超露出逃走!フラッシュ&ゴー!

デバスズメ

第1話:レッツ、フラッシュ&ゴー!

ここは、丸出市立露出逃走競技場まるだしりつフラッシュ&ゴーきょうぎじょう。時刻は夕方。今日も少年たちが元気に露出逃走フラッシュ&ゴーに興じている。


露出狂フラッシャーだー!!」

無数の壁や柱が乱立する広場に少年の声が響く。

「どこだ!」

「つかまえろ!」

少年の声に反応し、広場のあちこちで捕手役キャッチャーの声が響く。


「掴まってたまるかよぉ!」

露出役フラッシャーの少年、諸出 魅競もろだし みせるは、露出外套フラッシュコートを脱ぎ捨て駆け出し、そのまま乱立する壁の隙間を逃走!


「いたぞ!あれ?」

「ばか!こっちだ!……え!?」

捕手役キャッチャーは諸出を捕まえようとするが、諸出の逃走ランがうまく、すぐに見失ってしまう。


そして、試合終了を告げるブザーが鳴った。

「やったぜ!」

ゴール地点に立つ諸出が、勝利のVサインを決める。


「やっぱり諸出の逃走ランはすげえよ」

「隠れるのが上手いんだよな」

試合終了後、捕手役キャッチャーが諸出に駆け寄る。


「へへ、なんたって俺の夢は露出逃走フラッシュ&ゴーの日本代表だからな!」

得意げに笑う諸出には虚勢も謙遜もなく、ただただ自信に満ちていた。


「おいおい、まだ日本でもマイナーな競技なんだよ」

諸出に釘を差したのは、年齢の割には博識な諸出の親友、見貫 遠志みぬき とうしだ。


「で、でも、あと10年もすりゃあオリンピックの競技になってるかもしれねぇだろ!」

「まったく、諸出クンは楽観的すぎるよ。そもそも、露出逃走フラッシュ&ゴーの歴史は……」

「はいはい!あれだろ!大昔の偉い人が町中を裸で走り回ったのが始まりの……」


諸出が見貫の言葉を遮ろうとした時、見貫の丸メガネがキラリと光った。

「いいかい?露出逃走フラッシュ&ゴーの起源は明治時代。丸出市まるだしの名前の由来でもある丸出氏まるだしの勇気ある行動が元なんだ」


見貫の説明は更に続く。

「ある日、丸出氏が川で水浴びをしていると、川上から子供が川に流されてきた。丸出氏はすぐさま川に飛び込んで子供を助け、岸にたどり着いたんだ。ところが、子供は息をしていなかった!服を取りに戻る時間すら惜しんだ丸出氏は、丸裸のまま町の駆け抜け、病院まで子供を運ぼうとした。人々は露出狂の人攫いだと騒いだが、掴まったら子供の命が危ない。丸出氏は建物や塀に隠れながら病院にたどり着き、子供の命を救ったんだ。その勇気ある行動を人々が真似をするようになり、祭にもなったんだ。それからいろいろあって、今の競技の形になったんだ」


長台詞を言い切った見貫は、得意げに丸メガネを光らせる。

「ほーん」

「……分かってる?」

「はいはい」


「えー……」

毎度毎度のことではあるが、見貫はちょっぴりがっかりする。でも、なんだかんだ言って最後まで話を聞いてくれる諸出の事を、嫌いになれないのだった。




……そして翌日。

「おはよう!今日も放課後、露出逃走フラッシュ&ゴーやろうぜ!」

「うん!だけどその前に、勉強もね」

教室にやってきた元気な諸出に、見貫が答える。


「えー……」

「居残りになったら露出逃走フラッシュ&ゴーできないんだよ?」

「そりゃあ困る!勉強もやるぜ!」


いつも元気な諸出と見貫。そんな二人を一瞥する少女が一人。

「お二人とも、今日もお元気ですこと……」

羽衣財閥のお嬢様、羽衣 纏はごろも まといだ。


「ん?いつもだったら『露出逃走フラッシュ&ゴーなんて汚らわしいですわ!やんちゃなお子様のお遊戯ですわよ!』とか言ってくるのに」

いつもより静かな羽衣に、鈍感な諸出も違和感を覚える。

「うん、なにか変だね」

見貫も同じく、不穏な空気を感じた。


二人の予感は、直後のホームルームで明らかになった。

「えー、今日は一つ、注意事項があります」

先生の声に教室が静まり返る。

「昨夜、申請のない露出逃走フラッシュ&ゴーが発生しました。皆さんも知っての通り、露出逃走フラッシュ&ゴーはライセンス保持者の申請がなければ、処罰を受けます。露出逃走フラッシュ&ゴーはルールとマナーを守って、安全に行ってください」


露出逃走フラッシュ&ゴーのライセンスはC級からA級まで3種類。C級は筆記テストに合格することで誰でも取得でき、公共競技施設の利用や日中競技の申請が可能だ。B級は夜間競技の申請を出すことができるライセンスで、年齢制限などの取得条件がある。そして、A級は公式競技の審判を務めるための資格となっており、大人でも取得は難しい。


先生せんせー!その違法露出狂フラッシャーは掴まったんですか?」

見貫が挙手して質問する。


「……掴まっていますから安心してください」

「……はーい」

見貫は先生の声に隠された真実を見抜いていた。だが、事を荒立てないように手を下ろした。

「はい、ホームルームは終わりです。1限の準備をしておいてくださいね」




……時刻は変わって放課後。

教室でぽつんと一人で本を読む羽衣。そんな羽衣に声をかけたのは見貫だ。

「羽衣サン、先生が言っていた違法露出狂フラッシャーって……」

羽衣は本を閉じ、コクリとうなずく。

「ええ、そうですわ」


「やっぱり羽衣は見たんだな?」

見貫と一緒にやってきた諸出も問う。

「昨晩の塾の帰り道でしたわ。いつもの帰り道を歩いていると、いきなり……覆面の全裸中年男性が……」


「「覆面の全裸中年男性!?」」

覆面の全裸中年男性!!その怪奇存在に諸出と見貫は驚愕!!


「その御方はわたくしに見せつけるように体を……。わたくし、あまりの恐ろしさに声も出せず……」

昨夜のことを思い出して震える羽衣。


「他に目撃者は?」

わたくしが声を出せなかったばかりに、誰も道を見ようとはしませんでしたの。もし目撃者がいたとしても、姿や顔は見えなかったと思いますわ」


夜中は多くの家がカーテンを閉めている。現場が住宅地だったとはいえ、よほどの物音や悲鳴が聞こえない限り、目撃者は現れない。


「……ゆ、許せねえぜ!」

怯える人物を標的に、違法な露出逃走フラッシュ&ゴーを行うという行為は、露出狂精神フラッシュシップにあるまじき行為である。

諸出は怒りに拳を震わせる!その時だ。怒りで研ぎ澄まされた諸出の視覚が、三人を撮影する小型ドローンを発見!


「やい!」

諸出は小型ドローンを指差して吠える!

露出逃走フラッシュ&ゴーは人を傷つける競技じゃねえ!オレと露出逃走フラッシュ&ゴーで勝負だ!」

諸出は自分のC級ライセンスを小型ドローンに見せつける!宣戦布告だ!


(グフフ……良いじゃろう……)

諸出の宣戦布告を確認した男はニヤリと笑うと、小型ドローンを上下に動かし、了承の意思を示す。


「無茶だよ!相手は違法露出逃走フラッシュ&ゴー完全逃走パーフェクトランを達成したB級露出狂フラッシャーだよ!C級の諸出クンが勝てるわけないよ!」

見貫が声を荒げる。


逃走フラッシュ&ゴー発祥の地である丸出市で違法露出逃走フラッシュ&ゴーを決行すれば、すぐに捕まるのがオチだ。故に、逃げ切った昨夜の違法露出狂フラッシャーは相当の腕前ということだ。


「なあに、勝負と露出は時の運ってやつさ」

諸出の瞳は根拠のない自信に満ちていた。そして何より、違法露出狂フラッシャーを許せないという怒りの炎に燃えていた!




……そして数日後の夜!

『さあ!今夜も露出逃走フラッシュ&ゴーの時間がやってきたぞ!実況はこの俺フラッシュマスター!解説は駄津衣だつい博士だ!』

『今日もよろしくお願いします』

実況解説席から生中継が始まった。


『まずは選手の紹介だ!今日は新人同士の対戦だ!まずは一人目!露出狂名フラッシュネーム“スケアリーネイキッド”!』

『恐ろしそうな名前ですが、どんな露出フラッシュを見せてくれるのでしょうか』


『そして二人目は、なんとC級露出狂フラッシャーだ!その実力は謎に包まれている、露出狂名フラッシュネーム“Bウィッチ”!!』

『C級露出狂フラッシャーでも、B級露出狂フラッシャーの対戦相手が望めば対戦可能ですが、相当厳しい戦いになるでしょう』


「おい、“Bウィッチ”ってなんだよ!聞いてないぞ?」

選手控室で諸出が見貫を小突く。見貫はセコンドとして控室に入っている。

bewitchビーウィッチ、人を魅了するとか、虜にするって意味だよ」

「なんか、あまりカッコよくないような……」


「なに言ってるんだよ!諸出クンの逃走ランはすごいよ!一番近くで見てきた僕だからわかる!すごすぎて……まるで魔法みたいなんだぞ!」

「魔法……。へへ、そう言われると悪くない気がしてきたぜ!」

見貫の言葉に、まんざらでもない諸出。


「諸出クンは後攻だから、まずは“スケアリーネイキッド”の様子を見よう」

「おう!」


露出逃走フラッシュ&ゴーは、大きく二種類の競技に分けられる。


一つは、目的地まで逃げる露出役フラッシャーと、それを阻止する捕手役キャッチャーが入れ替わりながら何度かの試合を行い、捕獲点や逃走点などの合計を競う競技。


もう一つは、露出狂フラッシャーが指定したエリア内で露出フラッシュ逃走ランを行い、目撃者の精神的変化を点数化した衝撃ポイントや、目撃された時間を点数化した目撃時間ポイントや、どれだけ上手く逃げたかを点数化した逃走ポイントなどを計測し、それらの合計点数を競う競技。


今回は後者であり、試合を開催する側が日時と場所を決める。同時に、先に競技を行い、自分の力量を見せるハンデを負う。


『今回のフィールドは住宅地C地区。スタート地点は『まるだし公園』、ゴールは区間外への脱出だ。閑静な住宅地でいかに目撃ポイントを獲得するか、あるいは早々に逃げ切って逃走ポイントを伸ばすか、露出狂フラッシャーごとの戦略が大きく分かれるステージだ!』

『もちろん、対象地区で競技が行われることは告知済みです。それをどう活かすかも重要です』


競技場以外で行われる露出逃走フラッシュ&ゴーは、場所と時間などが事前に告知される。そのため、競技に巻き込まれたくない住民は、外出を控えたり、露出逃走フラッシュ&ゴー実行委員会が運営するホテルに無料で避難できる。また、率先して競技に参加したい住民は、自由参加捕手役フリーキャッチャーとしての参加も可能だ。


「おい、住宅地C地区って羽衣の家がある辺りじゃねえか!」

「これも相手の作戦だよ。羽衣サンを襲って恐怖心で身動きが取れない間にポイントを稼ぐつもりだよ……!」

「くそ……重ね重ね許せねぇぜ……!」

二人は憤る。しかし、相手が指定してきた場所と日時は絶対だ。


『さあ、先攻“スケアリーネイキッド”の競技が始まるぞ!スリー!ツー!ワン!』

フラッシュマスターのカウントダウンと共に、控室の扉が開く。

『レッツ、フラッシュ&ゴー!』

競技開始の声と同時に、露出外套フラッシュコートを身にまとった“スケアリーネイキッド”が飛び出した!


『競技の様子はいつものように中継ドローンで放送するぞ!』

フラッシュマスターの声に合わせて、複数の中継ドローンがお互いをカメラに写して視聴者にアピールし、“スケアリーネイキッド”の追跡を開始する。


……競技開始からわずか数分後。“スケアリーネイキッド”はお目当てのターゲットを尾行していた。

「今日に限って塾のテストだなんて、ついていませんわ……」

“スケアリーネイキッド”のターゲットは、もちろん羽衣だ。


“スケアリーネイキッド”は用意周到で、この日ならば露出逃走フラッシュ&ゴーを行っても羽衣が塾に行かざるを得ないことを調査していた。数日前の違法露出逃走フラッシュ&ゴーも含め、全ては今夜の布石だったのだ。


(グフフ……今日もワシをたっぷり恐れてもらうとするかのう……)

“スケアリーネイキッド”は羽衣の後ろからこっそりと近づき、ここぞというタイミングで一気に走り出す!


羽衣の横を、生暖かい一陣の風が通り過ぎる。

「え……」

その直後、羽衣の目の前には、街灯に照らし出される全裸中年男性の姿が!

「ワシを見ろぉ……」


「ひっ……」

全裸中年男性の顔には露出逃走専用認識阻害仮面フラッシュマスクが装備されており、正体を見破ることが出来ない。だが、その中年太りした体が、数日前の記憶を呼び起こす!

「あ、あ……」

羽衣は恐怖のあまり声も出せず、全裸中年男性の体を目に焼き付けてしまう。


“スケアリーネイキッド”は露出逃走フラッシュ&ゴーのルールに則り、水着以上の布面積を持つ衣服を着用している。だが、羽衣の脳内では、数日前の違法露出逃走フラッシュ&ゴーの映像が再逃走フラッシュバック!現実とリンクし、恐怖の追体験となる!


『あーっと!これは初手から大胆な露出フラッシュ!とっさの事で声を上げられない目撃者!目撃時間ポイントがどんどん溜まっていくぞ!中継ドローンが目撃者の心拍数の変化を感知……これはすごい!衝撃ポイントも期待できそうだ!』

露出逃走フラッシュ&ゴーに慣れた市民でも、不意打ちは効きますからね』


実況と解説は、 “スケアリーネイキッド”がまさか数日前の違法露出逃走フラッシュ&ゴーの犯人だとは思わず、好プレーとして評価した。だが、無理もない。目撃者は遠くから姿を見た数名程度であり、詳しい情報は出回っていない。違法露出逃走フラッシュ&ゴーで布石を張る、無法の荒業である。


『このままポイントを伸ばすか?……あーっと!ここで目撃者チェッカーが現れた!』


「!露出狂フラッシャーが出たぞー!」

“スケアリーネイキッド”を目撃した目撃者チェッカーが声を上げる!すかさず自由参加捕手役フリーキャッチャーが動き出した!


「グフフ、ここからが見せ所じゃあ!」

“スケアリーネイキッド”は弛んだ体からは想像できない機敏な動きで走り出し、自由参加捕手役フリーキャッチャーを次々と巻いて逃走!


『“スケアリーネイキッド”強い!競技区間内を縦横無尽に駆け回り逃走ポイントを稼ぐ!目撃者増加!更に逃げる!』

『目撃者を増やしてポイントを稼ぐ戦法ですね』


控室の諸出たちも“スケアリーネイキッド”の様子を見ていた。敵ながら的確な露出逃走フラッシュ&ゴーである。諸出も只者ではないと思ったその時。

「分かったぞ!」


見貫が諸出にスマホを見せて叫んだ。

「これだよ!」

スマホの画面には『秘密露出結社NKD』の文字が!


「秘密露出結社NKD?」

「露出で世界を征服しようっていう組織の都市伝説さ!」

「露出で世界を征服!?」

あまりの言葉に全身から疑問が溢れ出る諸出。


「僕だって半信半疑だったさ。だけど、見て。エージェントネーム“スケアリーネイキッド”ってところ」

「まさか……」


二人はスマホの画面を見る。“スケアリーネイキッド”、意味は“恐ろしい全裸”。見た者に恐怖を植え付ける体型と身振りにより、恐怖で心を支配する禁断の露出術フラッシュアーツを持つ露出狂フラッシャー


「これが本当だとしたら……」

「とんでもないやつだよ……」

二人は息を呑む。


『“スケアリーネイキッド”逃げる!どんどんポイントを稼いで……あっーと!ここで競技区間から脱出!完全逃走パーフェクトラン達成だ!』

『最後の最後まで相手を引きつけて逃げ切る、素晴らしい逃走ランでしたね』


『これは高得点が期待できそうだ!だが、まだ得点の発表はできない!“Bウィッチ”の競技が終わってから同時に得点発表だ!』

『先攻の得点を公開してしまうと、後攻の競技に影響が出ますからね』


中継のボルテージは最高潮。もやは、誰一人として“スケアリーネイキッド”の勝利を疑っていない状況だ。だが、諸出の闘志は、より一層強く燃え上がっていた。


「諸出クン……」

見貫は声をかけようとするが、言葉が思い浮かばない。そんな見貫に諸出は微笑みかける。

「どうした見貫?いつものやつ、言ってくれよ?」


(いつものやつ、か)

見貫は不思議と肩の力が抜けたような気がした。

(僕が緊張してどうするんだよ!諸出クンを一番近くで応援できるのは僕なんだから!)


見貫は笑ってただ一言、諸出に声援を授けた。

「頑張れ!」


「おう!まかせろ!」

諸出は見貫の声援を受けて、控室出口に立つ。


『さあ、次は後攻“Bウィッチ”の出番だ!スリー!ツー!ワン!』

フラッシュマスターのカウントダウンと共に“Bウィッチ”控室の扉が開く!

『レッツ、フラッシュ&ゴー!』

競技開始の声と同時に、露出外套フラッシュコートを身にまとった“Bウィッチ”が飛び出した!


……“Bウィッチ”は、“スケアリーネイキッド”の恐怖でしゃがみ込む羽衣の元へと急ぐ。

(見つけた!)


『おっと、“Bウィッチ”は“スケアリーネイキッド”と同じターゲットを最初に選んだぞ!これは作戦か?』

『ですが、様子がおかしいですね。距離をとったまま近づきませんよ?』


“Bウィッチ”は羽衣から少し離れた街灯の下に立ち、羽衣が顔を上げるのを待った。そして……。


(羽衣、すぐ助けてやるからな)

“Bウィッチ”は露出外套フラッシュコートのボタンを外し、その内側を羽衣に見せた。


『あーっと!こ、これは!露出外套フラッシュコートの下はセーラー服だぁ!!』

フラッシュマスターが叫ぶ!


「な、なんじゃと!?」

競技を終えてゆったりしていた“スケアリーネイキッド”も叫ぶ!

「あんなもの露出フラッシュではない!反則じゃあ!」

「それはどうですかね」

“スケアリーネイキッド”の横で競技を見守る見貫のメガネが光る。


「なにぃ!?」

露出衣服フラッシュコスチュームには最低限の布面積が定められています。ですが、それ以上に肌を隠すことは禁止されていません」

「ぐっ……」

見貫の指摘は正しく、“スケアリーネイキッド”は反論できない。


『だが、セーラー服とは……』

フラッシュマスターですら困惑する中、駄津衣博士だけは状況を把握していた。

『これを見てください』


『あーっと!これは!目撃者の心拍数変化が凄まじいぞ!』

羽衣の心拍数変化が画面に映される。先ほどまで極度緊張状態だった心拍数が、徐々に落ち着いている。

『あのセーラー服は、目撃者と同じ制服です。たとえ露出逃走専用認識阻害仮面フラッシュマスクで顔が認識できなくても、同じ学校の生徒が現れたとなれば、心強いでしょう』


「ふん!だからどうなのじゃ!」

“スケアリーネイキッド”じゃ笑い飛ばすが……。

「ふふ、露出逃走フラッシュ&ゴーのルールをお忘れですか?」

見貫のメガネが光る。


「心拍数変化のポイントは、恐怖や驚きだけを評価するわけではありません。露出フラッシュによる感情の変化、すべてがポイントになりますよ」


『中継ドローンが目撃者の心拍数の変化を感知!……なんということだ!“スケアリーネイキッド”のポイントを上回ったぞ!』

「なにぃ!?」


『 “スケアリーネイキッド” の場合、軽い緊張状態から極度の緊張状態への変化でした。しかし、“Bウィッチ”の場合、極度の緊張状態から平常心への変化。感情変化の差は歴然です』

「ば、ばかなああ!」

“スケアリーネイキッド”が衝撃を受け仰け反る!


『おっと、目撃者が立ち上がり“Bウィッチ”にゆっくりと近づいて……ここで“Bウィッチ”が移動!付かず離れずの距離で移動しているが……?』


“Bウィッチ”は露出外套フラッシュコートのボタンを締めてセーラー服を隠すと、羽衣が追いつける距離を保ち、ゆっくりと移動する。まるで、どこかへ案内するかのように。


『一体どこへ向かっているというのか!?』

『目的地は不明ですが、確実に目撃ポイントは稼いでいますね』

『目撃ポイントは目撃者との距離、目撃時間、目撃人数で計算される!現在の目撃者はただ一人だが、エスコートのような距離で確実に目撃ポイントを稼ぐ!』


ゆっくりと歩く羽衣は、いつのまにか見慣れた道路に出ていた。

(この道は……)

いくつかの曲がり角を曲がった時、羽衣はハッとした。

わたくしの、家……」


“Bウィッチ”は羽衣の家の前に立ち、Vサインを決めた。

「あ……!」

羽衣は見慣れたVサインに一人の少年の姿を思い出す。だが、決してその名を口に出さない。露出逃走フラッシュ&ゴーでは、露出狂フラッシャーの正体は秘密にしなければならない。たとえ、それが友達だったとしても。


『こ、これはすごい!ポイントが更に上昇!目撃者の心拍数が平常心から安心へと変化した!』

『極度緊張から安心への変化。まさか、露出フラッシュで人の心を救うとは……』

露出フラッシュが人を安心させるという信じられない状況に、駄津衣博士も唸る。


「ふふっ、ありがとうございますわ。やんちゃな露出狂フラッシャーさん」

羽衣は小さな声でお礼を言うと、穏やかな笑顔で家に入っていった。


「どういうことじゃ!?露出フラッシュが人を助けるじゃと!?ありえん!ワシは断じて認めんぞ!」

“スケアリーネイキッド”困惑!だが!

「人を魅了する露出フラッシュ……これが“Bウィッチ”の露出フラッシュなんですよ!」

見貫のメガネが光る!


「ぬわああ!」

“スケアリーネイキッド”は雷に打たれたような衝撃を受ける!

「それに、“Bウィッチ”の本領発揮はここからですよ」


『目撃者を家まで送り届けた“Bウィッチ”!このまま逃げ切るか……あーっと!ここで露出外套フラッシュコートを脱ぎ捨てた!』


“Bウィッチ”は露出外套フラッシュコートを脱ぎ捨て、セーラー服の姿を顕にする!すぐさま自由参加捕手役フリーキャッチャーが声を出す!

「出たぞー!露出狂フラッシャーだー!」


ルール上、露出狂フラッシャーを見つけても露出外套フラッシュコートを着ている間は指摘できない。現行犯の必要があるからだ。“Bウィッチ”は羽衣を目撃者として、すぐにセーラー服を隠していた。そのため、異変に気づいた自由参加捕手役フリーキャッチャーも指摘できず、尾行するしかなかったのだ。


しかし、“Bウィッチ”がコートを脱ぎ捨てた今、自由参加捕手役フリーキャッチャーは自由に声を上げることができる!その声を聞いて四方八方から自由参加捕手役フリーキャッチャーが集まってくる!


「さあ、逃げるぜ!」

“Bウィッチ”はニヤリと笑ってスカートを翻し、狭い路地に身を隠す。

「そこだぁ!」

すかさず自由参加捕手役フリーキャッチャーが追う!だが!


「……あれ?」

自由参加捕手役フリーキャッチャーが路地に入った時、そこには誰もいなかった。

「おいおい?オレはこっちだぜ?」

「なに!?」

“Bウィッチ”は、いつの間にか自由参加捕手役フリーキャッチャーの背後に!

「あばよ」

“Bウィッチ”はウインクして逃走ランを再開!


『なんという早業!中継ドローンでも捉えきれなかったぞ!』

『街灯を上手く使っていますね』

『どういうことでしょうか?』


『灯りに目が慣れた自由参加捕手役フリーキャッチャーは、暗い裏路地に入ると一時的に目が見えにくくなります。その隙に横をすり抜けたのです』

『なんという大胆な逃走ラン!丸出市の地理を理解しつくした逃走ランだ!』


実況の間にも、“Bウィッチ”は裏路地を駆使して、自由参加捕手役フリーキャッチャーの横をかすめるように駆け抜ける!


自由参加捕手役フリーキャッチャーに触れるギリギリの距離をすれ違う!まるで闇夜に舞う蝶だ!』

『ギリギリで現行犯逮捕キャッチエンドを回避するほど逃走ポイントは高くなりますから、高ポイントが期待できそうです。闇に溶け込む紺のセーラー服を生かした、素晴らしい逃走ランですね』


中継ドローンも追いつけないほどの早業で、闇から闇へ舞う“Bウィッチ”。その姿はまるで、かつて入り組んだ町を隠れながら医者の元へたどり着いた、原初にして最狂の露出狂フラッシャー、丸出氏そのものだ!


『さらにポイントを稼ぐ“Bウィッチ”!あーっと!ここで脱出!“スケアリーネイキッド”に続いて完全逃走パーフェクトラン達成だ!』

『これは……すごい得点ですよ!』

二人の興奮冷めならぬ中、ポイントの最終確認と集計の待ち時間が訪れた。


「グフフ……」

一部始終を映像で見ていた“スケアリーネイキッド”は立ち上がり、控室から立ち去ろうとする。

「あ!結果も見ずにどこに行くんですか!?」


「結果など見るまでもないわ。このまま自首させてくれぬか」

「その言葉、信じろっていうんですか!?」

見貫が疑うのも無理はない。“スケアリーネイキッド”は秘密露出結社NKDの一員だ。このまま行方をくらます可能性は高い。


「ひと月ほど前か、『仲間になれば好きなだけ露出フラッシュさせてやる』という誘いを受けたんじゃ。違法露出逃走フラッシュ&ゴーは悪いことじゃとわかっておった。じゃが、欲望を抑えきれなかった……」

“スケアリーネイキッド”の顔には、かつての判断を悔いる涙が流れていた。


「なあ、少年よ。ワシはまだ、やり直せるかのう」

「……秘密露出結社NKDの事を自白すれば、情状酌量の余地はあるかと思います」

「そうか。……ありがとうな、少年」

“スケアリーネイキッド”はそれだけ言い残すと、控室を後にした。


『さあ、それでは今夜の勝者の発表だ!…… 18500Pt対26700Pt!目撃ポイントと逃走ポイントで大差が付いた!勝者は“Bウィッチ”!』


フラッシュマスターの声に、全国の視聴者たちが湧き上がる!

「ワアーッ!」

「あのC級やりやがった!」

「只者じゃないぞ!?」

この夜、全国の露出逃走フラッシュ&ゴーファンが、超新星“Bウィッチ”に魅了された。




……数日後。

「ねえねえ、昨日の露出逃走フラッシュ&ゴー見た!?」

「見た見た!“ファニーネキッド”だろ?」

放課後の教室で生徒たちが雑談に盛り上がる。


あの夜に自首した“スケアリーネイキッド”は即時の実刑を免れ、今は“ファニーネイキッド”と名前を変えて露出逃走フラッシュ&ゴーに参戦している。恐怖で心を支配する禁断の露出術フラッシュアーツは封印し、ピエロのような姿で笑いに巻き込むスタイルへと変化した。“ファニーネキッド”はデビューと同時に人気者となり、今や期待の新人だ。


一方、諸出と見貫は。

「今日も露出逃走フラッシュ&ゴーやろうぜ!」

「うん!だけどその前に、宿題もやらないとね」

「えー……」

「宿題しないと、露出逃走フラッシュ&ゴーできないんだよ?」

「そうだよな!宿題もやるぜ!」

いつものように賑やかだった。


そんな二人を一瞥する少女が一人。

「まったく、今日もお二人とも、お元気ですこと……」

羽衣はちょっとソワソワしていた。


「ん?どうした?」

諸出が羽衣に声をかける。

「わ、わたくし露出逃走フラッシュ&ゴーを始めたいと思いまして……。よろしければ、手ほどきの程お願いしたいと……」

羽衣は、ちょっぴり恥ずかしそうに諸出に告げた。


「そういうことなら大歓迎だぜ!」

「うん。僕だって、露出友達フラッシュメイトが増えるのは大歓迎だよ!」

諸出と見貫はニコリと笑う。


「ふふ、それでは、よろしくお願いいたしますわ」

羽衣も、ニコリと笑った。


「よーし!それじゃあ早速!露出逃走フラッシュ&ゴーだぁ!」

諸出が教室から飛び出した!

「おー!ですわ!」

続いて羽衣も教室から飛び出した!

「こ、こら!まずは宿題を……ってもう、しょうがないなあ!」

なんだかんだ言いながら見貫も教室から飛び出した!


三人の露出逃走フラッシュ&ゴーは始まったばっかりだ!

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