その時、窓がわれる音が聞こえた。


「なんだ……」


 2人は急いで2階から降りて音のなったリビングに行くと、そこには、茶色のローブを纏った少女と、ファラオのようや被り物をした獅子の怪人がいた。

 まさにその見た目は、スフィンクスそのものだ。


「まさか……」


 犬飼は無論、怪人を知っている。

 魔獣、人を食う怪物。

 本能のまま食らうものもいれば、その食事を楽しむ者もいる。

 そして、犬飼自身も魔獣である。

 カリスは怪人を見るやいなや、小さく悲鳴を上げ、すぐに口を塞ぎ、逃げてしまった。


「カリス?!」


 犬飼は手を伸ばすが、その手を彼女は払いのけた。

 犬飼は一瞬戸惑うも、振り返るとそこには、魔獣がいた。

 顔面を殴られ、壁に激突した犬飼は頭を抑えた。

 魔獣はカリスを見ると、カリスの方へ歩き出した。

 犬飼はすぐにわかった。

 カリスが命を狙われていると。

 その時、リビングに倒れていた少女が叫んだ。


「使って! 私を!」

「誰だよお前!」

「とにかく! 早く! その子を助けたいんでしょ!」


 魔獣になろうとなんだろうと、今は彼女を助けたい。だがもし、魔獣の姿になったら。

 その後、彼女とどう接すれば良いのだろうか。

 そんな事を考えていたら、カリスと魔獣の距離はかなり近づいていたのがわかった。

 カリスは近くにあるものをありったけ投げたが、魔獣にはかすり傷ひとつ付かない。


「……もう、やだ」


 その悲しい声を聞き、犬飼は決心した。

 こんな魔獣やつらと。


「お前! 力貸せ!」

「わかった!」


 その時、少女は光りだし、篭手に変わった。

 そして、犬飼の両手に付くと、犬飼はすぐ様魔獣に右ストレートを放った。

 魔獣は壁に激突し、そのまま尻もちをついた。


「……なんだ、これ」


 犬飼が聞くと篭手になった少女は言った。


「私はルナ、非力な魔法少女だけど、あんたの力位にはなれるわよ」


 To Be Continued

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