第7章 聖戦士現る

 焔の入院から1週間が経った。

 後2週間ほどで焔は退院すると言う。

 その間メモリアは壊れた窓やら机やらその他もろもろで、一時営業停止となり、せっかくの売上も全てパーになったらしい。

 そして鬼丸もここで働く事になった。

 今までは兄弟でカツアゲして生計を立てていたらしく、今となっては改心して真面目に働いている。

 そして何とか店になる程修理はして、営業を再開したものの、肝心の客は蜘蛛の怪人が現れた事によって、全く来なくなり、店の中で閑古鳥が鳴いていた。


「来ないな……」

「まぁたまにこんな日はあったけど3日連続になると……ねぇ」


 来なさすぎる客に、鬼丸はボヤき、雄一もカウンターの椅子に座って頬杖をつきながら新聞を読んでいた。


「困ったなぁ、このままじゃ赤字だようち」

「あの蜘蛛野郎倒さないで弁償させりゃあ良かった〜」


 鬼丸がそう嘆くと、1人の客が堂々と突貫でつけたドアを思い切り開けた。

 まだ蝶番が固定しきれてなく、少し取れて片方倒れてしまった。


「ああっちょっお客さん、ドア強く開けないでよ!」


 男はドアを見ると、とりあえず壁に立てかけた。


「悪い、力が入りすぎた様だ。許してくれ」


 男は黒いスーツを決め、若い顔立ちでありながらも会社の重役に居座って居そうな威厳を持っていた。

 男はカウンター席に座り、メニュー表を手に取った。


「それじゃあステーキを貰おうか、青年」

「えっそんなメニューうちには無いかと……」

「何を言ってる、ここにあるじゃないか」


 メニュー表にはドリンクとスイーツ、そして裏面にランチが書いてあった。

 鬼丸はドリンクやスイーツはあらかた覚えていたが、まだ裏面のメニューは覚えていなかった。

 鬼丸は雄一に聞いた。


「ちょっ雄一さん、ステーキ1個入ったんですけど」

「ごめん今牛肉無いのよ」

「えぇ……」

「なら、焼きそばを頼もう、青のりを山のようにかけてくれ」

「雄一さんここ喫茶店なんですよね?」


 あまりにも喫茶店で食べるメニューでは無いので鬼丸は一応雄一に聞いた。


「焼きそばなら出来るよ、任せて!」


 鬼丸はこの人は食堂を経営した方がいいんじゃないかと思った。


 雄一が厨房に行き、料理を始めると、男は鬼丸にある事を聞いた。


「なぁ青年」

「なんです?」

「君は、正義をどう思う?」

「…………え?」


 あまりにも哲学的な質問に一瞬戸惑う鬼丸、そのフリーズの仕方はまるで受験で初見の問題に困惑する受験生のように。


「……返答次第で怒るとか、そんな事はない。ただ聞いてみただけだ」

「……と言われてもなぁ。何か大切な物を守れる事が……俺なりの……正義かなぁ」


 男はフレアから出された水を一気に飲み干すと、こう返した。


「そうか、君みたいな者が私には欲しかった」

「……え?」


「どうか君も、聖母親衛会せいぼしんえいかいに入らないかね!君のようまっすぐな青年を我々は求めていたのだよ!」


 男はそういい、カウンター越しに鬼丸の両手をがっちりと握る。

 鬼丸は困惑して男から手を離した。


「いやちょっと、そう言う宗教には興味が無くて……」

「決してこれは宗教などではない! 共に未知なる怪物を倒そうでは無いか、安心したまえ給料は多いぞ!」

「ここで十分ですから! ってか怪物を倒すの!? どういう仕事?!」


 すると、厨房から雄一が焼きそばを持ってきた。


「はーい、こちら焼きそばでーす」


 それは、ごく一般的なソース焼きそばでは無く、海鮮風の塩焼きそばだった。

 男はその焼きそばを見て絶句した。


「なん……だと……」

「ん? うちは塩焼きそばだよ?」

「青のりが合わないではないか……」


 少し凹みながらも男は塩焼きそばを食した。


「……悪くない味だな」

「でしょ〜」

「んで青年、名前は?」


 雄一の相づちを無視して男は鬼丸に聞いた。


「いや、胡散臭くて言えないんですけど……」

「安心したまえ、ここで聞いた情報は聖母親衛会の中でしか扱わない」

「それが怖いんですよ!」

「まぁまぁ、言っても減らない物なんだから」


 鬼丸は渋々答えた。


「覇道……鬼丸です」

「覇道鬼丸か、良い名前だ! 感動的だな!」

「ああ……はい」

「私は坂崎井草さかざき いくさ。聖母親衛会会員の1人だ。よろしく」


 すると、くいなが2階から降りてきた。


「あれっくいなちゃん? どうした?」

「……外に行く」

「そうか、行ってらっしゃい」


 くいなはそのまま外へ出ていった。


「ちょっと心配だな……」


 鬼丸がそう呟くと、隣で皿を洗っていたフレアが身体を軽くぶつけた。


「行けば? 私ひとりで今は大丈夫だし」

「あっ……ありがと」


 とりあえず鬼丸は私服に着替え、くいなの後を追うことにした。


 その頃、結衣は芦原と廃工場の隅に居た。


「あのさ、結衣 」

「……何?」

三幸みさきさんに会わない?」

「誰? その人」

「青空を作った人だよ。孤児院の時からずっといる」


 結衣は少し不安になったが、一応魔獣として聞きたいことも少しばかりはあった。


「そうね……会いたいけど……その人はどこに?」

「そこに居るよ」


 結衣が前を見るとそこには1人の女性が立っていた。

 純白のローブに身を包み、黒く長い髪を伸ばし、その瞳には影などは無かった。

 まさに聖母と呼べる人だった。


「あなたが……最近こちらの方へ来たのですね?」

「あっはい……」


 三幸は結衣の顔をまじまじと見た。


「まだ、慣れていないのですね」

「まぁ……なんというか、ちょっと複雑な気持ちというか……」

「あなたが悩む事は無いのです。私達こそが、この星で生きるべき存在なのですから」

「……と言うと」


 三幸は語り始めた。


「人類と言うのは死を恐れて来ました。その為に人類は身体を調べ、研究し、少しでも命を伸ばそうとしました。私も……その1人でした。しかし、私はある物を見つけました。それは先祖がとある研究をしていた時の資料でした。そこにはある革新的な物を作り出すものでした。私をそれを使い。死を乗り越えた者のみの世界を作ろうとしているのです。そして結衣さんもその死を乗り越えた者。だから悩む事はありません。ありのままで生きるべきなのです」

「でも……私は……人を食いたくなんて……」


 結衣がそう返すと、三幸はその言葉を遮るように言った。


「みんなやってるんですよ。それが当たり前、人類など、私たちの食糧なのです。人類が豚や牛の肉を食うように、私達も人類を食べる事は当たり前である事なのです」


 そう優しく語りかけた。

 でも、結衣はむしろその優し過ぎる言い方に、恐怖を感じていた。


「はい……ありがとう……ございます」

「どういたしまして、私はあなたの味方ですから」


 そう言い、三幸は微笑み、向こうへ去っていった。


「……良かったでしょ。まぁ僕はまだ未熟なんだよな……人類に情けをかけてるし」


 結衣は芦原も三幸も、みんな正気じゃないと思った。

 でも、確かに人類だって生物の命を奪って生きている。

 しかしだからって魔獣が人類を食べて良いのだろうか?

 半分哲学とも思えるような疑問を抱き、結衣は悩んだ。

 弱い者を守ると決めたのは良いと思う。

 自分には力があるのだから。

 おそらく、その力を持っているであろう三幸はその力を搾取に使おうとしているのだろうか、それはまだ分からない。

 しかし、力の使い方など、人次第だろう。

 そんな事を考えるのをやめて、結衣は寝た。

 自分の考えは、自分で決めよう。

 そういう結論になった。

 ほぼ投げやりになったが。


 その頃、くいなは公園のブランコで座っていた。

 そして向こうの草むらで鬼丸が覗いていた。

 

「大丈夫そうだけど……遊んでてくれないと……なんか心配だなぁ……」


 くいなは空をみて黄昏ていた。

 その顔は何事も考えていないようだった。

 すると、何者かがくいなの目の前に現れた。

 それは黒いパーカーを着て、ジャージのズボンを着た青年だった。


「君、1人?」


 くいなは首を縦に振る。


「そっか……じゃあ僕と遊ぼうよ」


 パーカーから見える顔は口までしか見えなかったが、そこから漏れ出る狂気は、鬼丸にも伝わった。


「何をするの……」

「それはね」


 男はパーカーを取ると、角が生え、鬼の様な姿に変貌した。


「鬼ごっこだよ」


 くいなはすぐにブランコから降りて逃げ出そうとするが、転んで足を擦りむいてしまい、うまく歩けなかった。


「僕が10数えるからさ、その間に逃げてよ……僕、足速いんだ」


 鬼丸はすぐに草むらから飛び出し、男に蹴りを放つ。

 しかし、男は地面から棍棒を作り出し、鬼丸を叩き飛ばした。

 鬼丸は木の幹にぶつかり、肺から空気が抜け、そのまま倒れる。


「遊びの邪魔しないでよ」


 男は冷たく言い、鬼丸は立ち上がろうとするが、再び棍棒で今度は鬼丸の顔面にぶつけた。

 鬼丸は鼻血を出し、地面に強く叩きつけられた。

 肩から着地したため、左肩に大きな擦り傷が出来て、せっかく自分の金で買った服はボロボロになってしまった。


「野郎……」

「邪魔だからさ、消えてもらうね」


 男が棍棒を振り上げたその時。


「待て」


 誰かがそう言った。

 その声は鬼丸に聞き覚えがあった。


「あ、あんたは……」

「誰? おじさん」

「おじさんとは失敬な、まだ私は26だ」


 坂崎井草であった。


「死を迎えたのにも関わらず、まだこの世に残る亡霊よ、あの世へ帰りなさい」


 そう言うと、井草は左手首につけたブレスレットを見せた。

 それはシンプルな作りで少しだけ何かをはめられる丸いくぼみがあった。

 そして井草はポケットから十字架を取り出した。

 その十字架を井草はブレスレットのくぼんだ部分に十字架の交差部分のとこにある丸い凸にはめた。


着装ちゃくそう


 そう言うと、ブレスレットから光が放たれ、2人はあまりの眩しさに目を塞ぐ。

 少しして光が消えるとそこには、白いパワードスーツの男が居た。


「哀れなその魂、あの世で眠るが良い」


 それは、井草だった。


「なんだよ……あれ」


 聖母鎧マリア・スーツ

 聖母親衛会が開発した、対魔獣専用スーツである。

 専用ブレスレットに十字架クロス・ジャッジメンターをはめることにより。瞬間的に装備する事が出来る。

 パンチ力3t、キック力4t、100メートルを9.0秒で走行可能としている。

 そして坂崎井草は、その聖母の鎧の装着者1


「さぁお嬢ちゃん、逃げなさい」


 くいなは足を少しずりながらも、少しづつ逃げた。


「みんなで僕の邪魔……しないでよ!」


 男は井草に棍棒を振るう。

 しかし、井草は動じずに棍棒を肩で受け止める。

 そしてその棍棒を太もものアーマーから出てきた十字架型の剣で切断する。

 この剣の名は、断罪剣クライム・ブレイカー。聖母鎧の装備の1つである。

 そしてこの剣は折りたたむことが可能であり、井草はすぐに剣を半分に折り曲げた。

 そして刃の部分を半分に折ると、銃口が現れた。

 この状態を断罪銃クライム・シューターと言う。

 井草は男に向かって銃を連射する。

 男に弾丸は全弾命中し、男は地面に倒れる。


「さぁ、安らかに眠りたまえ」


 井草は十字架を180度反転させ、十字架の長い方を外に向けた。

 すると、十字架から音声が流れる。


『CHECKMATE READY』


 十字架に青い電流が帯び、ふらふらと起き上がった男に井草は間合いを詰め。

 男の腹に左ストレートの渾身の一撃を放った。

 と同時に男の腹に強烈なエネルギーが流れ、男は爆散した。

 爆風によってブランコは大きくゆれ、砂場は少し砂が偏り、小さな壁の様な物が出来ていた。

 鬼丸も、その爆風に驚き、言葉は何一つ出なかった。

 井草は男がさっきまでいた場所に、白い菊の花を置いた。

 そしてそこで一礼をした。

 その動作はまるでお墓にお参りする様だった。


「井草……お前……」


 鬼丸は彼に駆け寄ると、突然剣を向けられた。

 鬼丸は驚いたが、魔獣の姿でいるのが良くないのだろうと思い、人間の姿に戻った。


「なんだそのスーツ……作ったのか?」

「……ああ、聖母親衛会で作られた強化スーツだ。冥土の土産に聞かせてあげよう」

「冥土の土産? 今の俺は三途の川の運賃も持ってないが……」


 鬼丸は軽く冗談を言うが、井草は大きく剣を振り上げた。

 鬼丸は慌ててよけた。


「ちょっと! 何するんだよ!」

「君も哀れな者だ……その魂、あの世へ帰りなさい」


 井草は剣を銃に変形させ、鬼丸に向けて、引き金を引いた。


To Be Continued

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