第21話 ルクンへ
ルアール国は冬なのに、ザラール国は秋のような気候だった。
暑くも寒くもなく、過ごしやすい気候だ。
トゥイーリは外套をカバンの中に入れて、旅行用のシンプルな長袖のワンピース姿、マレも外套をカバンに入れて、白い長袖シャツに黒のズボンと軽装な恰好で停車場に向かう。
ここから王都のルクンまでは大きな町はなく、乗客がいなければそのまま走ってしまうため停車場に向かう途中にある食料品でパンと水を買いこんでおいた。
ルクンに向かう馬車は8時を少し過ぎてから出発した。乗客はトゥイーリとマレ以外に離れたところに男性が2人座っているだけだった。
トゥイーリはさっそく車窓から外を見ている。
「国によって、建物の素材が変わるのね」
外を見ると、ルアール国では見慣れない、赤いレンガを積んでいる家が立ち並んでいる。
「夏は涼しい、って書物に書いてあったけど、どれだけ違うか体験してみたいな」
「この国が気に入って、しばらく滞在するなら、レンガ造りの家を借りてみるのもいいな」
マレのその言葉にトゥイーリは小さく笑うと
「でも、そうすると、爪とぎができなくなるでしょ?」
「いや、家の中に木でも置いておけば大丈夫だ」
「なるほど」
トゥイーリは頷いた。
「そういえば、王都ではいろいろと決めないといけないのよね?」
「長期滞在できる宿、占いができる場所を確保すること、名前をどうするか…大きなところはそんなところか」
「そうね。王都に到着して、宿を決めたら細かく決めましょう」
ふと、車窓から外を見ると、不思議な植物が目に入った。
全体が緑色で細長い形をしていた。細長い形だけではなく、大きな円盤状の形をしているのもあった。
不思議に思ってマレに聞いたところ、
「あれは、サッバールという植物で、植物全体にとげが生えている」
「ああ、あれがサッバールなのね…」
トゥイーリは昔に一度、植物図鑑で描かれているのを見たことがあった。
植物図鑑の絵では細かなとげがたくさんあって、刺さると痛そうだな…と子供心に恐怖心を覚えたことを思い出した。
「図鑑で見ただけでは、実物と結びつかないのね。これもまた勉強の一環ね」
トゥイーリは飽きることなく、流れる車窓の景色を見ていた。
途中、乗合馬車を牽引する馬を休めるための休憩以外、どこにも立寄ることなく定時の18時に王都のルクンに到着した。
夜なのに、人の往来があり賑やかな町だった。その人並を避けつつ、宿泊できる宿を探す。
町の中心を歩いているとこじんまりとした宿があったので数日滞在したいと伝えたところ、空き部屋があるとのことで、部屋に案内してもらった。
あまり広くないが、人間1人と猫1匹が滞在するにはちょうどいい広さで、浴室もついていた。
トゥイーリとマレはそれぞれ持っていたカバンを降ろし、宿の食堂に向かった。
宿泊客以外も食事をとれるのでたくさんの人がいたが、2人座れるスペースがあったのでそこに座り、おすすめの料理を注文した。
しばらくして運ばれたのは、昨日ワランの宿でも食べた肉が串に刺さったものと、真ん中に切れ目が入っているパン、サラダとスープだった。
持ってきた店員さんに食べ方を聞いてみると、パンの切れ目をさいて、少しのサラダと肉を串から外して挟み込んで食べると教えてくれた。
店員にお礼をいい、さっそくパンにサラダと肉を挟み込んで食べてみた。
「パンはもっちり、うっすら塩味で、スパイスの効いた肉がよく合う!」
トゥイーリは目を輝かせながら味わっている。
「しばらくはこのパンが食べられるのね。楽しみ」
食堂を出て部屋に戻ると湯あみをした。
ここ何日かゆっくりと湯あみすることができなかったので、ひさしぶりにさっぱりとした。
マレも人間と猫の両方で湯あみをしてさっぱりとしたようでベッドの上で毛繕いをすると大の字になって眠ってしまった。
トゥイーリは部屋の灯りを消して、緊張感から解放された安堵から、早い段階で深い眠りに落ちていった。
次の朝は二人とも、本当にすっきりとした気持ちで目覚めることができた。
「おはよう、マレ」
「おはようございます、にゃ~」
「それ、ひさしぶりに聞く」
トゥイーリはくすくすと笑う。気持ちの余裕がある証拠だろう。
「さっそく、朝ごはんにいきましょう!」
マレは人間に変身し、食堂に向かった。
朝の食堂はそんなに混んでいなかったので、4人掛けのテーブルに座らせてもらった。
注文は朝ご飯用のメニューがあるとのことだったので、それを注文した。
運ばれてきたのは、パン、いり卵、ソーセージとサラダとスープ。
それをまた、パンに挟んで食べる。
食べ終わった後は部屋に戻り、これからの行動について会議を始める。
「まず、占いができるかどうかよね?この国の人が占いを信じていなければ、次の国へと行かないと」
「それについては、俺が町で聞き込みしてくる」
「よろしくおねがいします。次に名前だけど…」
「占い師だから、アリーナでいいだろう。それと、この町で占いをする場所が確保できるなら、一人で行けるか?」
「どういうこと?」
「猫として、トゥイーリの側にいたい、ということだ。ルアール国のように女性に声を掛けられたくないからね」
「うん、わかった。他に何かある?」
「問題が起きれば都度相談、ということで」
「うん」
「今日は以上で」
「あっ、そうだマレ」
「どうした?」
「なんで占い師としてアリーナという名前にしたの?」
マレは若干顔を引きつらせ、
「それは、アリーナという名前はありふれていてどこにでもいるからだ」
「そうなのか…」
トゥイーリは半分納得したようにつぶやいた。
(知られたくないんだ、本当は。俺が人間の頃に恋した女性の名前だなんてこと)
動揺を悟られないように外に行くための準備を整え始めた。
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