吉祥寺男

CHIAKI

高校編

第1話 発見

「吉祥寺男」


これは私がつけたあだ名ではなかった。彼と知り合ったころからすでにあったもので、長年そう呼ばれてきたみたいだ。


もともと都内在住の私は、吉祥寺に一度も行ったことはなかったから、どんなところなのかすら知らなかった。ただ、人が住みたい町のランキングで常にトップになったことぐらいは知っていた。


親、っていうか母の方)が吉祥寺に住むことを夢見ていて、私が高校入る前にいきなり吉祥寺に移住すると宣言した。それによって、私も中学に入る前の妹もこっちの学校に進学しなければならなかった。父の会社も丁度その時期、事務所が吉祥寺に移転することになったから、こっちに引っ越す方が便利だった。


多感な時期に入っていた私にとって、新しい学校に入ることは正直気が重かった。友達と離れることは別に何とも思ってないけど、新しい環境で知らない人と新しい関係を作ることが、めんどくさいなと思っただけ。その反面、社交的な妹は新しい出会いを楽しんでいた。


高校の初日、同じクラスの女子と男子何人かが話しかけてくれた。親切にしてくれたことはありがたいけど、人の顔と名前を覚えることが苦手な私にとって、言われたことが頭に入らず笑顔でうなずくだけが精一杯だった。


初めて「吉祥寺男」を見たのは、みんなが席に戻り、担任の先生が入ってきた時だった。さっきまで人に囲まれていたので、彼の存在に気付かなかった。


彼は最後列の窓際の席に座っていた。


窓の外の景色を眺めていた彼は、サラサラした黒い髪が春風に吹かれ揺れていた。肌色はちょっと白め、黒縁の眼鏡をかけて、左腕に大きめの腕時計があった。


どうしてなのか分からなかったけど、私は思わず彼を観察し始めた。二つの席を挟んだ距離で、なぜか彼の横顔から目が離せなかった。


私の視線を感じたように、「吉祥寺男」はいきなり私の方向に振り向いた。私たちの目が合った瞬間、私の頭に思わず「やばい」という言葉が浮かび上がった。


私たちの「物語」はこの瞬間から始まった。

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