二幕幕間 舞台下のシューティングスター
カッコいいから、綺麗だから、可愛いから、凄いから。
漠然とした理由で夢を志し、朧気に想像する未来だけを燃料に道を進んでいた。
だから星来は、すぐに道を逸れてしまうのかもしれない。
家族の影響でアイドルのライブ映像を見た五歳の春。星来の夢はアイドルだった。
五歳秋。友達の影響を受け、新体操を始めた。(のち半年でやめる)
六歳夏。誕生日に食べたケーキのあまりのおいしさにパティシエを志した。(料理教室歴三週間)
六歳秋。合唱コンクールで伴奏をした友人を羨み、ピアノを習いたいと駄々をこねた。(これは結構長く続いた。一年)
半年後。ソフトボールをやりたいと言った。(きっかけはいまだ不明)近くにチームがなく、諦めろと言われても駄々をこねたが一週間後にはケロッとして、次は柔道をしたいと言った。(確か熊を撃退したおじいちゃんのニュースがきっかけだった)
お察しの通り、成田星来は熱しやすく冷めやすい人間なのだ。
星来の情熱はカセットコンロだとお母さんは言った。常識の範囲内で収まるから、らしい。
星来の家族は皆アイドルオタク。父と母の出会いもライブ会場らしい。この話が出るたびにライブ会場でナンパすんなよと、自身の生まれたルーツにツッコみたくのをグッと堪える。
だからか、アイドルだけは何となく心に居座り続けた。
中学生になったらアイドルのオーディションを受けてみようか、なんて生半可な気持ちで生きていた十歳秋。当時四番目に仲の良かったクラスメイトの招待を受け、『劇団スカイハイ』の定期公演を見た。
そこで星来は、舞台に出会った。
アイドルのステージとはまた違う、煌びやかな世界。胸の高鳴りは飽きる程感じたもの。だからきっと、この憧れも数か月経てば消えるものだと思っていた。
神崎ヒナタが、現れるまでは。
綺麗だなと、見惚れた。正直言って、ヒナタちゃんは飛びぬけの美人ではない。大所帯のアイドルグループに吐いて捨てる程いる顔立ちだ。
でも、舞台の彼女は誰よりも美しかった。とてもじゃないが、同年代の少女とは思えない。気品ある、お姫様だった。
自分の魅せ方の最適解を知っているのだと思う。とにかく、とにかーーく、ヒナタちゃんは綺麗だった。
「星来も……星来も!」
燃え上がる情熱はすぐに星来を突き動かした。
理由はいつもと同じで単純明快。あんな風になりたかった。
帰宅後すぐに役者をやりたいと両親に詰め寄ったが、返事はノー。当然だ。今まで幾度となく入会金やらを払わせ続け、どれも継続の兆しすらない。金をドブに捨て
る行為に気がつき、嫌気がさしたのだろう。
そして両親も星来も、なんとなく分かっていた。どーせすぐ違うものに目が行くと。だって星来はガスコンロだから。
一つのことに集中してみろ、そろそろ真剣に将来を考えてみろ。投げられた言葉は、星来に触れる一歩手前で不時着した。
十歳冬。獣医に興味を抱く最中、また招待を受けた。
そしてその舞台でのヒナタちゃんは、綺麗じゃなかった。
役というもののせいだろう。前回ヒナタちゃんはお姫様役で、今回は意地の悪い妖精役。綺麗を見せる必要はない。
彼女を見るたび、ムッとした。しかし妖精が主人公に意地悪を続ける原因を知り、思わず涙が零れそうになった。
パンフレットに書かれたヒナタちゃんの名前は上から五番目。でも、ヒナタちゃんはどこの誰よりも目立っていた。
「そっか……役者なら、色んな人になれるんだ……」
アイドル、体操選手、ケーキ屋さん……どれも本気だった。
本当は、全部なりたかった。弱火だけれど、憧れは確かに星来の中に残っていた。
でも、将来就く仕事は一つだけだから、一つ進めば一つを諦めなければならなかった。
でも、一つに絞らなくていいんだ。
将来の夢は一つだけなんて、誰が決めたのだ。
舞台の上のヒナタちゃんは、綺麗だったり、憎らしかったり、色んな人になっていた。
「そっか、そっか……! 役者って、星来にピッタリだ!」
見えた気がした。自分の、確固たる未来というものが。
そこからは粘りの勝負だった。
毎晩毎晩、『劇団スカイハイ』に入りたいと両親を突き詰める。勿論ことごとく無視されたが、諦めない。
学校で習った新聞作りを参考に、自分がどれだけ演劇をやりたいかまとめた模造紙を突き出したこともあった。
媚を売るため、皿洗いを手伝った。あと、洗濯物も畳んだ。
そんな日々が続いた十一歳春。やっと両親が首を縦に振った。
そうして星来は、星に一歩近づいた。
そしてその星も、劇団を去ってしまった。でも、舞台を続けていればきっとまた出逢える。
絶対に、絶対に。星来はもう一度、ヒナタちゃんと舞台に立つ。
そんな未来を描き、今日もレッスンに励むのです。
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