神子の命 2

「君の出生が複雑なのは、島の因習のせいやろうな」

 宝足島──その島には渡り鳥がよくくる。そのためか、古来の島民たちは鳥葬によって亡くなった人を弔った。

 ある時、一人の妊婦が子を産んで死んだ。その妊婦を鳥葬したところ、トリはその女に化け、島民たちを喰い殺す化物になった。

「俺が送ったデータ、風見先生の研究論文の一部やけど、その中に『姑獲鳥伝説』があったろう。先生がああいう結論を出したのは、古代の宝足島民たちが賊徒または大陸の使者らからその伝説を聞いたんやないかなっていうとこからきとるんよ。あの時はバタバタしとってデータしか送れんかったけど」

 甲斐の説明に椎羅は頷いた。未だに動揺は拭えず気持ちは急くばかりだが、ともかく順序立てて話を聞いていく必要がありそうだ。

「先生は『あの島に鳥葬という概念を持ち込んだのは京の人間だ』と言いよった。つまり、流罪となった京人がおったんやろうな。しかも当時は鳥葬なんて大層なもんやなくて、ただ死体の処理に困ったからトリに食わしただけっていう雑なもんやったって」

「それじゃあ、当時から今のメギのような凶暴性があったわけですね」

「そう。もともとのメギはそういう性質を持っていた。でも、神格化させた。それにもちゃんと理由がある。賊徒襲来やね。メギは賊徒を襲った。それで祀るようになったわけ。すると、メギは島民たちを襲わなくなり、また不思議な能力を与えた。そのおかげで相次ぐ賊徒襲来に島民たちは立ち向かい、見事討ち果たした。これが宝足島の始まり」

 甲斐は皮肉っぽく言った。その言い方に椎羅は違和感を抱いたが、黙ったまま先を促す。

「ただ、メギを祀るには生贄が必要なことが分かった。賊徒や移民、使者などを襲ってメギに捧げとったが、それでも足りんくなった。困った島民たちはメギを鎮める方法を編み出した。それが異能を持つ人間の体にメギを封じるというもの。まぁ、いわゆる神子みこってやつやな。最初は女ばかりが選ばれとったが、島の人口がどんどん減った頃には男もその役目を担っとったらしい」

 甲斐はチラリと椎羅を見た。椎羅は田端侑希の言葉を思い返していた。

 ──どうしてあんたなんだろうな……こんな出来損ないなのに。僕の方がふさわしいのに。

 あの言葉の意味がなんとなく分かる。能力を受け継ぐ者がメギを封じる、つまり御神体だ。田端侑希はそういう存在になることを望んでいた。

 考えていると、甲斐が様子を覗うように見ており、おずおずと言葉を続ける。

「メギが与えた力は様々ある。三日三晩寝ずに働く体力や、人の心を見るもの、言葉によって人を導くものとかな。それらは代々、社を管理する帯刀家が継いできた。んで、志々目家は帯刀の分家だ。島は無能力者を必要としない時代があった。だから能力のない人間は島を出た」

 それが父、志々目圭介の始祖。当時、島を焼いた洋江が志々目家を頼ったのも頷ける。

 椎羅は眉間をつまんだ。

「一方、メギを封じた神子は一生涯、外へ出られん。島の外って意味やないよ。神子が住む部屋みたいなとこがあって、そこから出られんって意味ね。体にメギを封じると、ゆっくりゆっくり、じわじわと狂っていくらしい。そして、最後には化物になる。その前に肉体を殺され、また新しい御神体に移される。その期間は人による。長生きできる者もおれば、短命な者もおる」

 しかし、そんな話をすれば神子が逃げ出した。その責務から逃れようと考える。そのため、御神体を担う神子には本来の意味を伏せて育てられていた。そして、ある時期を境に御神体として生きることになる。年の頃は十八から二十歳の間。その時期から神子は人間の扱いを受けなくなる。

「そして、これは女性にしかできんことだが、育て役と産み子という役目があった」

 突如、聞き慣れない言葉が飛び出した。その響きの不穏さを察知した椎羅は顔を上げる。甲斐は口元を引きつらせ、露骨に嫌そうな顔をしていた。

「神子を産む役目と神子を育てる役目のこと。とくに前者は能力を持つ限られた女性にしかできん特殊な役目やった。しかし、末期の宝足島にはそれを担う女がおらん。能力を持った者は後継者の洋江だけやったからな。そこで出てくるのが志々目家よ」

 椎羅はゴクリと唾を飲み込んだ。ここでまさか父の実家が出てくるとは思わなかった。

「志々目家には隔世遺伝か何かで時たま不思議な能力を持つ人間が生まれる。それが君の産みの親……林と名乗る女。彼女は産み子として幼い頃に宝足島へ引き渡された能力者だ」

 椎羅は絶句した。

「え……じゃあ、僕の父と母はきょうだいってことですか?」

「いや、いとこやったみたいよ。ほぼ面識のないいとこね。でなきゃ、志々目圭介だって黙っておられんやろ。さすがに……まぁ、騙された可能性もありそうやけど」

 父、圭介の手紙を思い出す。

【俺はあいつらに騙されていた】

 彼は洋江という妻がいた。しかし、彼女はメギを封じる御神体。気がついた時には手遅れだった。そうして彼らは御神体を産むためにかつての宝足島の文化に則り、子供を作った。

 騙されていた──その文言から察するに、圭介は御神体を産むということを聞かされていなかったのかもしれない。あるいは、産み子に自分の子供を産ませることも知らなかったのでは。

 すべて知った時にはすでに遅かった。そういうことなのだろう。

「えーっと、それで、まずは島を滅ぼすに至った経緯を説明するわ」

 甲斐の声で我に返る。

「洋江は後継者の役目を放棄した。そんな悍ましいことをせないかんとか嫌に決まっとるもんな……で、福子と林もとい産み子を連れて島を脱出する。島を焼くことにしたのは、メギも一緒に滅ぼすつもりやったちゃろう」

「けど、失敗した」

「うん。正確にはメギはすでに洋江の体に封じられとった、と考えられる。んで、メギを本土へ持ち込んだ。その後、洋江は志々目圭介と結婚する……が、すでに洋江は手遅れで、どうにかメギを鎮めるのが必要になった。そして志々目家もしくは福子と産み子は宝足島の風習に則り、神子を産むことに……」

 甲斐の目は憐憫を含んでいた。

 沈黙が漂う。この事実をどう処理したらいいのか分からない。戸惑いが二人の中に渦巻き、しばらく言葉を交わすことができなかった。

「このこと、どうやって調べたんですか?」

 すると、甲斐は気まずそうに口を真一文字にした。

「風見先生の見解と俺の推測、あとは福子の霊を降ろした。ただ、俺の力じゃ降ろすのが限界でな、話を引き出すのは難しかった。これは、あんまりうまくいかんから最後の手段として使ったわけだが……その代償がこれ」

 そう言うと甲斐は恥ずかしそうに顔を歪めた。

「甲斐さんって、霊媒師なんですか?」

「いや違う。真似事なんよ、本当に……つーか、恥ずいから霊媒師とか呼ぶな。鳥肌立つ」

 甲斐は気まずそうに言った。何がそんなに恥ずかしいのか分からないので、それ以上はつっこんで聞けない。椎羅は真顔のまま、話を戻した。

「福子はなんと?」

「話をしたというより、記憶を見たっていうのが正しいな。福子の記憶……洋江と島を出たこと、それからのこと、洋江が化物になったこと、産み子を使ったこと──それらが断片的に流れきた感じ」

 どうやら彼は福子の死を見たわけではないようだ。椎羅は張っていた気をわずかに緩めた。

「分かりました。いろいろとありがとうございます」

「おう……いやぁ、骨を折った甲斐があったなぁー。ほんとに折れたけど」

 どうやら彼の霊媒は物理的に骨を折るほど大変な思いをするらしいことが分かった。そこまでして調査をしてくれたことに有り難く思う。

「……お風呂、どうぞ。絵莉さんには僕から言っておきます」

「おぉ、すまんな。んじゃ、遠慮なく借りるわ」

 甲斐はふらりと立ち上がると、風呂場へ向かった。数分後、シャワーの音がかすかに聴こえてくる。

 その間、椎羅は目をつむって話の内容を整理した。ようやく頭の回転が正常になる。

 要するに洋江はメギを封じたまま死に、そのメギが宿った臓器が久留島、足立、河井、白源、黒田、田端、そして椎羅に分け与えられたのだ。それによりメギがバラけた臓器を回収しつつ生贄を喰らい、これまでの悲劇を生み出している。その原因はおそらく自分の産みの母親である女なのだろう。産み子はメギを復活させたいのだ。

 産み子として生きてきた彼女は福子の秘書として生活していたが、どうして妹と名乗ることができなかったのだろう。これまでの人生で、彼女が自分の産みの親として接してきたことは一度もない。常に他人行儀だった。それに、福子の豹変も気になる。いや、あれは福子ではない。福子が豹変した四年半前のあの日、すでに彼女は死んでいたのだ。

 では、その日以降一緒に生活していたのは福子ではなく、産み子の女だったことになる。どうして林と名乗っていたのにも関わらず、整形までして帯刀福子に成り代わったのだろう。そうなるしかなかったのだろうか。

 だが、これではっきりした。福子の占いを支えていたのは産み子だ。もしかして、産み子の能力で福子は占いを行っていたのだろうか。その福子が死んだから代行しなくてはならなかったのか。ただ、その理由は分からない。

 椎羅は頭を抱えた。

 そして、無意識に目を凝らす。これはアクセスを試みる時に行い、今や癖になっていた。最後の一人になった今は無駄なこと。

 しかし、事務所の景色が急に別のものに変わった。

 海が視える。波打ち際に立っている。椎羅は無意識に立ち上がった。足元の波に映る顔に驚き、とっさに目を開いた。アクセスを切る。

「………」

 水に映った顔は女だった。笑顔で手を振る女──それは福子の顔そのものだが違う。椎羅の産みの母親。

 彼女は今、すべての始まりである宝足島にいる。

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