冒険者ギルド
それから、ここを出るために買い物を続けた。羊の胃袋で作った丈夫な水筒に火打ち石。よく切れるナイフ。それにパンとチーズ。少しばかりの干し肉。最後に持ち物を収納する背負い袋を買うと、手持ちの金はすっかり無くなった。
「どうして一番最初に服を買ったと思う」
オレはルナに話しかけた。
「カイルが、それがいいと思ったからでしょう」
「それも正解だな。でも、それだけじゃない。ルナは朝、パンにいくらお金を払った?」
「三アス……」
「パン屋に吹っかけられているんだよ。パン一個の相場は一アスだ。でもそれは、相手だけが悪いわけじゃない。古着屋のおじさんも言ってただろう。誰かから盗まれたお金で商品を売ったら、後でお金を取り返されることがある。その危険と面倒ごとを考えたら三倍でも安いと考えたのかもしれない。身綺麗にさえしておけば、相手に不安を与えないで済むのさ。どうだ。難しかったか」
「ううん。でも、カイルはすごいね。大人でも、そんなこと教えてくれる人いないよ。天使だからかな」
オレは返答に困った。天使とか真面目な顔をして言われると、どう答えていいかわからない。
本当のことはそのうち言えばいい。そう思ってオレは気を取り直した。今は逃亡中だ。少しでも早く城壁の門を出たい。だがオレにはもう一か所だけ、どうしても立ち寄っておきたい場所があった。
「ルナ、すまない。少しだけここで待っていてくれ」
オレたちは大きな建物の前で足を止めた。
入口にある大理石の二本の柱。それだけで、ここがどこだかわかるようになっている。もちろん全てが大理石でできているわけではない。他の部分は木材だったり煉瓦だったりするが、冒険者ギルドの入口は、世界の全ての場所で同じデザインが使われている。
「すぐ戻る。なるべく目立たないように、柱の陰になる所にいてくれ」
「うん」
危険はある。それは承知していた。
だが、オレの失踪が話題になっているか。それだけでも確認しておきたかった。
中に入るとすぐに、見慣れた連中の姿が目に入った。昨日まで仲間だった双頭の銀鷲のメンバーだ。オレを殺そうとしたテッドの奴まで一緒にいる。
「おい、ここはガキが来るような場所じゃないぜ」
オレは突然、後ろから声をかけられてギクリとした。振り返ると、髭面の冒険者が見下ろしている。近すぎるから、ほとんどアゴしか見えない。
「ご、ごめんなさい。すごく強い人たちがいるって聞いたから、どうしても見てみたかったんだ。お兄さんも冒険者なの。強そうだね」
そいつはどう見てもオッサンだったが、お世辞だけならタダだ。ルナの話ではオレは美少年らしいから、悪い気はしないはずだ。
近くにいた女性の冒険者がクスクスと笑った。耳が尖っている。ハーフエルフだ。
「あなたがお兄さんだって。アレク、誰が将来の勇者様になるかわからないんだから、子どもには親切にしておいた方がいいわよ」
「そんなことはわかってるさ。ただ、そんなに甘いもんじゃないってことを教えてやりたかっただけさ。お、おう。坊主。何か聞きたいことがあれば教えてやるぜ。なんでも聞いてみな」
「ここで一番、強いのは誰なの」
オレのいた双頭の銀鷲はSランクのパーティーだ。つまり全世界の冒険者ギルドでも十位以内に入っているってことだ。このあたりにはそれ以上のランクのパーティーはない。
その男は急に声をひそめた。
「そうだな。たぶん、あそこにいる『双頭の銀鷲』のベリオスだろうな。だが、それもいつまでだかわからないぜ。二つある首の片方を切っちまったからな。今、それで大騒ぎなんだ」
「首がふたつもあるの」
「なにせ双頭の銀鷲ってくらいだからな。ベリオスは昨日、カインって仲間をクビにしたって言ってる。それで今朝、血のついたカインの服と手首が見つかった。死体は出てないが、疑うには十分だろう。リストラを拒否したから殺されたんじゃないか。みんなそう言ってる」
「ちょっとアレク。子どもに何言ってるのよ。そんな難しい話、わかるわけないでしょう」
「でもなあ、俺だって頭にきてるんだぜ。回復術師のカインって言えば俺たち冒険者の憧れだ。合同で他のパーティーと一緒に戦う時にも、その名前があるって聞いただけでどれだけ心強かったか。あいつは絶対に誰も見捨てない。モンスターの目の前で孤立している負傷者にも、危険を恐れず救いにいく。敵をかわしながらな。そんな芸当が他の誰にできるっていうんだ」
「うん、もう。仕方がないわね」
そのハーフエルフの冒険者はオレと視線を合わせるために、わざわざ座ってくれた。
「ここにいる最強はベリオス。でも本当はもっとすごい人がいたのよ。銀髪のベリオスは銀鷲の象徴。でも本当にあのパーティーを最強にしていたのは黒髪のカイン。この人はそう言いたいのよ。
まあ、その意見には同意するけどね。実は私もあのパーティーにスカウトされて、舞い上がっていたこともあるのよ。でも、カインの代わりだって聞いて、キッパリとお断りしたわ。あの人と一緒に戦えると思ったから仲間を捨てでも出ていこうと思ったんだもの。カインなしのパーティーなら、今のパーティーの方がマシよ」
「なんだよ、マシって。俺よりアイツの方がいいのかよ」
「比べるの。判断するまでもないでしょ」
オレの評価は意外なほど高かったらしい。悪い気はしなかったが、他にも聞きたいことがあった。
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