第30話 オアシス
「アリーナ、今日は砂漠の中にあるオアシスと呼ばれるところに行きましょう」
アシュラフは昨日と同じ、白い布で頭と顔を覆い、白のシャツにズボン、その上に外套のようにワンピースを着ている。足元は黒いブーツを履いている。
アリーナも同じような恰好をして、ラクダの近くにいた。
「オアシスですか?」
「ああ、砂漠に馴染みがないとわからないですよね?砂漠はほとんど水がない、とても渇いた大地なのですが、地下水が地上に湧き出ているところがあります。湧き出した水は大きな水たまりとなり、その周りに家が建っているんです。そこがオアシスと呼ばれるところなのです」
「へぇ」
渇いた砂漠の中にある、大きなみずたまり。どんな景色なんだろう?
「早く見たいです!」
アシュラフは少し微笑み、
「それでは、行きましょうか?今日はマレもルゥルアと一緒にラクダに乗って行きます」
後ろを振り返ると、ラクダに乗ったルゥルアとサーディク親子の間にゆりかごが見える。
「ありがとうございます」
アリーナは人間に変身していないマレだけど、そばにいてくれることが心強かった。
「失礼します」
とアシュラフに声を掛けられ、アリーナが気づいた時にはラクダの上に乗っていた。
アシュラフがのりこみ、アリーナを抱きかかえるように手綱に手を伸ばし、ラクダをゆっくりと立ち上がらせ、砂漠の中へと歩きだした。
人が歩くよりも少し早い速度でのんびりと砂漠の中を進んでいく。
途中、ワランに向かう時に見た、緑色の細長いとげとげの植物、サッバールが群生していた。
(こんな渇いた大地でも育つ植物があるのね)
とアリーナは感心しながら、サッバールの群生をみていた。
サッバールの群生を通り過ぎたあと、砂漠には似合わない青々とした椰子の木が見えてきた。
アリーナが首をかしげてその景色を見ていると、後ろから
「ああ、あの椰子の木があるあたりがオアシスです」
とアシュラフが答える。
椰子の木の間から、鈍色に輝く何かが見え、レンガ造りの家が何件か建っている。
「オアシスってなんだか小さな町みたいですね」
アリーナは思ったことを口に出した。
「そうですね。生活している人がいますから、食料品や土産を売る店があります」
「じゃあ、砂漠の薔薇は買えますか?」
体をひねり、アシュラフにたずねる。
「ええ、もちろん買えますよ。土産物屋に寄ってみましょう」
「はい!」
会話をしているうちにラクダを預ける場所に到着したようだ。
ラクダが膝を折って座ったところでアシュラフは先に降りる。
そのあと、ひょい、とアリーナを抱きかかえ地面に降ろした。
「ありがとうございます」
アシュラフにお礼をいうと、そのまま、右手をつかまれ歩き始める。
「あ、あの?」
「どうしましたか?」
「あの、手を繋がなくても歩けます……!」
「気にしないでください」
アシュラフは爽やかな笑みを浮かべ、そのまま、ルゥルア親子の乗ったラクダに向かい歩いて行く。
「マレはどうしている?」
とルゥルアに確認すると、ゆりかごをそっとアリーナに渡した。
アリーナがゆりかごをのぞきこんだ時、その姿にちょっと笑みがこぼれてしまった。
白い布に包まれているようにみえるが、歩けるように前後の足先まできっちりと形作られ覆われている。顔は目だけ出しているが、顔全体はゆったりと覆われていて、首元部分が紐で結ばれ、砂が中に入らないようになっていた。
「ルゥルア、これは?」
「急ぎわたくしが縫ったものです」
「そうなんですか!? 疲れているときにすみません」
アリーナが恐縮してしまうと、
「いえいえ。息子が小さいときは洋服を作っていましたので、ひさしぶりに小さな洋服を作れてうれしかったです」
と笑顔を浮かべている。
「マレ、よく似合っているな」
アシュラフがまじまじと見つめながらほめている。
とうのマレは
「にゃっ!」
と元気よく鳴いていた。
ゆりかごを左手に持ち、右手はアシュラフに握られたままオアシスの中を歩き、水辺へと向かう。
「アリーナ、これが地下から湧き出た水ですよ」
先ほど、ラクダ越しに見えた鈍色が水だったんだ、と思った。
近くで見ると驚くほど透明で下の砂がよく見える。
「すごい……!」
「この水は、ルアール国との国境にある山の雪解け水なんです」
「そうなんですか?国境までかなり遠いですよね?」
「ええ。その雪解け水はそのまま海までいくんですよ」
「へぇ」
話しをしながら、水辺を歩く。
「この砂漠は広くて、こういったオアシスがあと何か所かあるんです」
「そうなんですね。やはり、国境の山の雪解け水が湧き出たものなのですか?」
「はい。ただ、水の湧き出る量が少なかったり、多かったりとあるのです」
「へぇ……」
ここの水たまりは1周しても15分程だろうか。ふと、水辺から建物に視線を移すと店頭に茶色の岩が売っているのが見えた。アリーナはアシュラフの左手を軽くひき、
「アシュラフさま、あれはなんですか?」
と尋ねた。
「ああ、あれが砂漠の薔薇ですよ。近くに行きましょう」
と水辺から離れ、店の近くに行った。
「こんにちは」
と店主が声を掛ける。
「少し見せてもらってもいいか?」
「どうぞ、ゆっくりと」
アリーナは目の前の茶色の岩を観察する。
砂漠の薔薇、と呼ばれているが、きれいな薔薇の形をしているのもあれば、薔薇っぽい形をしているのもあり、大きさもバラバラだった。
じっくりと見ているアリーナに、
「気に入ったものがあれば買って帰りましょう」
と声を掛けた。その言葉にアリーナはお金をルクンの家に置いてきたことに気づいた。
「あっ、でもお金を持ってきていなくて……」
「それでは、私からのプレゼントとして贈らせて頂きます。どれがいいですか?」
「いえいえ、そんな……」
「初めての旅行の記念です。さぁ、どれにしますか?」
そこまで言われてしまうと、選ばないと悪いな、と思って、手ごろな大きさできれいな薔薇の形をしている岩を選んだ。
「店主、これを」
「ありがとうございます!」
店主は紙袋に入れると、アシュラフに渡した。
「よい午後を!」
と店主のあいさつに送られ店を出た。
水辺を1周して、ラクダの預け場所に近づいた時、アシュラフが
「アリーナ、そろそろ別荘に戻りましょうか?」
その言葉にふと空を見ると、太陽が西に傾きはじめ、ひんやりとしてきた。
「そうですね。あちこちみていたので、だいぶ時間が経っているようですね」
「あまり遅くなってしまうと、帰り道が分からなくなるので、早めに帰りましょう」
とそのまま、ラクダの預け場所に向かう。
すでにルゥルア親子は待機していて、ルゥルアにマレのゆりかごを渡す。
(そういえば、ルゥルア達はどこにいたのかしら)
疑問に思って聞こうとしたときに、アシュラフに抱えられ、あっという間にラクダの上に乗せられていた。
すでにアシュラフも乗っているようで、手綱を引き、ラクダを立ち上がらせていた。
「では、帰りましょうか?」
と耳元で囁かれ、こくんと頷いた。
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