双頭の銀鷲
「でも、その人って死んじゃったんでしょう」
「そうね……」
彼女は急に暗い声になった。エルフの耳は感情で色が変わる。やや青みがかった色になるのは悲しみの印だ。
「死体がない理由はわからないけど、生きている可能性はほとんどないでしょうね。でも、私はあきらめないわよ。君は知らないだろうけど、ギルドの冒険者はみんな自分に保険をかけているの。旅先やダンジョンで遭難した時に、救助隊に助けてもらうためにね。このギルドにも今朝、カインのためのクエストが貼り出されたわ。いつか絶対に私が見つけてやる」
そういえば、そんな制度があったな。
これからは、あらゆるギルドにオレの人相書きが貼り出されることになる。元の姿に戻れるかどうかはわからないが、少なくとも敵の存在が明らかになるまでは、オレの正体がカインだと気づかれるわけにはいかない。
「ちょっと待って、坊や。そのベリオスが来たわ」
それを聞いて、ビクッと体が震えた。銀髪の剣士がこちらに真っ直ぐに向かってくる。
まさか気づかれたか。一瞬逃げ出そうかとも思ったが、オレは芝居を続けることにした。大丈夫。ベリオスはオレを見ていない。用があるのは別の相手だ。
ベリオスの顔は少し青ざめているように見えた。
「リディ、考え直してくれないか。妙なウワサがたって、俺たちも困ってるんだ。早く代わりのメンバーをそろえないと、何のためにカインにやめてもらったのかわからなくなる」
「自分たちのことばかりなのね。長い間一緖にいた仲間がいなくなったのよ。もう少し、悲しむとかはないの」
彼女は皮肉っぽく言った。
「そんなことはないさ。カインのことは心配だ。だが、それはそれだ。俺だって自分のパーティーを守らなくちゃいけない。
君の実力は評価してる。ハーフエルフの中でも弓の腕ではピカイチだって評判だ。もちろん待遇は他の仲間と同じにする。双頭の銀鷲はSランクパーティーだ。収入だって今の三倍にはなる」
「でも、いらなくなったら捨てるんでしょう」
「カインは不運だったんだ。まわりをよく見てくれ。現役の冒険者にヒーラーが何人残っていると思う。あれはもう、必要のないスキルなんだ。自分から転職しなかったあいつが悪い」
「とにかく私は気が乗らないの。他を当たってちょうだい。私はこの、未来の勇者様とお話をしてるの。さようなら。誘ってくれて嬉しかったわ」
「くそっ、後悔するなよ」
ベリオスはオレを睨みつけてから、また忙しそうにどこかへ行ってしまった。
あいつはあいつで苦労しているんだろう。テッドのことを教えてやりたかったが、これ以上危険を冒すわけにはいかない。
「お姉ちゃん、ありがとう。でも、もうそろそろ戻らないと。お父さんに叱られる」
「わかったわ。また、会いましょうね。かわいい未来の勇者さん。そうだ、せっかくだから聞いておかなくちゃ。大人になったら私と結婚してくれる?」
「なに言ってる。その時おまえは、いくつになってるんだ」
髭面の男が不満そうに口をはさんだ。
「エルフはあまり年を取らないのよ。知らないの。ねえ、坊や。いいでしょ」
「うん、わかった」
「ありがとう、約束よ。そのうち迎えに行くわ」
「じゃあね。エルフのお姉ちゃん」
子どもらしく大きなおじぎをすると、オレは急いでギルドから出て行った。
まずい。少しばかり時間を使いすぎた。ルナが気になる。
子どもの視線は低い。大人の足がまるで林のようだ。オレはそれをくぐり抜けるようにして、さっきの場所に戻った。
どこだ。ルナはどこにいる。
「よう、坊主」
見上げると、そこに腰に剣を吊った三十がらみの男がいた。
街中で帯剣を許されているのは、領主に雇われた兵隊かギルドに所属する冒険者だけだ。着ているものからして、間違いなく冒険者だろう。
「ここに、女の子はいませんでしたか」
「おおっと。なんだ、本当に子どもじゃないか。悪いが俺はただ、案内を頼まれただけだ。迷子になったお友達は城壁の外で待ってるそうだ。薬があるならそれを持ってこい。手持ちがなければ、ある場所を教えろ。伝言はそれだけだ」
なるほど、そういうことか。
稼ぎをピンハネしていた男が、ルナの目のことを誰かに話したんだろう。オレが
エリクサーは王侯貴族でも滅多に手に入らないくらいの貴重品だ。当然、オレかレナが盗んだと考えるだろう。
この大バカ野郎め。
なによりも自分に腹が立った。ルナの目を癒したかった。それはいい。だが、この街を出てからでも良かった。その場のことしか考えなかった自分が呪わしい。
「そこにオレを連れて行け」
オレは子どもらしさを演出することも忘れて、その男を睨みつけた。
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