第4話 寝る子は育つ

 木々の間をすり抜けると、森の中に開けた場所があって……そこには黒く強靭な体を持つ魔物の姿があった。


 このレベルの魔物にこの距離に近づくまで気づけなかったことを不覚に思う。


 鉄のように固そうな鱗と、鋭い牙と爪に、背中には大きな翼――。ドラゴン種に属する魔物だ――。


「ひい……って、安眠様がいつの間にかあんなところに……一体なぜ……」


 ようやく俺のことに気づいたヒツジ角の女の子は少し遠くから見ても体が震えていることが分かる。


 まさか、ドラゴンがこんなのどかな森の中にいるとは。普通こういう奴はもっと山の奥とか洞窟にいるはずなのに。


 しかも見たところ優しい心を持った魔物という感じでもなく、人間を見ると前のめりになって足の爪を地面に食い込ませていた。


 俺の方は見ていない。狙いはどうやらヒツジ角の女の子、口からベロを出して舌なめずりもしている。


「逃げろっ!」


 俺は体を起こしながらヒツジ角の女の子に言った。


 しかし、もう簡単に逃げれられる段階ではない。ドラゴンは重いうなり声をあげて、今にも飛びかからんとしている。背を向ければすぐにでも。


 だから俺は戦わなければ……。


 間に入って守らなければなるまい。勇者として。身を守る装備も無ければ、武器もない。丸腰の状態で勝てるかは分からないけど、やらなければ食われる――。


 体の調子は悪くなくて、やると決めても心は落ち着いていた――。


 ヒツジ角の女の子が腰を抜かして、またさっきと同じように尻もちをついても鼓動は乱れない。


 ドラゴンが飛び上がれば素早く、間に入って身構えた。


 握った拳を大きく開いて、5本の指に力を入れる。やることは1択、魔法での攻撃。剣の無い俺にはこれしかできない。武術の心得はないし、魔法も細かいコントロールは得意ではないけど…………全力ぶっぱなら自信がある。


 180度真上に飛んだドラゴンはそこからすぐに急降下。俺は右手を前に出して、ありったけの魔力を込めた。


 ほぼゼロ距離、白いレーザー状の魔法がドラゴンにヒットした。勇者と呼ばれるようになるほどの素質を持った者にのみ扱える光の魔力である。


 もしこれが効かなければ勝機はない。そう思って全力で撃った……そうなのだけれど、思いの外……でかすぎ……。


「ええ……」


 余りの出来事に思わず引いた時の声が漏れる――。


 俺の放った光の魔法はドラゴンにヒットした。白いレーザーが地上近くまで来たドラゴンを持ち上げ再び上空へ、そして天高くで爆発。


 狙い通りだった……だけど、その規模は想定の数倍どころか数十倍の大きさで……。


 文字通り視界は真っ白。直径何メートルぐらいあるかも分からない。見える範囲の空を覆ってしまうほどの魔法だった。まるで天まで届く塔をこの場に召喚したかのように。


 雲まで届いたんじゃないかという高さでの爆発の衝撃が地面に降ってきて、周囲の草木の葉が激しく揺れる。首が痛くなるほど見上げた俺の頭の髪もオールバックになってしまった。


 開いた口が塞がらない……夢を見ているんじゃないかと思う。これを今、俺がやったのか。あり得ない。俺にはこんな大きさの魔法はできない。それどころかありとあらゆる生物全員不可能だ。


 何しろ光が消えれば、本当に空の雲が見渡す限り、吹き飛んで無くなってしまっていた。


「あ……ああ……安眠様……何という……」


 後ろには同じように空を見上げて、開いた口が塞がらない様子のヒツジ角の女の子の姿があった。言っては悪いが、人には見せられないレベルの最大級な驚き顔である。


 俺は目のやり場やら、次の行動に困ってしまって右に左に目を泳がせた。なんとなくほこりを払いながらそわそわ。


 そして……。


「今ってさ……何年?」


 少しずれたタイミングで聞きたかったことを聞いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る