契約打ち切りされてVtuberから無職になった僕は、自分でパンツも履けない引きこもり社長令嬢を人気Vtuberにするため拉致されたらしい。#打ち切りVtuber
第1回 魔法が解けたシンデレラは、自分の手で運命を変える。
第5章 ガラスの靴を咥えた燕は、おとぎの城へ飛び立つ
第1回 魔法が解けたシンデレラは、自分の手で運命を変える。
12月24日。
久方ぶりに自宅に戻ってきた僕は、埃の被っていたゲーミングチェアにそのまま座り、なにすることもなく真っ白な天井を見上げていた。
「……結局、全部元通りか」
ミーティアとの契約が打ち切られた時のまま。
変わった気でいたのは僕の妄想で、現実はなに一つとて変わってなんかいなかった。
電源の消えたモニター画面に映るのは、あの日と変わらず陰気な男だ。
瑠璃さんの父親に城を追い出されて1日も経っていないというのに、この有様。
昨日までの落差に、まるでこれまでのことが全て夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。
「最初こそ拉致なんて酷い始まりだったけど……楽しかったのになぁ」
背もたれに体重をかけると、ギィッと椅子の軋む音が寂しく響いた。
もうこれで全部終わり。
12時の鐘は鳴り、魔法は解ける。
おとぎの城に住む真っ白なお姫様を支えるマネージャーは、無職の男に早変わり。迎えに来てくれる王子様なんて、現実にはいやしない。
深くため息をつき、目を隠すように腕を乗せる。
「……なにも考えたくない」
ともすればこのまま寝てしまいそうなほどであった。
うとうとと心地良い体の揺れに誘われ、本当の夢の世界へ旅立とうとした時であった。
空気を読まない無骨な震えが、僕を非情な現実に引き戻したのは。
「……誰だ、こんな時に」
スマホの着信。
とても電話に出る気分じゃない。無視してやろうとも思ったけれど、いつまで経ってもバイブ音は鳴りやまない。こうまで続くと、出ない僕が悪いように思えてくる。
「あぁ……もう」
諦めて卓上のスマホを取り上げる。
画面には知らない番号。間違い電話か? そう考えたけれど、僕に用事があったら申し訳ないしと、緑の電話マークをスワイプする。
「もしもし。福鉛ですが」
『……』
返事がない。いたずら電話だろうか。
訝しむ。スピーカーから、微かな息遣いが聞こえてくるので、電話口に相手がいるのは分かる。けれども、いくら待てども声は返ってこない。
不審に思いながらも、僕は再度問い掛ける。
「あの――」
『……ツバ、メ……さんっ』
「っ!? る、瑠璃さん!?」
小さな小さな僕の名を呼ぶ声。
危うく聞き逃してしまいそうな程に、か細い声だったけれども、その声は間違いなく瑠璃さんだった。
「どうしたの急に……っていうのも変か。えっと、大丈夫? 僕が追い出された後、なにが――」
『ひっく……ぐすっ……ツバメさんっ』
「な、泣いてるの?」
声を押し殺し、すすり泣く声に戸惑う。
やはり、あの後なにかあったのかもしれない。僕はもたれ掛かっていた背もたれから飛び起きる。目を瞑って、彼女の声を聞き漏らさないよう、耳をすませた。
『……わたっ……わたし…………どうしたらいいか、わからなくって』
「うん、うん。そうだよね。ごめん、こんなことになって」
『ちがっ……ツバメさんは悪くなく……すんっ……でも、でもぉ』
瑠璃さんの声が震える。
きっと、大粒の涙を零しながら、嗚咽を零す喉から頑張って声を絞り出しているのだろう。
だから、僕は彼女を急かすことなく、ただひたすらに待った。
待つ。待つ。待つ。いくらでも待つ。
時計の長針が半周した頃、ようやく落ち着いてきたのか、喉を鳴らす回数が減ってきた。
ゆっくり、ゆっくりと、瑠璃さんは話す。
『く、クレオールがっ、お父様に辞めさせられちゃったの……っ』
「……クレオールさんが」
辞めさせられた?
気が遠くなる。視界が一瞬ブラックアウトし、危うく机に頭をぶつけそうになった。
咄嗟に肘を付いて、手で頭を支える。
『わ、わたしにがい、がいちゅうを近寄らせるコンシェルジュなんて信用できないって、お父様が……』
「……っ」
胃が軋む。鉛玉でも飲み込んだような重みに、腹部のシャツを破れそうなほどに握り込んだ。
僕のせいで、クレオールさんが。
僕を拉致して城に連れて来たのはクレオールさんだ。それは理解している。けれど、城に残ると最後に決めたのは僕だ。クレオールさんは帰す気のないようなことを言っていたけれど、本心から帰りたいと言えば、無理は通さなかったはずだ。
とてもではないけど、僕の責任じゃないなんて思えなかった。
体が重い。心が重い。
きっと、瑠璃さんと話していなければ、今にもベッドに倒れ込んでいたはずだ。
そう思った時、瑠璃さんへの感謝と共に、彼女の状況に思い至りハッとする。
今、瑠璃さんが頼れる人は、いない?
『っ……ツバメさんも、クレオールもいなくなってっ。配信もダメって言われて……』
「瑠璃さんは今どうしてるの?」
『部屋で、布団被って電話してる……。お父様にバレたら、取り上げられちゃうから』
「そうか……」
もう、言葉も出なかった。
彼女の状況を想像したら、なんて言えばいいのか分からなくなった。
誰もいない無人島にあるお城。彼女のために作られた豪奢な部屋で1人、父親に怯えて電話を掛けている。
声も上げられず、足音に怯える。
きっと震えているんだろう。
きっと涙を流しているんだろう。
そんな時になにもしてあげられない自分が、どうしようもなく歯痒く、情けなかった。
「……っ」
唇が痛い。無意識に、噛んで切ってしまったらしい。
口に広がる血の味は、とても苦かった。
『ツバメさん……っ。わたし、どうしたらいいかわからないっ。やっと、やっとVtuberになれたのっ、ツバメさんに近付けたって思えたのに……。怖がって引き籠るだけの自分から変われるって、そう思えたのに、なんでこんなことになっちゃうの?』
「それは……っ」
瑠璃さんの切実な言葉に、僕はなにも言えない。
まるで僕自身のことを言われているような気持ちになる。
『やっぱり、わたしなんかがVtuberになれなかったのかな? ……変われるわけ、なかったのかなぁ……っ』
「――そんなはずないっ!」
『……っ!?』
僕は我知らず叫んだ。
スマホの向こう側で瑠璃さんの驚く気配がした。けれど、
「頑張ってたじゃないか! 人を怖がるばかりで、逃げ続ける自分から変わろうって! そりゃ、最初の頃なんか僕と顔を会わせる前に逃げて話すどころじゃなかったけど」
『……つばめさん』
悲しそうな瑠璃さんの声。余計なことを言ったかもしれないけれど、弁明も謝罪も後回しだ。
「それでも、Vtuberになるために、御影さんと相談して、配信の練習をして、頑張ってきたじゃないか。そんな瑠璃さんが変われないなんてこと、僕は絶対にないって、言い切れるよ」
『でもぉ……でもぉ……』
「『Vtuberというのは理想の自分に変身することだと私は思っています』」
『っ! そ、それ……』
かつてVtuberとしての僕が告げた言葉。
瑠璃さんが嬉しかったと口にしてくれた言葉。
アーカイブを見直して、あまりにも恥ずかしい台詞に身悶えした言葉を、僕は改めて彼女に告げる。
――[ラピス]:自分が嫌いです。変わりたい。――
そうコメントしてくれた、彼女への答え。
「『事実、こうして私は現実とは異なる自分になれております。現実では漫画やアニメのモブのような私ですら変われたのですから――』――誰にだって、今とは違う自分になれる権利がある」
言い切った瞬間、体中が軽くなったような気がした。
同時に、諦めていた自分を恥ずかしく思う。
また元通りか? 結局変われなかった?
なんて酷い諦めの言葉。そもそも僕はこれまで、自分の意志で変わろうとなんてしていなかったくせに。
Vtuberになったのは、恋歌や
Vtuberを打ち切りになった時も、
瑠璃さんのマネージャーになったのだってそうだ。自分の意志が介在しないまま、流れに身を任せていただけ。
マネージャーを辞めることになったのも、瑠璃さんの父親に追い出されたからだ。
どこにも僕の意志なんて存在しない。いつだって、嫌われないよう周囲の空気を読んで、愛想笑いを浮かべて流されるだけ。
結果だけを受け止めて、あーあ、やっぱりと諦める。
そんなんで、変わりたいだの変われるだのと口にするのもおこがましい。
――そう、言ってくれたのが嬉しくって、わたしも変われるんじゃないかって、思うようになったの。――
けれど、そんなどうしようもない僕の言葉で変わろうとしてくれた人がいる。
だったら僕も変わらないといけない。
誰に嫌われたっていい。自分の意志を貫き通すということは、誰かの意見を退けることであったとしても、僕には変わらなきゃいけない責任があるから。
『ツバメさん……っ、けど、もう……』
「瑠璃さん、初配信前に僕が言ったこと、覚えてる?」
『言った、こと……?』
「『大丈夫。なにかあっても僕がどうにするから』」
あの時は軽い気持ちで言った言葉だ。ここまでの事態なんて想定していなかった。
けれども、瑠璃さんが僕を信じてくれるというのなら、僕はその言葉を真実にしてみせる。
息を呑む音が聞こえる。微かな吐息と共に、震える声が僕の耳を揺さぶる。
『助けて……くれるの?』
「改めて誓うよ。僕は瑠璃さんを必ず人気Vtuberにしてみせるって」
Vtuber宝譲ツバメとしてではない。
ただの
もしかしたら、瑠璃さんは残念に思うかもしれない。けれど、彼女は感極まったような声音で口にした。
『お願い……助けて、私の王子様』
「もちろん。僕のシンデレラ」
■■
真っ白なベッドの上。
かまくらのように膨らむ布団の中で燕と話し終えた瑠璃は、彼と繋がっていたスマホを大事そうに豊かな胸に抱え込んだ。
「お父様にダメって言われて諦めていたのに……」
目元は赤く、涙の痕が残る頬。
けれど、大切な人たちと引き離されて、悲観に暮れて泣いていた悲劇のお姫様はもういなかった。
白いネグリジェの裾で目をこする。
そのせいで余計目元は赤く腫れてしまったけれど、銀色に輝く瞳は決意が宿っていた。
思い出すのは燕が初配信前に言っていた瑠璃を慰める言葉。その続き。
「わたしは、わたしのやれることを……!」
ベッドから飛び降りた瑠璃は、扉をゆっくり開ける。父親の姿はどこにもない。
用心深く。まるでお転婆な
――それは瑠璃の、初めての父への反抗だった。
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