第29話 会議
カーラ滞在初日の夜の食事会を終えた夜――
1階のアシュラフの執務室にサーディク、ディヤー、ルゥルアが集まっていた。
「アリーナはルアール国に住んでいたな」
アシュラフの言葉に皆が頷く。
「ルアール国に行ったときに、よく見かけていて、エリアスには名前しか教えてもらわなかったが聞いた名前はトゥイーリだ」
「ただ、顔が似ているだけで、断定できないのでは?」
サーディクは疑問を投げかける。アシュラフは首を振り、否定を示し、
「間違いなく、トゥイーリだろう。ここにくる馬車の中で、うたた寝をしていたアリーナを起こすときに、トゥイーリと呼んだ時に反応していたからな」
アシュラフは一息つき、話しを進める。
「そして、ルアール国王のマテウス殿が探しているのはトゥイーリなのだろう。なぜ探しているのだろうか?」
「アリーナさまがマテウス陛下の逆鱗に触れるような何かをやってしまい、追われるように城を飛び出した。だから、探している……とか?」
ディヤーは一つの仮定を話す。
「アリーナさまに怯えはありませんでしたが、何かを気にしているような素振りがありました」
ルゥルアが侍女らしく日々の生活で見せる些細な変化を述べる。
「何かを気にしている、か……」
アシュラフはふむ、と言って考え込む。
しばらくの間、沈黙が流れたが、
「父上にアリーナの占いのことを話したことがあり、ザラール国に役に立つ人間なら、引き留めろ、と言われた。取引するなら、密入国と専属契約を交わした書類があるな」
「何を考えていますか、アシュラフさま?」
怪訝な声でサーディクは問いかける。
「そのままだ。アリーナの占いでこの国から無駄な戦いがなくなるのであれば、引き留める価値があるだろう?そのためには、一度アリーナをルアール国に連れていき、マテウス殿に許可をもらわないと」
「その前に、あの国を出た理由を探らないと。ディヤーが言ったように、もし仮にルアール国王を怒らせて懲罰を逃れるために逃げているのなら、最悪、ルアール国に入ったとたんに拘束されてしまいます」
サーディクは懸念している点を一息に述べる。
「それは、サーディクの仕事だろ?」
「……軽く言ってくれますね、アシュラフさま」
サーディクの顔が引きつっている。
「間諜として期待している、ということだ」
アシュラフはにっこりといい笑顔で返した。
「……ご期待に応えられるように努力します」
ひきつったまま返答したサーディクを横目に見て、次いでルゥルアに向けて、
「ある程度の生い立ちは確認できたから、ルアール国を出た理由を探ってくれ」
「了解しました」
「ディヤーは……今は特にないな」
「ええっ……」
「ディヤー以外に俺の護衛は頼めないしな」
「ですよね!」
ディヤーが犬なら、しっぽをぶんぶん振っているだろうな、と半目で見てしまう。
アシュラフは首を振り、
「役割分担はできたので、今日はここまでだ。明日も宜しく頼むぞ」
その一声で解散し、それぞれの部屋に戻っていった。
アシュラフが会議をしている頃、アリーナとマレも会議をしていた。
「……ルアール国に戻りたいか?」
ちょっと怒気を含んだ声で質問する猫のマレ。気のせいか、ばたんばたんと大きな音を立ててしっぽを床に叩きつけている。
「なんで怒っているの?もちろん、戻りたくない!」
「それならば、一言一言気を付けて話せ」
「えっ?」
「今日の食事会で、アシュラフに住んでいた国はと聞かれ、ルアール国のことを話したよな?」
「あっ」
「アシュラフはこの国の貴族だと言っているが、何かを隠している。下手なことを言ってまたあの王城に連れて行かれることのないように気をつけろ」
「はい」
(やっぱりマレがそばにいないと、うまくごまかすことができない。明日から気を付けないと)
アリーナが項垂れで反省していると、ドアをノックする音が聞こえた。
「アリーナさま、夜遅くにすみません」
ルゥルアの声が聞こえた。アリーナは顔を上げマレと顔を見合わせたあとにドアを開く。
「食事の片付けが遅くなり、こんな時間にすみません」
アリーナの顔を見て、謝罪する。
「どうぞ中に入ってください」
「ありがとうございます」
と一礼をして部屋に入ると、
「今日、湯あみはいかがなさいますか?これから準備をするので時間がかかりますが…」
「ああ、そうね…さすがにみなさん疲れているでしょうから、お湯とタオルだけ頂けますか?」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
と言って部屋を出た。
「マレ、今日は拭くだけでいいよね?」
「ずっと馬車の中だったし、大丈夫だ」
ちょっと不機嫌気味なマレの声に慌てている間にルゥルアが戻ってきた。
「アリーナさま、お待たせしました。こちらをどうぞ」
とお湯の入ったたらいを部屋の隅に置いてあるテーブルに上に置き、その横にタオルを置いた。
「それと、アシュラフさまからのご伝言で、明日は昼頃からでかけよう、とのことでした」
「はい、わかりました。あの、アシュラフさまに今日はありがとうございました、とお伝え頂けますか?」
「はい。賜ります」
とにっこりと微笑んだ。
「明日は朝ご飯の後に湯あみができるように準備をしておきます。おやすみなさいませ、アリーナさま、マレさま」
とマレを一撫でし、部屋を出て行った。
アリーナはタオルをお湯につけ、きつく絞るとマレを呼び、体を拭き上げる。
「ありがとう」
そっけなく礼をいうマレ。それでも、アリーナに身を任せ気持ちよさそうにしている。
マレを抱きかかえ、足の裏、肉球の間もしっかりと拭き上げれば終了だ。
アリーナは再度、お湯の中にタオルを落とした。
軽くゆすぐと猫の毛がたらいの中に広がっていく。タオルの表面に付いた猫毛をおとしたところで、硬く絞り、部屋着を抱え浴室へと向かった。
首もと、手首、足首、それぞれ隙間なく覆っていたはずなのに、服を脱ぐと中から砂が零れ落ちていく。
明日、ルゥルアがきた時に掃除してもらおうと思い、そのままにして体を拭き上げる。
(ふぅ、さっぱりとした)
そのまま部屋着に着替え、部屋に戻ると、すでにマレはベッドの上で丸くなっていた。
部屋の灯りをすべて消すと、窓から月明りに照らされた砂漠が遠くに見える。
(明日、ラクダに乗って砂漠に行くなら、マレと別になっちゃうかな?)
そう思うと、心細くなる。
(でも、いつまでもマレに頼ってばかりいられないわ)
新たに決意を固め、マレを起こさないよう気を付けながら毛布に潜りこんだ。
「おやすみなさい、マレ」
静かにつぶやき、目を閉じた。
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