第1話 春雷と背反

 。そして僕は今一度彼女の容姿について思考を巡らせた。彼女はどちらかと言うと美人の部類に入るだろう。美人と言えば恵なんかも学校では美人扱いらしいが、僕は慣れ過ぎたからかあまりよく分からない。友達に自分の姉の事を可愛いとか言われるそういう気分だ。しかし目の前に座っている彼女、依頼人でもある黒川さん?はあまりそういうことに興味がない僕にも綺麗だと思わせる惹きの強さがあった。綺麗に揃えられた前髪は抵抗の後が見られないまま眉の上に反抗する意思もなく鎮座しており、白に少し赤みがかった頬とその上部についている双眸そうぼうは丸みがかっており、まるで宇宙でも覗き込んでいるかのように大きかった。鼻の形もいいし、唇も・・・こうやって自分の思考について振り返ってみるとまるで自分が変態か、もしくは彼女に恋しているみたいな気分になる。しかし翻って見ればそれほどまで彼女の事を観察でき、思考を巡らせられるほど彼女は静止していた。

 

 「今日は何の用でここへ来たんですか?」さすがに沈黙が少し気まずくなってきた僕は努めて冷静に、それから穏やかにそう聞いた。


 「そんな焦んなくていいでしょ」恵はそんな僕に対して言う。それから桃原もそれに同調するように「そうだな、彼女が何かの用があるのは間違いないんだ。少し待とう」と僕をいさめるようにそう言った。二人は僕の行動には些か不服みたいだ。

 そして場には少しの沈黙が訪れた―


 それから少し経ってから、具体的には僕がしびれを切らしそうになる頃、黒川さんはぽつぽつと話を始めた。


 「すみません、とてもふわふわしたものなんですが…」彼女は申し訳無さそうにそういうと桃原や恵はすぐさま「問題ない、大丈夫だ」、「いいって、そんなんしょっちゅうだし!」とフォローを入れる。当然、僕だって「大丈夫ですよ」と少し緊張しながら言う。隣で恵がニヤニヤしていたので一応睨みつけておいた。


 「それが、ですね。家族と喧嘩しちゃって、しかもそれが、なんというか途轍もないものというか、ものすごい苛烈なというわけでも陰湿なもの…喧嘩に陰湿っておかしいですよね、まぁそんな感じのものでもなくて、なんというか、この状況をなんとかしたくて、でも先生とかだと、申し訳ないというか、いや、そりゃ皆さんにはそう思わないってわけじゃないですよ…そうじゃなくて…」彼女はまくし立てるようにそこまで言うと言い淀んでしまい、まるで言葉が風に飛ばされて宙を舞ったように口をもごもごさせた。どうやら彼女はあまり気が強くないというか、もはや癇癪かんしゃく持ちかのような気の弱さだった。少し失礼だが癲狂病てんきょうみになりそうだなと僕は思った。そんなことはおくびにも出さないわけだが。


 「つまり、家族と仲直りしたいという訳ですね」僕はさぞ簡単な依頼かのようにそういった。実際これほど難しいものはないのだが、そういうもののときこそ、より単純に振る舞ってしまうのが人間だ。

 彼女は首を縦に振り「それができると嬉しいです」と僕の言葉をまるで信じることなく、というかこの探偵倶楽部自体を信じていない様子で曖昧に返事をした。しかしこれが彼女のデフォルトかもしれない。


 「依頼内容は分かったんだが、実際、君の家族はどんなだい?」桃原は不躾にそういった。

 「そうですね、私は4人家族で、母と父と私と弟で、実際はそんなことはないんですけど、皆からは理想の家族だ、とか、羨ましいとか言われるんです。」

 「と違って」恵は小声でそう呟いたが、その声は僕にしか聞こえてないらしい。僕はそれを無視した。

 「だから、今回の事は周りには言えないというか、みんなが失望しないかなとか思っちゃって」

 「そんなことはないと思います」僕は少し緊張が解けてきたのでさっきよりも、はっきりとそう言った。

 「だといいですけど…」それでも彼女は浮かない様子でそう言う。僕にもその気持ちがなんとなしに分かるが、彼女のそれはなんというか猟奇的な程だ、よく人と付き合えるなと思うくらいに。まるでサバンナに放り出された小動物のようにすべてを疑っているようだ。

 いや実際に彼女の目には多くの者が彼女の狙う獣のように見えるのだろう。外見から与える印象、そして性格もよく捉えればお淑やか、家族の欠損なんてものはなく、それどころか完璧な家族と言われるほど。清潔感もあり、どこか上品さもある彼女はきっとこの学校の生徒から見れば、というかまだ何も知らぬ学生から見れば上流の人間のようなものなのだろう。

 

 「今すぐなんとか出来そうでもないですし、今日は帰りましょうか」僕は、少し首を傾げながらそう言った。首を傾げたことに特に意味はないが、そうせざるを得なかった。恵は僕を見ながら頷き、桃原は無言で腕を組んでいた。黒川さんは「そ、そうですね」とスカートの裾を掴みながら言った。


 「じゃ、続きは明日ってことで」と恵みが言いその日は解散となった。黒川さんはそそくさと家に帰り、僕らは部屋の片付けをしてから3人で帰った。


 「結局のところさ、彼女は贅沢者で、無知で無垢なだけなんじゃない?」恵は少しイラついた様子でそう言った。

 「そうでもないだろ、彼女は彼女なりの悩みがあるわけだし、悩みはどこまで突き止めても悩みで、それは僕らに計れるようなもんじゃない」

 「あんたって、たまにかっこつけるよね、あーかっこいいかっこいい」恵は僕に対して白々しくそう言った。そしてそれを聞いた僕は顔を赤らめながら「うるせぇ!」と言うと、恵は笑った。桃原もそのやり取りを笑いながら見ていた。

 ふと空を見上げると夕暮れが迫っている。どこか緊迫感のあるそれはこれから暴かれていく、彼女の、黒川さんの真実の事を告げようとしていたのだろうか、ともあれ、今言えることは僕らは決定的に間違っているということだけだ。しかしこの時の僕らはそれを知らない。



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コロニーで生きる者たちへ 犬歯 @unizonb

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