第8話 エリアスとの食事会

 ルアール国の第一王子のエリアスは朝から心が浮き立っていた。


 思い人であるトゥイーリに公に会える、毎月に2度しかない貴重な食事会の日だからだ。

 父親のマテウス国王には昨日のうちに仕事が溜まっているだろうから僕一人で行くと伝えていた。


 父親の遠縁にあたる娘の子供であるトゥイーリに初めて会ったのは僕が11歳の時だった。

 とても7歳とは思えないほど、表情は固く、近づくことを許さない雰囲気の女の子だった。


 その後、交流という名目で毎月2度ほど会う機会があったのだが、話してみると知識が豊富で頭の回転がよく、トゥイーリとなら、この国を守り大きくしていけるのではないかと思うようになった。


 また、会うごとに少しずつ表情も和らいで、エリアスの何気ない冗談に笑顔を見せることも増えていき、その笑顔をいつでも見たくて、日々、ネタを探している。


 いつか結婚をしなければならないのなら、トゥイーリがそばにいてほしい、と父上にも伝えているのだが、国妃として条件を満たしていない、など、何かにつけ断られている。


「殿下、おはようございます」

「テオ、おはよう!」

 9歳年上のテオはエリアスが7歳の頃からそばにいてくれる側近で兄のいないエリアスにとっては頼れる人間だ。

「今日は朝からご機嫌ですね……浮かれすぎて気持ち悪いです」

「しかたないだろ。今日は久しぶりにトゥイーリに会えるのだから」

「そうですね。トゥイーリさまにその気持ちが全く伝わっていないところが悲しいですね」

「テオ……朝から気持ちをえぐらないでくれ」

 エリアスは泣きたくなってきた。


 テオの言う通り、トゥイーリはエリアスの思いに気づいていない。完全な片思いなのだ。

 なんとかこちらの思いに気づいてほしくて、視察に行く度にお土産を購入して渡したり、トゥイーリ付き侍女のジュリアに協力してもらい、城の中で偶然会ったように装いデートをしているのだが効果が全くない。

「殿下」

「なんだ」

「男は度胸です。押し倒して既成事実を作ってしまえばいいんですよ」

 どや顔でいうテオ。

「ん、まあ、王権でなんとでもできると思っているけど、できれば、体だけじゃなくて心もほしいんだよね」

 ほんのり顔を赤くしながら告白するエリアスにテオはにやにやと気持ち悪い笑顔を向けた。

「いつか思いが届くといいですね」

 とにやにやするテオをただ睨むしかないエリアスだった。


 エリアスが浮足立っている頃、トゥイーリはいつものように、窓から入る光で目が覚めた。

(今日の夜、ここから出ていくから懐かしい夢を見たのね)

 マレとの出会い、庶民としての行動、ここを出ていくことを決意するまで。

 長いような短いような12年間だった。


 ベッドから上半身を起こし、少しぼんやりとしていると、ノックの音が聞こえ、ジュリアがお湯の入った桶となぜかマレの食事だけをワゴンに乗せて入ってきた。

「トゥイーリさま、おはようございます。よく眠れましたか?」

「おはようございます。今日もぐっすりと眠れました!」

「それはいいことです!」

 ジュリアは俯いて笑いをこらえた。そのままクローゼットにはいり、今日の洋服を選んでいる。

 その間にトゥイーリはベッドの上で顔を洗い、タオルで拭き終わった頃にジュリアが淡い水色のワンピースを持って近くにきた。

「今日はこれにしましょう」

 トゥイーリは基本、特別なことがなければ部屋から出て王城の中を歩くことはないのだが、ジュリアが手にしたのは外出用のワンピースだった。

 怪訝な顔をしているトゥイーリにジュリアが、

「今日は国王様と朝食が予定されていますよ」

「あっ……」

 トゥイーリはすっかり忘れていたが、ひと月に2回ほど国王と4歳年上の第一王子と食事をすることがある。それが今日だった。

(明日じゃなくて、よかった……)

 慌てて着替えをすませ、長い髪を後ろでお団子状に結わいてもらい、マレに食事を渡した。その後、浮足立つジュリアの後に続いて部屋を出る。


 ジュリアの浮足立つ理由は、第一王子に会えるからだろう。

 第一王子のエリアスは明るい茶色の髪に同じ色の瞳のとても整った顔立ちをしていて、王城内の侍女や女官、貴族の女性たちにとても人気があると、ジュリアから聞いたことがある。


 そんな第一王子に会えるのだから、浮足立つのもうなずける。


 迎えにきた近衛とジュリアに囲まれるように王城内を移動し王族専属の食堂に向かう。

 目的の場所に到着してドアの前に立っている騎士に名前を名乗った。

 名前を確認したあと、食堂のドアをノックして開けてくれた。


「おはよう、トゥイーリ」

 食堂に入ると正面に窓があるのだが、エリアスはそこに立っており、朝の光を浴びてまぶしいくらいにキラキラと輝いていた。

 後ろにいるジュリアが、ほう、とため息をついていたが、トゥイーリは膝をおり、頭を下げ、

「おはようございます、エリアス様」

「そんな堅苦しい挨拶はいらない、って何度も言っているだろ?」

 窓際から靴音を響かせ、トゥイーリの前に立ったエリアスは頭を上げるように伝えた。

 言われた通り、頭を上げて、エリアスを見上げると、少し微笑んでいるようだ。

 トゥイーリの右手をとると、そのまま椅子に座らせる。

 エリアスが真向かいの席に腰掛けたのを確認したところでトゥイーリは

「あの、今日は国王様は?」

「ああ、陛下は急な朝議がはいったとのことで、これないんだ」

「そうですか……」

「そうだ、一昨日まで、隣のヴィーレア国に行っていたんだ」

 エリアスは侍従の一人に合図をして、青いリボンが付いた小さな箱をトゥイーリに渡す。

「トゥイーリへのお土産。受け取ってね」

 エリアスはテーブルの上に両手をのせ、その上に顎をのせてにこっと笑いながら、トゥイーリを見つめる。

「いつもお気遣い頂き、ありがとうございます」

 トゥイーリは穏やかな笑顔をかえす。

「あけてみて」

 リボンをほどき、箱のふたを開けると、銀でかたどった花の真ん中に澄んだ濃い青色の石がついたブローチが入っていた。

「これは、ヴィーレア国の花のドイツァを模しているのでしょうか?この真ん中の石はなんでしょうか?」

「うん。よくわかったね。その真ん中の石はヴィーレア国の名産品のカイヤナイトと呼ばれる宝石なんだ。トゥイーリの瞳によく似ているから、どうしてもプレゼントしたくて」

 エリアスの声が弾んでいる。

「貴重な物をありがとうございます。大切に使わせて頂きます」

 その言葉を聞きエリアスは椅子から立ち上がると、トゥイーリの近くにきて、箱からだしたブローチをワンピースに付けた。

「うん、よく似合うよ」

 エリアスは満足気に頷き、トゥイーリの左手を取ると素早く手の甲にキスをして、椅子に戻った。

「さぁ、食事にしよう」

「はい」

 食事中はエリアスが視察に行ったヴィーレア国の話しを聞きながら穏やかな時間を過ごした。


 食事が終わり、部屋に戻ったとたん、ジュリアが

「トゥイーリさま、今日もありがとうございますぅ」

 と弾んだ声で感謝の言葉を述べた。

「殿下のまぶしい笑顔が見れて、朝から幸せな気持ちになりました」

「そうなの?では、今日は一日幸せに過ごせるわね」

「はい!他の侍女仲間にも、今日の殿下の表情を余すことなく伝えますぅ」

 と手を胸の前に組んでうっとりとした顔で話している。

「でも、トゥイーリさまはずるいです」

 ジュリアの言葉の意味がわからず、首を傾げる。

「侍女仲間にも殿下のお話しをよく聞くのですが、16歳といえ王族のせいか、笑顔を浮かべていても楽しそうに笑うことはないそうです」

 トゥイーリは無言で話しを聞く。

「それが、トゥイーリさまの前では屈託なくお笑いになられて、楽しそうにお話しをしているんですよ。広い王城の中でも、その表情をされるのはトゥイーリさまの前だけなんですぅ」

 トゥイーリはなんと返していいのかわからず、苦笑いを浮かべた。

「でも、プライベートの家族の前とかではそんな感じになるのではないかしら?」

「はっ、なるほど、殿下にとってトゥイーリさまは家族という認識なんですね」

 ジュリアは首をこくこくと縦にふり、一人で納得して答えを出した後、きりっと侍女の顔に戻り、

「トゥイーリさま、本日は昼食の準備はいらないのですね?」

 昨日、夜の食事の時に昼食はいらないと断っていたので、ジュリアは念押しの確認している。

「ええ、ごめんなさい。読んでみたい本があって、集中して読みたいの」

「わかりました。では、次は夜のお食事をお持ちします」

 ジュリアはマレの食事が終わったのを確認し、皿と桶をワゴンに乗せ一礼して部屋を退出していった。


「ふぁ~疲れたわ……」

「トゥイーリお疲れ様」

 マレがベッドの上から声を掛けてくる。

「今日が定例の食事会だというのを忘れていたわ。このあと少し眠ろうかしら」

 トゥイーリはベッドに近寄り背中からぽすん、と体を沈ませる。

「……いや、まず着替えたほうがいいんじゃないか?」

「あっ…」

 ワンピースにはエリアスからもらったブローチが付いたままなので、あわててはずし箱に戻し、そのままクローゼットに向かう。

 髪をほどき部屋着のシンプルなワンピースに着替え、再びベッドに近づく。

そのままベッドにダイブして、

「というわけで、少し眠ります。マレ、起こしてね……」

 というや、軽く寝息を立て始めていた。

「ちゃんと毛布を掛けろって」

 マレは慌てて人間になり、ベッドのトゥイーリが寝ていないスペースの毛布をまくり、トゥイーリを抱き上げて静かにおろすと毛布を掛ける。

「……重くなったな」

 マレはしみじみとつぶやき、トゥイーリの頭をなでると猫に戻り、トゥイーリの近くで丸くなり、そのまま眠り始めた。

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