17 脱出

脱出

 城の中庭には、指示どおりに馬車が用意されていた。

 堀を渡るための吊り橋も下りている。この城は完全に伯爵夫人とガルムが支配していたのだろう。城の連中は一度命令に従うと決めると、それ以外の思考は失ってしまったようだった。ぞろぞろとついて来て、ただ遠巻きにオレたちを見ている。


「馬の方は大丈夫だぜ。すぐにでも出発できる」


「着替えや食料も積んであるわ。お金もあるけど、ちょっと少ないわね。五百シルクもないみたい」


「子どもたちも乗りこみました。ルナちゃんのことは、わたしがやります」


 仲間たちが報告してくれた。

 シャルがレナの世話をしてくれるのはありがたい。いきなり生理とか言われても、男のオレはただ戸惑うばかりだ。


「金蔵の鍵はガルムが管理してたんだろう。仕方ない、このまま出よう。城を出てからもしばらくの間は伯爵にも同行してもらいます。安全な場所で解放しますから、それまでは辛抱してください」


「どうせこの城にいても私は囚われの身だ。どこにいようと、何も変わらない」


「おいおい、このひねくれたオッサン。どうにかならないのかよ」

 ギースが馭者の席から文句を言う。


「そう言うな。ここまで逃げて来れたのも伯爵のおかげだぞ。シャル、跳ね橋を渡り切ったら、魔法で橋を壊してくれ。できれば当分の間は通行できないようにしておきたい」


「橋を落としてもいいんですか」


「できるのか?」

 オレは驚いて聞き返した。

 そう言えば、まだシャルの魔法を直接見たことはない。使っていたのはいつも、離れているか後ろを向いている時だった。あの頑丈な橋を丸ごと落とすとなれば、相当の威力だ。


「呪文の詠唱時間が長くなりますけど。十分くらいあれば可能だと思います。堀には水が張ってあるから、火事にはなりませんよね」


「よし、頼むぞ。派手にやってくれ」


 うなずくと、シャルはすぐに呪文の詠唱に入った。前のパーティーにいた時にも聞いた炎系の上位魔法の呪文だ。詠唱に時間がかかりすぎるのが欠点だが、威力は申し分ない。戦争では攻城兵器の補助として使われることもある。


 シャルの周りに魔力が集まってくるのが感じられた。

 凄いプレッシャーだ。近くにいるだけで肌がピリピリする。


 やがて無限にも思えるほど長い呪文が終わりに近づいた頃、オレは仲間に指示を出した。


「ギース、馬車を出してくれ。リディ、幌を上げて外が見えるように。そこからシャルに魔法を撃ってもらう」


 跳ね橋を渡り切るのと同時に、ギースが幌馬車を停めた。


「爆発に巻きこまれる。もう少し馬車を先に進めてくれ……そうだ。この辺でいい。シャル、攻撃範囲に注意するんだ。いいな」


 シャルがうなずいた。


 伸ばした両手の先に光球が生まれ、それが渦を巻きながら炎に成長していく。


「放て!」


 オレの号令で、シャルが生み出した火球が勢いよく撃ち出された。


 まぶしい光と、耳をつんざくような轟音。少し遅れて、火のついた無数の破片が馬車の近くにまで飛んでくる。

 蒸気と煙が収まると、その橋のあった場所には何もなかった。

 鉄で補強されていた分厚い木材は、文字どおり木っ端みじんになって飛散した。これで当分の間は、城から馬で追いかけられることはない。


「すげえ威力だな」


 ギースが驚くのも無理はない。

 オレもこんなのは初めて見た。普通の魔法使いにできるのは、せいぜい橋を燃やして通行不能にするくらいだ。威力だけなら『双頭の銀鷲』にいた二人の魔法使いよりもずっと上かもしれない。


「こんな魔法を使う機会はほとんどないですけど。おまえは冒険者よりも軍隊に向いてるんじゃないかって、よく言われました」


「そりゃあそうだ。これなら並みの攻城兵器なんかより、ずっと効果がある。まあ、動いているモンスター相手には微妙だけどな」


「それも、よく言われました……」


 シャルは下を向いた。

 魔法使いの詠唱をわざわざ待ってくれるモンスターはいない。仲間が時間を稼ぐにしても限界がある。急に方向を変えることもできない。連射も不可能だ。

 だが、それも使い方次第だ。

 例えば眠っているモンスターが相手なら圧倒的な効果がある。この威力なら、もしかしたらドラゴンだって倒せるかもしれない。


「下なんか向いてないで、もっと胸を張れよ」


 オレは元気づけようとして、ポンとシャルを叩いた。肩にしたいところだったが、背丈の関係でお尻までしか届かない。


「ひゃっ」

 シャルがびくっと震える。


「あっ、悪い。いや、悪かった。つまり、シャルの魔法は凄いってことだ。これで相当に時間が稼げる。ギース、馬車を出してくれ。とりあえず街道をまっすぐだ。一刻も早くここから離れよう」


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