第24話 暗転

 ザラール国での占い師デビューとしては上々だった。

 サクルが言っていたとおり、昨日の様子を見て、何人かきていた。

 ただ、サクルが1日の受付人数の上限を決めていたらしく、5人占って本日は終了となった。

 

 1日が終わり、借りた部屋の鍵を閉めると事務所にいるサクルに終了のあいさつに行く。

「サクルさん、こんばんは。今日1日終わりましたのでご挨拶にきました」

 アリーナの声にサクルは顔をあげ、

「お疲れ様、アリーナちゃん。疲れていないかい?」

「はい、大丈夫です!気遣い頂きありがとうございます!」

「それはよかった。ああ、これを。遅くなったけど明日以降の占い希望者をまとめた表だよ」

 マレに1枚の羊皮紙を渡す。

「お手数をおかけしました。まとめて頂いて助かります」

「なんのなんの。今週はみっちりと入れてしまったが、来週は週に3回くらいでどうだろうか?」

 アリーナはマレを見上げて、

「わかりました。来週からは週に3回でお願い致します」

「了解した。それと、予約客だけじゃなく、ふらりとくる客も受け入れられるようにこちらでも宣伝させてほしい」

「宣伝までありがとうございます。すべてお任せしてしまい、申し訳ありません」

「いやいや、こちらこそ、勝手にすすめて申し訳ない。少しでも多くの人に知ってほしいからね」

 そこにはサクルの店の宣伝も込になるだろうけど、それでも破格の待遇ではあることには違いない。素直に甘え、受け止めよう。

「サクルさんに出会えてよかったです」

 マレとアリーナは一礼して、店を出て、宿屋に向かった。


 宿に戻り食事を終えた後に明日以降のマレの挙動について会議をする。

 お店までは人間のマレが付き添い、占いの最中は猫となり眠って過ごすか、外に出て、町の猫と雑談したい、と言ったので、トゥイーリは心細かったが、いつまでもマレに頼っていてはいけないと思い、了承した。

 サクルから受け取った予約表は明日も5人しか入れていない。

 1時間に1人という感じで余裕を持って占えるようにしてくれているようだ。

 予約客の人数を確認したあとは、湯あみをして眠りについた。


 翌日は予約客だけで1日が終わったが、次の日以降は予約客以外にもお店に買い物にきて占いをしていく人が増えた。会計をする時にサクルが占いを紹介してくれているようだ。


 こうして、少しずつ相談者が増えていき、町なかでもアリーナの占いが知られていくようになった。


 この町にきて、1か月。


 商売繁盛、というのだろうか、すこしずつ常連の相談者さんが増えたのを実感していた時に、1人の貴族が現れた。


 その日はサクルが隣の町に商品を届けに行くとのことで、売り場側のドアは開けないが、占いで使う部屋は開けていい、とのことだったので、部屋の出入り口だけを開けて相談者が来るのを待っていた。


「あなたがこの国で評判のいい、占い師のアリーナかな?」

 最初の予約客を迎える準備をしている時に若い男性が現れ親し気に声を掛けてきた。

 アリーナは驚きなぜか緊張で体が強ばるのを感じながら、男性を観察した。

 長身で肩くらいまである黒い髪はサラサラと音が聞こえそうなほど柔らかそうで、視線は値踏みをするかのように、アリーナの全身を観察している。

 そして、男性の後ろには2名ほどの男性が主を守るように立っていた。

「何か御用でしょうか?」

 アリーナは作り笑いを張り付け、明るく話しだす。

「いや、なに。評判の占い師を我が家の専属にしたいと思ってね」

 薄く笑いながら男性は話す。

「おっと、自己紹介がまだだったね。私はアシュラフといい、この国の侯爵位にあるものだ。よろしくね」

 にっこりと胡散臭い微笑みをアリーナに向けながら自己紹介をする。

「……私はどこかの貴族様の専属になる気はありません」

 アリーナの感覚がこの人物は危険だと教えてくれるので薄く笑みを浮かべながら申し出を断る。

「そうか。それは残念だな。でも、あなたの連れている猫はどう思うかな?」

 アリーナはこの男性はマレがしゃべれることを知っているのかと焦った。

 アシュラフはその様子に気づくことなく、後ろにいる男性に指示をだした。

 様子をみよう、と決めて、足元にいるはずのマレを確認した。

 マレも耳を横にして、最大限の警戒をしているようだった。

「さあ、猫。これを食べてもいいんだよ?」

 アシュラフが差し出した皿には生魚のぶつ切りがのっていて、それをマレの目の前に置いた。

 マレを見ると、目を輝かせているが、耳が横になったままだった。


(あの魚は、もしかして、ザラール国でしか取れないと言われている、白身魚!!!!)

 マレはその皿から漂ってくるにおいをかぎ、魚の種類を考察していた。

(ものすごく、食べたい!あの魚はこの世のものとは思えないほど美味しいって、町の猫から聞いたことがある!)

 マレは喉を鳴らし始めたが、

(でも、これは何かの罠かもしれない。トゥイーリを守るためには食べてはいけない……でも……)

 マレは1匹葛藤していた。

(でも、トゥイーリと一緒では、食べることができない……)

 その白身魚はとても貴重で1年で数えるほどしか捕れないと聞いたことがあった。つまり、値段が高いのだ。そんな魚をほいほいと猫にくれるなんて、やっぱり罠に違いない。

 でも……


「あっ!」


 アリーナの驚いた声と、男性達の微かに笑う声が聞こえたが、マレは気にせずに皿に突っ込んでいった。


 マレは欲望に負け、皿の上の魚を勢いよく食べている。

 アリーナは呆然とその状況を見守っていたが、あっという間に食べ終わったマレは、ハッと気づき、座りなおそうとしたが、体がゆれる。


「えっ!?」

 とアリーナの戸惑う声がマレに耳に届いた。それが記憶の最期にあるアリーナの声だった。


「マレ!?大丈夫なの?マレ!しっかりして!」

 突然、ふらつき、そのまま倒れてしまったマレを見て、何が起きているかわからず、慌てふためく。

「どういうことですかっ?マレに何をしたのですかっ!?」

 アリーナは知らずに大きな声を出していた。

「その魚に薬を仕込ませていただきました。助けたければ、我が家にある解毒薬を飲ませるしかないでしょうね」

 アシュラフは残忍な笑顔をみせアリーナに向けて言い放つ。

「どうして……!」

「私は欲しい物はどんな手段を使っても手に入れてきました。あなたが大人しく我が家に来ていただけたらこの薬を使うことはなかったのです。さあ、どうしますか?それでも我が家にこないと言えますか?」

 アリーナは唇を噛みしめ、従うしかないと、覚悟を決め、頷いた。

「マレ、ごめんなさい…」

 マレを抱きしめながらアリーナの目から涙が絶え間なく落ちてくる。

「さあ、それでは我が家に向かいましょう」

 アシュラフは脱力して床に座りこんでいるアリーナとマレを抱きかかえるとそのまま店を出て、馬車にのせた。

 放心状態のアリーナはただただ、マレにごめんなさい、と言い続けていた。

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