喫茶ボックスルーム
茜カナコ
第1話
市川瞳(いちかわ ひとみ)は、ファミレスでノートパソコンを広げて小説を書いていた。
すると、店員から注意された。
「お客様、店内が混み合って参りましたので、長時間のご滞在はご遠慮下さいませ」
瞳が困っていると、隣に座っていた線の細い青年が声をかけてきた。
「あの、よかったら僕の店に来ますか?」
「え?」
「小説、書いてらっしゃるんですよね?」
青年は気まずそうに鼻を掻きながら、瞳に言った。
「なんでそれを?」
瞳は青年に尋ねた。
「だって、メモを見て、考えながらパソコンに長文を打ち込んでいたから」
青年は笑顔を浮かべて、雑多に書き込まれたノートを開いた。
「僕も、小説を書くんです」
その笑顔の無邪気さに、瞳は警戒しつつも青年について行くことにした。
「ここです」
喫茶ボックスルーム、通称、屋根裏小屋。
その喫茶店は路地裏の奥にひっそりと立っていた。
店主はあらためて自己紹介をした。
河合整(かわい ひとし)、三十代になったばかりの色の白い細身の青年だ。
笑顔は子どもぽくて、やや幼い印象を受ける。
「僕も普段はここで小説を書いているんですが、人の息づかいというか、人の会話とかに触れたくなると、あのファミレスに行くんです」
「そうですか」
中に入ると、少し薄暗い部屋がいくつかあって、小さな音でジャズが流れていた。
「凄い……」
瞳が驚いたのは、壁という壁に本棚がしつらえてあり、古今東西の古書や最新のノベルなど、雑多な本が所狭しと並んでいたことだった。
「ここなら、コーヒー一杯でいくらでも粘れますから。あ、ブレンドはいっぱい500円です」
「じゃあ、ブレンドコーヒーをお願いします」
「かしこまりました」
整はキッチンに入ると、コーヒーをペーパードリップで入れ始めた。
「祖父はネルで入れてたんですけど、僕は不精者なのでペーパードリップにしちゃったんです」
「へー」
瞳は部屋の隅の席に座ると、ノートパソコンとメモ帳を広げて執筆を再開した。
しばらくしてコーヒーが運ばれてきた。
思っていたより大きなマグカップに、たっぷりと茶色い液体が入っている。
「……どうぞ」
「ありがとうございます」
瞳はパソコンから目を離さずに、礼を言うとコーヒーを一口飲んだ。
少し苦めに感じたが、ミルクも砂糖も入れずにそのまま飲んだ。
しばらくすると店の音楽がジャズから七十年代のロックに変わった。
「あ、もうこんな時間?」
瞳は時計を見て、慌ててお会計を済ませた。
「500円です」
「はい。また来ます」
「おまちしております」
整は瞳が店を出るのを見送ってから、またノートに何かを書き込み始めた。
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