配信裏その3

Vtuber事務所ミーティアの最後


 Vtuber事務所ミーティアの所属タレントがいなくなった後、芥社長は――酒に溺れていた。


「がっはっは!! じゃんっじゃんお酒持ってきてー!」

「キャー! 社長素敵ー!!」


 行きつけのキャバクラで、女の子たちに囲まれて赤ら顔のプリン頭。

 酒を飲み、キャバ嬢の足を触ってセクハラしたりとやりたい放題だ。

 芥の隣に座る露出度の高いドレスを着た女性が、彼にお酒を注ぎながら心配そうに問い掛ける。


「けど、大丈夫なんですか? 会社、大変なんでしょう?」

「だいじょーぶだいじょーぶ! なんたって俺は人気Vtuberを手掛けた敏腕社長だからねー! 問題なんてなしなしよー!」

「まぁ! 流石は芥社長ですね!」

「そうでしょーそうでしょー! あっはっは!!」


 キャバ嬢たちの褒め殺しに、芥は有頂天に舞い上がり、酒を浴びるように飲む。

 ただ、当然ながら問題はありまくりであった。

 Vtuber事務所だというのに、所属タレントは0という名ばかりの状況。どうにかしようとミーティア3期生の募集を行ったが、デビューする前に全員が辞退してしまった。

 2期生同様、募集要項と実際のサポート体制とのギャップに見限られたのだ。


 なにをやっても上手くいかない状況に嫌気が差した芥は逃避した。

 パチンコに通い、酒に溺れ、女に貢ぐ。典型的なダメ人間。

 そんな状況でも自分には商才があり、運を味方に付けている。いずれチャンスが向こうからやってくると、能天気に信じて疑っていなかった。――努力しない者に舞い込んでくる幸運などありはしないというのに。


「社長~。わたし、シャンパン飲みたいなぁ。も・ち・ろ・ん、タワーで♪」

「いいよいいよ! リアちゃんの頼みならなんだって叶えちゃう!」

「やった~! 社長だ~いすき!」

「にょほほ!」


 黒革の財布から札束を取り出し、空中に投げ捨てる。

 桜吹雪のように舞う札束に、キャバ嬢たちは歓声を上げて、芥に抱き着いた。

 薄い服越しに伝わる柔らかい胸の感触に、芥の鼻がだらしくなく伸びる。


 キャバ嬢たちの肉感的な体の感触を楽しみながら、芥は零すのはミーティアを辞めていった者たちへの愚痴だ。あいつらはダメな奴なんだと、酒で滑らかになった口から語られる。


「まったくさー。レンカくんもアリスくんも俺の凄さがわかってないのよー。俺が居たから、あの子たちは人気になれたんだから。会社辞めたらすーぐ落ちぶれちゃうのよ? おれぇにはわかるね」

「社長さんが支えていたんですねぇ」

「そうそうそう! そうなのよ~! 俺がいなきゃな~んもできないっていうのにさ~。わかってないよ~。ほんと、わかってない!」

「もう。わたしと一緒にいるのに、他の女の子の名前を出すなんて、ひどいんだ~」

「あぁっ。ごめんよ~リアちゃん! お詫びにお兄さんがちゅ~してあげる、ちゅ~」

「はいどうぞ~。お酒ですよ~」

「んもう! リアちゃんのいけずー。あっはっは!」


 真っ赤な顔でタコのように突き出した唇はすげなく躱される。

 代わりに押し付けられたグラス。中に入っていたお酒を手ずから飲ませられ、汚らしいゲップが芥の口から漏れ出た。


「今夜はオールで楽しんじゃうぞー!」


 がっはっはっと高笑いを上げ、一夜の王は札束を湯水のように溶かしながら、酒に女に溺れていった。

 自分が落ちぶれるなんて欠片も思わず、ただただこの瞬間を楽しんでいた。

 ――その報いは、存外早く訪れることになる。



「破産です」


 翌昼。二日酔いで重役出勤をかました芥に、唯一残った社員である経理の男が告げた。

 芥は眉間に皺を寄せ、親指と人差し指で揉み込む。


「……二日酔いで聞き間違えたみたい。なんだって?」

「破産です」

「山の長老?」

「暗殺される覚えがおありで?」

「あははー。ないない……え? ないよね?」


 冗談とは思えない真顔に、芥は心配になる。

 そして、ズキズキと痛む頭で、彼が冗談でもなんでもなく事実を告げているだけだと理解し、二日酔いとは違う理由で顔が青ざめていく。


「いや、でも……なんで急に」

「急にではありません。乙夢おとゆめさんや涼風すずかぜさんといったタレントが辞めてしまい、Vtuber事務所ミーティアの収益は0です。グッズ関連の権利も、それぞれに渡してしまったため、配信収益のみならず、利権関連の稼ぎもありませんから」

「だ、だから、新しい子たちを募集して……」

「募集要項と、実際のサポートとの違いに怒って直ぐ辞めたではありませんか」

「次を募集すれば」

「そんな資金も、余裕も我が事務所には残されておりません」


 キッパリと経理の男は告げる。


「なにより、接待費の名目で会社のお金を連日使い込んでいれば、蓄えていた資金も溶けてなくなるというもの。自ら会社の寿命を縮めておいて、信じられないような顔をされるとは、こちらが驚きです」


 汚物でも見るような、経理の冷めた目付き。

 キャバクラ通いを思い出し、ついっと目を逸らす。財布の中にある100万円を超えるたった1枚の領収書がやけに重く感じられた。


「え、英気を養うには潤いも必要で」

「養った英気も使い所がなければ、無駄な浪費です」

「で、でもさ!? 次を頑張れば……っ!」

「次がないから倒産なんです」


 この期に及んでまだ理解していないのか。

 経理の男は深くため息を付く。彼が芥に向けた目は、恋歌れんか童話姫ありすが辞める時、芥に向けていたモノと同じ――諦観と侮蔑が込められていた。

 これ以上の問答は無駄だというように、経理の男は恭しく頭を下げた。


「私も本日付けで辞めさせていただきます。これまでお世話になりました。芥社長のより一層のご活躍をお祈り申し上げます」

「あ……ちょっと待って!」


 事務的な対応。出ていく男に芥は手を伸ばすが、彼はあっさりと出ていった。

 タレントもいない。社員もいない。

 本当の意味で誰もいなくなってしまった事務所で、ひとりぼっちの社長となった芥は、とうとう膝から崩れ落ちた。

 能天気な笑いは成りを潜め、その表情は絶望の色に染まる。


「と、倒産……?」


 信じられないと、首を振る。


「……な、なんで。やっと手に入れた俺の城が……こんな。う、そだ……嘘だろ? 金だってあんなに沢山あったんだ。ちょっと使ったぐらいでなくなるわけないのに。倒産なんてするわけ、するわけないじゃないか……人気Vtuberを育て上げた敏腕社長の俺がいるのに…………なんで、なんで……」


 ぐしゃぐしゃと髪をかき乱し、芥は頭を抱えて打ちひしがれる。

 ポタリ、ポタリと零れた涙が汚れたオフィスの床を濡らす。


「――あ、あぁああああああああああぁぁああああああああああああああっ!?」


 オフィス内に響く慟哭。

 これが、Vtuber事務所ミーティアの最後、芥社長の末路であった。

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