生かし逝かされ活かされる

岸亜里沙

生かし逝かされ活かされる

目が覚めると、俺は見たこともない部屋に居た。

ここは何処だ?

いや、そもそも俺は誰だ?

名前さえ思い出せない。

記憶がほぼ失われている。

くそ!どうなってんだ!

どうしてこんな場所に居るんだ。

いや待て、パニックになっても仕方ない。

とりあえずこの部屋から脱出する方法を考えよう。


辺りを見渡す。

かなり広い部屋だ。約20畳はあるだろうか。真正面の壁には扉がひとつあるが、そこが出口なのか?

部屋の中央に置かれたベッドとテーブル、壁に掛けられた大型テレビ以外、この部屋には他に何も無い。

いや、よく見ると部屋の四方に監視カメラがあるぞ。

俺は監視されてるのか?


だがこの空間、居心地は悪くない。

青を基調とした壁。どことなく落ち着く感じだ。

空調が効いているのか、暑くもなく寒くもない。

高い天井には、この部屋唯一の天窓が付いている。星空が見えるので、今は夜なのだろう。


とりあえず、この部屋にあるただひとつの扉を調べてみる事にしよう。


──ガチャッ──


えっ、開いた?

その先にあったのは広いシャワー室とトイレだ。

一体なんなんだここは?

刑務所か?

それにしては豪華過ぎる。


俺は訳も分からず、元居た部屋に戻り、ベッドに腰掛けた。

これから俺はどうなるんだ?


すると、扉がある壁とは反対の壁の一部分が急に開き、スーツを着た大柄な男が入ってきたのだ。

壁かと思っていた場所に隠し扉があったのか。


「目覚めたようだな。気分はどうだ?」

男が俺に話しかけてきた。


「ここはどこなんだ?なんで俺はこんな所に?」


「それはまだ言えない。だが、しばらくこの部屋で暮らしてくれれば、それでいい。近い内に外に出られるだろう。それまでは食事も毎日届けよう。欲しいものがあれば、この無線を使って言ってもらえれば全部用意しよう」

そう言うと男は俺に無線機を渡してきた。


「近い内に出られるってどれ位だ?」


「自分にも分からないが、そう遠くないはずだ」


「俺をどうしたいんだ?」


「何もせず、ここに居ればいいだけだ。心配することはない。リラックスしていろ」


そう言い残すと、スーツの男は食事と飲み物をテーブルに置き、部屋から出ていった。


俺は更に混乱した。

なんでこんな事をするのか理解出来なかった。

だが今はまだ様子を窺うしかないだろう。

相手がどんな組織なのかも分からない。

俺が大人しく過ごしていれば、奴らはどうするのか見てみようじゃないか。



1ヶ月が過ぎた。

知らぬ間に俺はこの軟禁生活を楽しんでいた。

無線機を使い、俺は様々なリクエストを奴らにしてみた。

見たい映画を見せてくれ。

ステーキとマッシュポテトを夕食に出してくれ。

もっと寝心地の良いマットレスに変えてくれ。

その要求全てが満たされた。

だがひとつ満たされなかったのが、心だ。

生活は快適だが、俺は人とのコミュニケーションに飢え始めていた。

孤独は人間の精神に重大なダメージを与えるようだ。


俺は無線機を使って要求を出してみた。

「なあ、欲しいものがあるんだが」


「言ってくれ。すぐに準備しよう」


「話し相手が欲しい」


「話し相手?」


「誰でもいい。誰かと直接話しがしたいんだ」


「分かった。明日、話し相手を連れて行こう」

そう言って無線は切れた。



翌日、俺は話し相手を心待ちにしていた。

まさかこんな要求まで叶うなんてな。

まるで新しい恋人との初デート当日のような気分だ。


そんな感傷に浸っていると、部屋の隠し扉が開き、一人の男が入ってきた。

その男の顔を見て、俺はギョッとした。

それは俺だった。

まるっきり生き写しだ。

どうなってんだ?


「やあ。今の気分はどうだい?」

もう一人の“俺”が話しかけてきた。


「お前は誰だ?」

俺は“俺”に話しかける。


「俺はオリジナルだよ」


「オリジナル?」


「そう。君は俺のダミー。クローンだ」


俺は絶句した。

俺はクローンなのか?

そんな。

いや、違う。きっと俺がオリジナルだ。


「この部屋で過ごすのは、今日で最後だよ」

もう一人の“俺”が話しかけてきた。


「外に出られるのか?」

俺は尋ねる。


「ああ。今後、君は俺のために生きてもらう。君の心臓を俺が貰う」


「何?」


「俺は心臓病だ。だから健康な心臓が必要なんだよ」


「ふざけるな!俺の心臓は俺のものだ!」


「違うね。君は俺のために造られたのさ。だから君に権利は無い」


「そんなの人権侵害だろ?」


「この世界の法律ではクローンに人権は無い。クローンは言わば保険にすぎないのさ。君は臓器提供者といった位置付けだ」


「そんな」


「安心しろ。君の心臓は俺が活かしてやる。君は何も気にせず逝けばいい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生かし逝かされ活かされる 岸亜里沙 @kishiarisa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ