天賜の肉 8
侑希の古い記憶には、病弱で痩せ細り、血の気の失せた少女の泣き顔がある。
──一緒に頑張ろうね。
そう約束し、治療に専念したがいつになっても病院からは出られず、病状は悪化していく一方だった。体を蝕む病魔に苦しめられ、心がすり減っていく。それはあの子もそうだった。
さくらという名前しか今はもう覚えていない。泣き虫で、甘えん坊な彼女だったので時に小馬鹿にしたり、励ましあったりしていたが、そんなさくらが自分よりも先に退院した。
──さくらちゃんがまた戻ってきたらいいのに。
そんなことを考えていたら、ある日、さくらの両親が病室にやってきた。
さくらは亡くなったという。そんな話を聞かされて、侑希は心にぽっかりと穴が開いたように感じた。
人の死はあっけない。生きていれば、死ぬこともある。というより、人間は死に向かって生きている。では、ジタバタ藻掻いて生きるのは時間の無駄だろう。そう達観していた。
ただ、さくらの泣き顔があまりにもかわいくて、思い出すたびに「会いたいな」と思うことがしばしばあった。その感情が苦痛だった。どうやら人間は生きている以上、適度な幸福と快感が必要だ。
上代葵はさくらが成長した理想の姿そのものだった。かわいくて優しくて、男の言うことを真に受けて流されて、要領が悪くて、同性に嫌われながらも健気に生きている。その姿がさくらと重なり、思いは募る一方だった。
葵はどんな顔を見せてくれるだろうか。もしもさくらと同じ顔をしてくれるなら、彼女はやっぱり理想の女性だ。しかし、どうしたらそれが見られるのか──侑希は思い出した。
人間は死を予感した時に絶望し、恐怖する。
想像は当たっていた。歓楽街を歩く葵を連れ去り、汚い空きビルで彼女に刃物を向けた。そうすると、葵は震える声で懇願した。怯えて泣きじゃくる。顔をぐしゃぐしゃに歪めて泣き叫ぶ。
その顔が見たかった。やっぱり彼女は理想の女性だ。
葵の胸を刺すと、彼女は涙と血を垂れ流した。散々泣いて苦しんで力尽き、痙攣するだけの状態になった後、侑希は彼女の涙と血を舐めた。トロリと濃厚なものが喉の奥へと流れていくと、体の内側で何かが胎動した。歓喜している。まるで天からの恵みと言わんばかりに全身が歓喜に満ちていく。
それからのことは覚えていない。
気がつくと、上代葵の血の痕だけがその場に染み渡っていたが、遺体と呼べるものがなかった。飛び散った肉片をつまみ上げならなんとなく察知する。
『〝ママ〟が食べたのかな……まぁ、いいや』
いなくなったものに未練を残しても時間の無駄だ。
その後、同じ場所で矢島を殺したが、あの時ほどの快感に溺れることは最後までなかった。
やはり女がいい。女でなくてはいけない。どこぞの犯罪者が女や子供ばかりを狙う理由がなんとなく分かった。
最高に気持ちいいからだ。
「だからさー、僕はあんたにしたよ。メギ様に捧げてあげる」
気を失った絵莉の腹から滴る血を見つめ、侑希はさらに刃物を振りかざした。
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