どうやら、『くーちゃん』に何かが取り憑きまして…… ~世にも不思議な共同生活~
梔子かたる
01:そのモフ感、ずるい
働いて、食べて、寝る。
それを繰り返すだけの人生の人が、この世の中にはどれほどいるのだろうか。
ちなみに自分の人生を上の3つで対比すると、8:1.5:0.5くらいの比率だと思う。
社畜?
いえいえ、違います。
ただ働くことが好きなだけのどこにでもいる面白みのない一般人です。
そもそも自分がやりたくてWワークをしているだけで、やばい企業に勤めている訳では無い。
自分が勤めているのは、有難いことにどちらの会社もクリーンでホワイトな職場である。
同僚や先輩方からも可愛がってもらえており、いつもお言葉に甘えさせてもらってばかりで、逆に申し訳ない気持ちになることもあるくらいだ。
そんな自分の一日の平均睡眠時間は大体1時間弱。
……これを言うと大体の人に引かれるし、なんなら信じて貰えないこともある。
もちろん休みの日にはもっとしっかり眠るけれど、仕事からの仕事、というタイムスケジュールを組んでいる日は必然的にそうなってしまうのだ。
まぁ、別にそれを苦痛に感じたことはないのだけれど。
慣れれば誰でもやれますよ、と伝えた時のヤバいほど引かれたあの瞬間の職場の空気は、きっとこの先も忘れられないだろうと思う。
そんな自分にも癒しは必要である。
仕事を苦痛に感じることはほとんどないが、自分だって人間だ。
全く疲れない訳ではない。
だからこそ、この時間は無くせない。
「はぁぁ、疲れたよぉ!!ただいま!くーちゃん!!」
家のドアを開けて、一直線に居間に駆け込み目的のものにダイブする。
ふわふわ。
もふもふ。
昔から大好きなお日様の匂い。
「はぁぁぁぁ、最っ高の癒しだよ、くーちゃん……。すき。だいすき。ずっと、一緒にいてね……」
ぎゅう、と抱きしめてそのモフ感を堪能するこの時間こそ至極の癒しタイムなのだ。
『くーちゃん』は、私が幼い頃に両親から貰った超BIGサイズのくまのぬいぐるみ。
大人になった今の自分でも、『くーちゃん』の腕の中にはすっぽりと全身丸ごとおさまることができるくらいの大きさがある。
幼い頃からよく抱きついて遊んだり一緒に寝たりしていたからか、『くーちゃん』が、自分にとっての1番の癒しアイテムとなっているため、大人になった今もこうして毎日戯れているのだ。
「今日はね、お昼に食べたお弁当が美味しくってー……」
その日あった出来事を、『くーちゃん』に語って聞かせながらふわモフな腕を枕にして目を閉じた。
1人であれやこれやと語り続けていたが、そうこうしているうちに意識はふわふわと溶けていく。
自分の意識も、言葉も、どんどん不明瞭になっていくのをどこか他人事のように感じていたところで、ふと、アラームの設定が気になった。
今日はこの後の仕事は休みなので、本格的に寝落ちたところで困らない……はずなのだが、1度気になると確認したくなるのが人間だ。
(はぁー……、せっかく気持ちよくウトウトしてきてたのになー……)
そう、気持ちいいのだ。
ものすごく、ふわふわで。
心地よいお日様の香りにつつまれながらなでなでされていて……─
「……、………え!?」
夢、というにはリアルすぎる感触に思わず声を上げて飛び起きる。
視線の先には、もちろん『くーちゃん』がいた。
でも、いつもの『くーちゃん』と違うのは……。
「く、く、くーちゃんが、……動いてむぐぅーーーーーっっっ!!!???」
思わず上げかけた悲鳴は、もふもふに口を塞がれたおかげでご近所迷惑にはならずに済んだものの、混乱は深まるばかり。
『それ』はどこかアワアワとした素振りで頭を振りながら、片腕を口元に持っていく。
さながら、「静かに!」とでも言いたいかのように。
でも、今はそんなことはどうでもいいのだ。
なぜ動く?
いつから動けていた??
そもそも、なんでぬいぐるみが動くの???
(……ま、まさか…………)
──『くーちゃん』は、超BIGなサイズで…──
(ま、さか……誰か、中、に……)
ひゅ、と喉がなる。
一瞬で恐怖に支配され、体が震えて力が出ない。
昔から大好きな、あの『くーちゃん』が。
急に得体の知れない何かに思えて。
「……っ、う…」
ぽとり、と。
1粒こぼれた涙がふわふわの毛に落ちてじわりとしみる。
1度溢れてしまえばもはや止めるすべはなく、次から次に雫が溢れて止まらない。
「う、……っ、うぅー……っ、」
滲んだ視界は『くーちゃん』の輪郭すら朧気にしてしまう。
こわくて、上手く息が吸えなくて、体が震えて、もはやどうしようも無い自分の体。
───ぺふり。
そんな混乱を極めた最中に、ひどく気の抜けるような音とともに、自分の体はやたらふわモフなものに包まれる。
一瞬びくり、と震えてしまったものの、そのモフ感には覚えがあったからか、余計な体の強ばりはすぐに解けてしまった。
恐る恐る、自分の体を抱いているそれの背に腕を回して力いっぱいぎゅっとしてみる。
それこそ、『それ』の背中とお腹がくっつくくらいに、ぎゅーーーーっと、だ。
「………………。や……柔らかい、ね……?」
自分が、想像してしまった通り、もしぬいぐるみの中に何者かがいたとした場合には、この柔らかさは有り得ないということくらい混乱している頭であっても理解できた。
つまり……
「……つまり、……え???……これは、…だから……っ…どーゆうことなのぉぉぉ……っ????」
未だ理解追いつかずにぐずっている自分の頭を、自分がずっと大事にしてきたぬいぐるみが必死な様子でなでなでしてくるという超常現象……。
……なんかもう、このモフ感だけで全部許せるな?と感じてしまった自分は、気づいてなかっただけで結構疲れてるのかも知れない。
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