第4話 天下分け目の合戦
【臨時理事会招集】
いよいよ臨時理事会開催日が平成28年3月2日に決まった。
寄附行為第17条8に、理事会は理事総数の3分の2以上の出席が無ければ議決する事は出来ないとある。理事総数は15名なので10名集まれば理事会は成立する。
また、第17条11に、直接利害関係を有する理事は議決に加わる事は出来ないとある為、理事長に投票権は無い。よって票数は14票となる。
賛否同数の場合は議長が決するとある為、議長を誰が務めるかにもよるが、議事を決するには今回決起した8名の票があれば十分なのだ。
笠井は、解任決議に署名捺印した理事に考え直してもらうべく、一人一人に頭を下げて回った。しかし誰一人として翻る者は居なかった。
この様な重大事項に署名捺印をするからには、全員が不退転の覚悟を確認し合っているはずだ。そう簡単には揺らぐはずもない。
いよいよ翌日は理事会という3月1日、笠井は手段を選ばぬ作戦を断行した。
3月1日付で神田(事務局長)の局長職を解任したのだ。
神田を事務局長に任命したのは理事長の専権であったため、解任についても理事長の専権で行えた。
笠井が神田を解任する理由付けに困る事は無かった。本来、理事長を支え、業務命令を遂行するべき立場の事務局長が、これまで悉く指示を反故にして来た上に、今回は具体的な理由も無い中で解任決議に署名捺印し、入試・卒業式・入学式シーズンという学校事務が年間で最も多忙な時期に〝騒動〟を起こした事で、職員に多大な負担をかけ、業務に支障をきたしている。
理事長がそれを〝解任理由〟だと言えば、それは法的にも立派に成立する。
こうして神田は事実上、3月1日付で事務局長の座を追われた。
もし、笠井のこの行為が、事務局長職に〝あて職〟として付与されている〝理事〟の権利を剥奪し、反対派理事の数を1名減らす事を目的としたのであれば、この荒療治は現実には無駄な抵抗であった。
神田が総票数の分母・分子の両方から外れたとしても総票数は13票。解任賛成票数は神田を除いても7票となり、過半数に達するのだ。
逆に教職員から〝強引な職権乱用〟と見做され、笠井は益々人心が離れてしまうリスクを負ってしまった。
神田は3月1日に自分が解任されたと聞かされたが全く動じなかった。
万が一、自分が解任されたとしても、議決に影響が無い事は既に確認していたからだ。更に、3月2日の理事会で笠井(理事長)を解任すれば、自分に出された事務局長解任の辞令などは簡単に白紙撤回出来ると高を括っていた。
笠井はこれまでも職権乱用と言われても仕方がない様な人事を、効果がない場面で何度か強行した。これが笠井の欠点のひとつではあるが、それを補うべき常務理事・事務局長の両腕が、その欠点を諫めることもせず、教職員に説明することもせずにこれまで放置してきた。その結果、教職員の不平不満が膨張し、最後には不信任表明文として爆発したのだ。
3月2日理事会当日。
堂本は陪席として事務方の椅子に座り、その時を待った。開会時刻10分前の15時20分。理事長解任賛成に同意した8名のうち6名が席に着いた。
皆、顔を見合わせ、その意が翻っていない事を互いに確認し合っている。
大学同窓会・中高同窓会の両会長理事2人も理事長解任で気持ちを固めていた。
「この人達は真実の何を知っているというのだ。自分達で真実を確かめる事もせず、ただ親しい教職員等に洗脳され、理事長一人を罪悪人と思い込んでいるに過ぎない。」
堂本は理事の重要な票が2票もこの人達に付与されている事を嘆いた。
堂本は自分の横に置いてある委任状2枚を手に取った。
委任状は共に〝理事長解任に賛成〟とある。これで8票が揃った訳だ。仮に神田の票を除いたとしても総理事数の過半数となる。
堂本の心臓に〝絶望〟という冷たい血液が一気に流れ込んだ。鳥肌が立ち、悪寒が全身を襲い、鼓動が早くなるのを感じた。〝敗ける〟。
定刻の3時半になった。いよいよ天下分け目の戦いが始まる。
ところが一向に人が集まらない。肝心の理事長の姿が見えない。
結局、理事会には出席者6名・委任状2名の8名しか集まらなかった。理事会が成立するには委任状を含め理事総数の3分の2(10名)以上の出席が必要だ。
「只今定刻を過ぎましたが、理事会成立に必要な理事数10名に対して8名の出席という事で、今回の理事会は不成立となります。よって、本日はこれにて散会とさせて頂きます。」監事が〝理事会不成立〟を宣言した。
笠井は、勝負では敗けていたのだが、結果的には試合に勝った事になった。
笠井が他の理事に欠席するように呼び掛けたのだろうか、今回クーデターを起こした理事以外は誰一人として理事会に出席しなかった。
「春海弁護士の入れ知恵に違いない。」と堂本は思った。そして心の中で〝よし。〟と拳を握った。
収まらないのは反乱軍だ。若山(副学長)が監事に訴えた。
「樋田監事。ご意見をお伺いしたい。理事長がこの様な重要な会議に出席されないのは無責任極まりないと思うが如何でしょうか?」
「理事長ご本人にすれば議案が自分の解任要求ですから出席したくないでしょうし、出席をするかしないかは、ご本人の権利であって、規約違反ではありません。我々監事がとやかくは言えません。」
「ではもう一つ。理事長は昨日付で神田事務局長を解任しました。これは明らかに我々8名過半数の切り崩しによる議案不成立を狙ったものです。この様な姑息な事が許されますか? 監事。どう思われますか?」
「事務局長解任の話はチラッと耳に入りましたが、解任自体は、寄附行為上、何ら問題はないと聞いています。まぁここから先は弁護士に任されたらどうですか? それでは私はこれにて失礼させて頂きます。」
そう言い残すと監事はさっさと議場を立ち去った。
「我々6名は少し作戦会議をしてから散会しますので、事務局の方々は先に退出して頂いて結構です。」
勝負に勝っておきながら試合に敗けた6名の理事のうち、神田・下山・猫田は青ざめた顔で意気消沈している。外部理事の女性2人は何が起きたのかが未だ理解出来ず、まるで狐にでもつままれた様な顔をしている。若山は憤懣遣る方無い思いを何処にぶつけて良いのか分からぬまま呆然と立ち尽くしていた。
【事務局長代行】
理事長の解任を議案とした臨時理事会の直前に神田事務局長が突然解任させられた事と、理事会に理事長をはじめ理事長擁護派の外部理事の全員が欠席した事は、反体制派教職員を更に憤慨させた。
事務局長が何らかの理由で職務を遂行する事が出来ない場合、事務局次長である堂本がその職務を代行するというのが大学のルールになっており、堂本は止む無く事務局長代行を引き受けた。
こういう状況下で堂本が事務局長代行を務めれば、教職員からの堂本への風当たりは益々強くなるのは明らかだった。
堂本が事務局長代行を引き受けてまだ1週間も経たない常任理事会の席上で、京極(常務)は堂本に対して〝果たして事務局長が務まるか〟を試す様な難題を仕掛けた。
「幼稚園の建て替え計画についてだが、これまで新園舎の設計だけが先行していて、肝心の運用面が全く議論されていない。特に事業所内保育所を新設する計画で走っているが、これは理事会に議案を上げ承認を得る必要があるものだろう? その辺はどうなっている?」
常任理事会の席上が静まり返った。笠井は欠席し、責任者であるはずの神田(元局長)も下を向いたまま何も喋ろうとしない。
事業所内保育所とは、おもに設置法人内で働く従業員の子どもを預かる保育園で、法人の内部や近隣に開設されるものである。事業所内保育所を新園舎内に新設したいというのは笠井の希望であったが、それを実現する際のメリット・デメリットを採算面・運用面からしっかりと検証した上で是非を判断しなければならない。それこそが事務局長の仕事であるにも関わらず、神田はそれを怠り、設計等のハード面だけを進めて来た。
幼稚園現場は、事業所内保育所のデメリットを憂い、神田(事務局長)に対して何度も再検討を訴えて来たが全く上に届かなかった。
特に幼稚園現場が訴えたのは、現行の東京仏教大学附属幼稚園の入園基準や先生方の給与・勤務体制・教育方針と、新たに設置しようとしている保育所のそれとが大きく違い、どちらかに基準を合わせるという事が物理的に難しい為、その両者を同じ施設内にて共同で運営すれば必ず軋轢が生じ上手くいかないという簡単な理屈であった。
幼稚園現場は神田では埒が明かないと堂本に縋り、堂本も〝設置を断念するかもしくは附属幼稚園とは別の場所で設置するかしかない〟という結論に達していた。
しかし、笠井が積極的にそれを進める中、神田を差し置いて平の職員の立場で自分が〝待った〟をかける事を躊躇っていた。神田も堂本の進言など聞く耳も持たず、ただ全てを握り潰した。これまでも神田は一事が万事、理事長を悪者にする事で、自分の実行力の無さを隠して来た。
今回の事務局長解任についても、笠井はこれまでに何度も神田の解任を考えては思い留まって来たのだ。我慢に我慢を重ねた挙句、今回の「理事長解任請求」が引き金となったに過ぎなかった。
ただ、笠井にとってはタイミングが悪過ぎた。意図した訳ではないが、臨時理事会の直前の〝充て職理事〟の解任は、第三者から見ればいかにも作為的に見えた。
神田が理事長の指示・命令を全うしない事は数年前から分かっていたのだから、まだ〝悪性腫瘍〟が〝早期〟のうちに取り除くべきだったのだ。
放置したが為に自分がやりたい改革は凍結され、教職員は好きに操られ、挙句の果てには解任請求を出される羽目に至ったのは、元を辿れば笠井の自業自得と言えなくもない。そしてそのしわ寄せが堂本に降りかかることになったのだが、堂本は臆することなく質問した。
「京極常務、事業所内保育所新設の是非はいつまでに回答すればよろしいですか?」
「3月25日の理事会で新設の是非について承認を取りたい。その為には17日に開催される常任理事会で説明出来る様にしておいて欲しい。」
「1週間後ですか・・・。」「無理かね?」「いえ、何とかやってみます。」
堂本はこの時すでに事業所内保育所を新園舎内に併設することの弊害を、幼稚園現場の意見やデータを通して十分に調査しており、レポートとして纏めていた。
常務理事から突然に振られたミッションのお陰で、誰に遠慮をすることもなく、事業所内保育所の新設取り止めを訴えることが出来る。それが大学グループにとって最良の選択であり、幼稚園現場もそれを切望していることなのだ。
堂本は翌日、さっそく、幼稚園園長と打合せをしてコンセンサスの確認を行った。
現場との認識にズレはなかった。運営面・コスト面の両面からメリット・デメリットを比較し、事業所内保育所の併設が明らかに不利益であることを議案として理事会で説明した結果、「事業所内保育所併設は行わない」という議案は反対意見もなく無事承認された。
【常務理事の叛意】
3月のある夜、堂本は京極(常務)、若山(副学長)の2人から夜宴に誘われた。
適度に酒がまわったところで若山が堂本に尋ねた。
「堂本君、君は2月に朝倉理事に会っただろう?」
「ええ、朝倉理事が反旗を翻された訳がどうしても理解出来ず、直接お聞きしました。」
「それで、納得出来たかい?」
「いえ、全く。ただ、笠井理事長を降ろした後は、ご自分が理事長になるという意思がお有りのようでした。」
こう言い終わると、京極と若山の2人はお互いに顔を見合わせて苦笑した。
「朝倉理事を理事長に推薦する人間など、笠井さん以外には誰もいないよ。」
「笠井理事長を忌み嫌う教職員は数知れない。その笠井さんに側近として仕えて来た朝倉理事には次の理事長ポストを狙う意図が見え見えだった。」
「そもそも朝倉理事はそれまでは田上理事長にべったりだった。にもかかわらず、笠井さんが理事長になった途端に、笠井さんに鞍替えした。そして今回は笠井さんを裏切って謀反だよ。そんな人間を信用できますか?」
2人は代わる代わる朝倉への批判を口にした。
「今回の政変が成ったとしても、朝倉理事が理事長になることだけは、天地がひっくり返ってもあり得ないよ。」
「朝倉理事は唯一、彼を理事長に推そうとしていた笠井理事長を裏切り、かつ味方からも信頼されていない、ただのピエロを演じただけなのだよ。」
「それでは、皆さんは次の理事長にはどなたを考えておられるのですか?」
堂本がその質問をすると、2人が顔を見合わせ、譲り合う様に言った。
「まぁ、私は当学校法人理事長の条件である〝仏教系寺院の住職〟ではないので、やはり住職であられる若山副学長が適任でしょう。」
「いえいえ、僧籍などはひと月もあれば取得出来ます。京極常務こそ適任ですよ。」
理事長ポストに対する欲望を抑えながら譲り合う2人の光景が、堂本には滑稽でもあり、また一方で悲しく映った。
常務理事の京極は朝倉から理事長解任請求書への署名捺印を懇願された際にこれを断った。その理由は、笠井の側近として最後まで笠井を支えようという立派な志からくるものではなく、ただ単に朝倉の下に就きたくないという理由であった。
京極は、大阪にある大学グループの副理事長という職責を兼務していたが、その任期が来年の3月末で切れることもあり、出来る事ならば東京仏教大学での常務理事職をもう3年間延長したいというのが本音であった。
笠井が自分の後任として天知という人物を考えていることも風の噂で知っていた。
このままでは自分は、5月末の任期満了を以て追い出されることは間違いない。
しかし〝謀反〟の首謀者にはなりたくはない。京極は焦った。
常務理事という職責は、本来であれば最後まで理事長を支え生死を共にする立場にある。今の京極にとってはそういう〝責務〟よりも〝私利私欲〟の方が重要であった。
京極は解任請求書には判を押さず、一旦は態度を保留し、反対派理事達から〝切望される形〟で反対派に加わることで、朝倉よりも優位なポジションを確保する策略を実行した。そしてまんまとその策が的中した。
笠井を追い出した後に常務理事として大学グループに常駐すれば、いずれは理事長というポストも展望できる。
新理事長選において朝倉よりも多く票を取れば、常務理事どころか、そのまま理事長というポストに座ることも夢ではない。
こうして京極は、彼が最も得意とする姑息な戦略で、解任請求書という謀反の血判状に署名捺印という〝証拠〟を遺すことなく、反対派に加わることを成し遂げた。
【異例の常任理事会】
3月17日、京極(常務)主導による常任理事会が強行された。
3月25日に開催される定例の理事会・評議員会に於いて、〝笠井理事長解任〟を議題に盛り込む為に、笠井(理事長)の意向を全く無視する形での開催であった。
常任理事会の本来の意義は、理事会の補填機能であり、理事長が相当と認める方法で常任理事を招集し、議長として議案を審議し、構成員総数の過半数で議事を決するものだ。
ところが京極は、学内に笠井の味方をする理事・教職員が皆無であることを楯に、常任理事会を占有し、強行開催したのだ。
今の大学は、笠井の理事長としての権限が有名無実化され、常務の京極が理事長代行の権限を強奪し、周囲もそれを黙認するという異常な事態であった。
常任理事会のメンバーは、笠井、京極(常務)、下山(学長)、若山(副学長)、猫田(校長)の5名で、笠井以外は全て、反笠井派の理事で占められた。
もはや多勢に無勢。笠井には京極の言いなりになるしか術はなかった。
反対派勢力に常任理事会を強奪され、「笠井理事長解任」という議案が強引に盛り込まれ、賛成4、反対1(笠井)で可決された。
堂本は事務局長代行として常任理事会に陪席はしたが、あくまで一職員であり何の発言権もない。ただ黙ってこの暴挙を傍観するしかなかった。
笠井が理事長を続けても当学校法人の運営が立ち行かないことは分かっていたが、こういう義に反することを平然とやってのける人間に大学グループを任せる訳にはいかないと、堂本はあらためて痛感した。
常任理事会翌日の3月18日、学内運営協議会が開かれた。
学内運営協議会とは、常任理事会に付議すべき事項や、グループの管理運営に関する重要事項について協議・共有するもので、常任理事会構成員に教職員管理職が加わり構成されていた。今回の協議会はもっぱら、前日の常任理事会で決議された「理事長解任」の議案成立に対する応援会の様相であった。
笠井は欠席し、中立を保つ堂本以外は全て、笠井理事長解任に大賛成という輩で占められた。
「京極常務、いよいよ理事長解任が採択されますね。3月2日の臨時理事会は笠井支持派が全員欠席という非常手段にやられましたが、今回は来年度予算の承認という重要な議案があるから欠席による流会という手は使えないはずです。」
副学長の若山が京極にエールを送った。
これまでの様に、黙っていても学生が集まる時代であれば大学の学長は誰にでも務まったが、これからの戦国時代を大学自治で生き抜く為には、強い信念で改革を成し遂げられるリーダーが求められる。
笠井は学内にその人材を求めたが、どうしても適任者がいなかった。
やむなく外部に人材を求めた結果、平成27年(2015年)に新学長に就任したのが大町であった。大町は学長として抜群のリーダーシップを発揮し、更に性格も温厚で人望も厚かった。ところが、学長に着任後わずか半年で重い病を患い急逝してしまった。
本来であれば副学長の若山がそのまま学長にスライド就任するはずであったが、笠井は若山にその資質が不足していると判断し、若山の昇任を許さなかった。
新学長探しを朝倉に託した結果、朝倉がクーデター含みで連れてきたのが下山という訳だ。
笠井が故大町学長の後任人事を若山の学内スライド人事ではなく再び学外から招聘したことで、教授会はいよいよ笠井に対する不信・憎悪の念を強めた。
笠井は何ごとに於いても周囲への説明よりも行動を優先するという致命的な欠点があった。丁寧な説明を以て相手を説得する、礼を尽くして相手を取り込むということが苦手であった。それを補佐するのが常務理事・事務局長の仕事であったが、笠井の周りに味方は一人もいなかった。
理事長の解任決議で盛り上がる最中、堂本が堪らず発言した。
「京極常務、今や教職員の9割以上が笠井理事長に従いたくないと言っている以上、私も笠井理事長がこれ以上、理事長を続けられるのは難しいと思います。しかし、いきなりの解任要求は無茶ではないかと思います。」
この瞬間、会議場は静まりかえり、全員の冷たい視線が堂本に向けられた。
「先ずは京極常務が他の理事を説得されて、過半数の理事で笠井理事長の5月任期満了での退任を促されるのが筋ではありませんか?」
「彼はあと3年間、理事長を続けるつもりでいる。そんな説得に応じる訳がない。」
「実際に交渉もされないうちにその様に判断され、挙げ句は解任を求めるなど無茶でしょう。学校法人にとって理事長解任はスキャンダルですよ?穏便な形で理事長交代に持ち込む手段はあるはずです。それをおやりになるのが常務理事の任務ではないのですか?」
この瞬間が堂本にとって、これから始まる東京仏教大学の長い戦の最前線に我が身を投じて闘う〝プロローグ〟になることなど、その時点では考えもしなかった。
【天下分け目の合戦】
いよいよ、第345回理事会(前半)が平成28年3月25日午後1時半から開催された。
春の理事会は同日に2回開催される。最初の理事会(前)で重要議題の可否について採決を取り、その後、評議員会を開催し、評議員の意見を参考にした上であらためて理事会(後)を開き、同じ議案について再確認した上で最終的な可否を採る。
出来るだけ開かれた理事会を目指す為の処置であるが、笠井降ろしに躍起になる教職員が犇めく今の大学にとって、評議員会は京極常務派閥による、笠井理事長率いる理事会に対する妨害会議以外の何者でもなかった。
第345回理事会(前)の議題は、平成28年度の事業計画、当初予算、寄附行為の変更、公庫からの借入、大学用地売却、事業所内保育所併設中止の件の6議案だけで、理事長職解任案が盛り込まれていなかった。その為、理事会(前)は、理事全員が出席の元、6議案全てが無事可決された。
これは理事長擁護派に対して理事会のボイコットをする口実を与えない為に京極派閥側が考えた〝苦肉の策〟であった。
その後の評議員会も平穏に終わった。評議員の関心は、その後開催される第346回理事会(後)で盛り込まれた〝笠井理事長の理事長職解任〟という議案の承認にあり、それ以外の議案は、言わば〝良きに計らえ〟といった程度の関心しかなかった。
そしていよいよ、第346回理事会の開会を待つばかりとなった。
京極(常務)、朝倉、下山(学長)、若山(副学長)、猫田(校長)、大学同窓会・中高同窓会の両会長理事の7名は席に着いた。神田(元事務局長)は解任された為、堂本らが座る事務(庶務)席側に回された。
これに書面による意思表示をした創業家の香月が出席に加えられ8名。あと2名の理事が出席すれば理事会は成立する。
理事会が成立すれば、京極常務側が先だって笠井(理事長)を全く無視する形で常任理事会を開催し、追加で盛り込んだ〝理事長解任〟という議案を賛成多数で可決承認し、笠井は具体的な解任理由もない中で、強引に解任させられることになる。
一方で、この理事会において、来年度予算を含めた重要議案を通さなければ、大学グループの運営に支障を来すことになる。
京極等反体制派は、理事の責任として出席せざるを得ない重要な理事会の議案に〝理事長解任〟を盛り込むことで、まず間違いなく理事会は成立し、理事長解任を可決出来ると読んでいた。
もしも、笠井を5月の任期満了をもって穏便に辞めさせたいとする擁護派の理事達が、今回の理事会をボイコットすれば、その時は重要議案を投げ出した無責任な理事として糾弾すれば良いと考えていた。
どちらに転んでも京極等反体制派が断然有利な状況に、笠井擁護派の理事達は皆、頭を抱えた。
〝これはテロと何ら変わりがない。テロに屈する訳にはいかない。〟
これが笠井擁護派の結論であった。笠井達は苦渋の選択として、不当に理事長解任を議案に盛り込まれた第346回理事会を欠席することに決めた。
こうして重要議案を可決承認する必要があった第346回理事会も又、まさかの流会となった。
【人間魚雷・黒川】
笠井は理事会会場を退室してマイカーで校舎を出ようとしたが、教職員数人が笠井の車の前に〝人間バリケード〟として立ちはだかった。
反対派勢力の中でもとりわけ大学教職員の性質が悪かった。
「笠井さん、理事会に出席しろ。帰さんぞ。予算よりも自分の保身が大切なのか?」
笠井はゆるりと車を前進させ、校門を出ようとしたその時に、とんでもない事件が起きた。
大学職員の黒川が、笠井の車の前輪につま先を差し出し、故意に轢かれ倒れ込んだのだ。黒川は足を抱え大袈裟に転がった。笠井は慌てて車を降り、黒川を抱えた。
「大丈夫ですか?」「大丈夫な訳ないだろう。誰か警察を呼んでくれ。人身事故だ。」
その後、黒川は病院に担ぎ込まれたが、骨には異常はなかった。
つま先をそっと前輪に差し入れ、轢かれた振りをして倒れ込んだ〝捨て身の芝居〟なのだから骨折などするはずはない。
ところが、黒川はそれ以降、この事故を「理事長による傷害事件」として学内外で大々的に報じ、挙げ句の果てに告訴まで起こすことになる。
曲がりなりにも仏教を礎とする大学で働く教職員が〝当たり屋〟紛いな行動を堂々と実行する現実に、堂本はただ呆れるばかりであった。
理事会会場では、一旦は第346回理事会(後)の不成立が監事により宣言された。
京極(常務)等の思惑は外れたが、このままでは収まらない。
「樋田監事、重要な議案を放り投げて理事会を欠席する様な理事をどう思われますか?理事としての責任放棄ではないですか?監事としてのご意見を是非とも伺いたい。」京極が監事の意見を求めた。
監事は静かに立ち上がり、監事としての率直な意見を述べた。
「私なりに今回の件で疑問に感じている点が2点あるので述べさせて頂きます。1点目は、理事長解任請求の理由についてです。大学の教授会及び中高教職員の大多数から出された理事長に対する不信任の表明、これを理由として挙げられています。そこで、教授会や中高教職員がどの様な理由で不信任を表明しているのかを、私の方で検証してみました。解任請求の理由のひとつが学長選挙のやり方、ひとつが東京都大田区の土地の取得、もうひとつが新学部の募集で定員割れをしていること。この3点が大きく挙げられていると思います。しかしながらこの3点はいずれも理事会で決議して決定したことではないでしょうか?特に土地の取得に関しては前理事会に於いて全会一致で賛成され、その後の評議員会に於いて多数の反対意見が出たにも関わらず、後理事会に於いて賛成12・反対2で可決されました。理事の皆さんが賛成多数で決められてあることについて、教授会や教職員の皆さんがそれを不信任の理由として挙げられていると言われても、それならば、理事の皆様方ご自身の責任はどの様に考えておられるのか?というのが一番気になるところです。」
京極をはじめとする全ての反体制派理事が黙り込んだ。
「2点目は、理事長解任請求の時期についてです。8名の理事の方々がご指摘の様に、私自身も、笠井理事長の統率力なり、意見を纏めるというところに、その力が多少欠如されていることに一因があるとは感じています。しかし、理事長の任期は今年の5月末です。任期満了が近いというこの時期に、理事長の解任請求が何故必要なのかということが理解できません。1月からの4ヶ月間は学校にとっては入試・卒業・入学という大変重要な時期です。そういう中で5月まで待てない理由があるのでしょうか?」
堂本は監事の言い分に深く相槌を打ち、まさにその通りだと思った。
「理事会の開催には理事3分の2以上の出席が必要です。事前に解任の前提となる理事会開催の目処をつけておかなければ、理事過半数8名の解任請求のみでは理事長の解任は出来ない、更には事態が長引くということは容易に予想できたはずです。今回、理事長をはじめ数名の理事の方が2回目の理事会を欠席されました。確かに決して褒められたことではありません。しかしながら、当学校法人に於いて理事長が解任されたとなれば、そのこと自体を以て大学グループの名誉・信頼が失墜して、これを回復するにはそれこそ、10年単位の期間を要するのではないかと、私自身は感じています。理事長に欠席の責任を問うのであれば、彼らがそういう行動をせざるを得なかった要因を作られた方々の責任も問われるべきではないでしょうか?」
確かに順風満帆な時代であれば、この程度のスキャンダルは数年で消し去ることも出来るだろうが、強豪犇めく少子化の時代に、このスキャンダルは致命傷になりかねないのだ。
「従って、理事長の解任というのは、解任後の影響を最大限考慮して慎重に行わなければ、本学は今以上に沈んで行くのではないかと大変危惧しています。また、笠井理事長を解任するからには、当然、新理事長の選任が必要になると思いますが、皆さんはどなたを次の理事長としてお考えなのですか?新理事長は笠井理事長に比べてどの様に優れておられるのですか?その様な点を一切明らかにされずに理事長解任請求をされても甚だ説得性に欠けます。この点を以て、今回の理事長解任請求というのは、極めて〝場当たり的〟なもので、かえって大学に混乱を招いているのではないかと感じた次第です。以上、2点を以て、私の意見としては、理事長の解任については慎重にご審議頂きたいと思います。」
監事の至極もっともな意見に、反対派理事の殆どは返す言葉を失った。
「樋田監事、このままでは重要議案が未承認のまま期を越すことになり、大学にとって大変な事態になります。どうしたら良いでしょうか?」
理事のひとりである大学同窓会会長が監事に打開策を求めた。
「緊急の常任理事会を開き、〝理事長解任〟を議案から除くことを決議し、第346回理事会はそれ以外の議案を以て再開すれば、笠井理事長をはじめ欠席された理事の皆さんは戻って来られるかも知れません。」
そこに、笠井(理事長)が傷害事件を起こして学内に留まっているとの情報が舞い込んできた。
理事長が傷害事件の加害者になったとなれば、それを正当な理由として解任請求が出来ると、反対派理事達は一様にほくそ笑んだ。
大学教職員の一部は、まさに目的の為には手段を択ばない「テロ集団」と化して笠井に襲いかかった。
「ここは先ず緊急で常任理事会を開催し、理事長解任議案を一旦は取り下げ、その上で何とか理事長を呼び戻して理事会を再開するしかないだろう。今となっては予算を含む重要案件だけでも通すことを優先するしかない。」
京極は、今は仮に一歩下がったとしても、笠井が人身事故を起こしたことで、今後いつでも彼を窮地(辞任)に追い込むことが出来ると考えた。
〝解任派理事が、理事長解任を断念してまで重要議案を承認することを優先して大学を救った〟と学内で報じれば、笠井派が逆賊、自分達が官軍となる。
そのリーダーが京極であれば、次の理事長選では多いに優位に立てる。
京極は瞬時でそこまで判断して動いた。
理事長解任議案を降ろしたことで、笠井派の理事達が理事会会場に戻った。
こうして第346回理事会(後)は無事成立し、全ての重要議案が承認された。
【理事長辞任要求決起大会】
理事会の4日後、大学構内に於いて、理事長辞任要求決起大会が開催された。
壇上には、神田(前局長)、若山・中山両副学長、街宣部長の別府、黒川とそうそうたる顔ぶれが並んだ。壇下の応援席には、朝倉も外部理事として参加した。
傍聴席には大学の教職員、中学高校の教職員などおおよそ200人ほどが集まったが、その殆どが反・笠井派であった。
「皆さん、本日はお忙しい中、これほど多数お集まり頂き感謝します。」
司会の神田が冒頭の挨拶をした。
「皆さん、先日行われた理事会に於いて、こともあろうか議長である理事長が職責を投げ出し、議場を後にする事態が生じました。この奇行によって理事会は流会、平成28年度の当初予算や事業計画を含む重要7項目が決議出来なくなりました。要するに、理事長は議事に挙げられていた理事長解任決議を回避し、自らの地位を守るために大学を機能不全に陥れたのです。」
「しかし、京極常務や若山副学長等の常任理事が本学の将来を第一に思い、理事長解任よりも予算等重要議案を通すことの方が大切だと苦渋の選択をされ、緊急の常任理事会を開き、理事長解任案を取り下げました。その結果、笠井派の理事達が戻り、無事に理事会が成立、重要議案が承認されました。その上、理事長は帰り際に理事長本人が運転する車で本学の職員を轢いたのです。幸い、大きな怪我には至りませんでしたが、大学グループトップである理事長が重要な議案を放り出した挙げ句、人身事故を起こすなど、あっても良いのでしょうか?」
ここまでの展開はまさに京極のシナリオ通りであった。更に神田が壇上で演説を続けた。
「あのシーンはまるで天安門事件の再現の様でした。門を出ようとする理事長車の前に、数人の教職員が立ちはだかりました。その結果、黒川課長が犠牲になられたのです。現在、黒川課長は傷害・殺人未遂で警察に訴えを出そうとしておられます。彼はその時、本当に殺されるかと感じたそうです。」
会場全体が異様な雰囲気に包まれた。
理事長を極悪人に仕立てることを目的に創り上げられたデマ話を誰もが信じ、中には殺気立つ者さえいた。
この翌日、笠井理事長辞任要求決議文が立川キャンパス教職員有志一同・中学高校教職員有志一同として提出された。
更に一日置いて今度は東京仏教大学事務局管理職一同として理事長職辞任要請が理事長宛提出された。
この時、堂本も解任に同意するように求められたが、堂本はきっぱり断った。
堂本は先日、理事会の席上で監事が述べた意見こそが正しい判断だと確信していたことと、反対派が仕掛けてきた一連の姑息で卑怯なやり口にうんざりしていたことから、今後何が起きようともこの者たちと同じ船には乗らないと心に決めていた。
【理事長辞意表明】
平成28年4月5日。その事件は大学の入学式当日、神聖なる式場で起きた。
「理事長の祝辞などなしだ。理事長の座席も用意する必要はないぞ。堂本さん、万が一、理事長が強引に壇上に上がることがあれば、あんたの席を譲ってやってくれ。」
「別府教授、どういうことですか?理事長の席が設けられない理由は何ですか?」
「彼は理事長としての資質に欠けるし、教職員の誰しもが彼を理事長と認めていない。だから理事長として入学式に参加する資格もないんだよ。」
気が狂っているとしか思えない蛮行であったが多勢に無勢。堂本はそれ以上の抵抗はしなかった。
笠井が会場に到着し、控室に向かおうとした時であった。
大学教員の数名が笠井の前に立ちはだかった。
「ここはあなたが来るべき場所ではありません。お帰り下さい。」
別府が暴言を吐きながら、両手を大きく左右に拡げて笠井を阻んだ。
入学式会場の総合受付近隣で起きた一連の騒動は、入学式を迎える為に式場に訪れた新入生や保護者の目にも止まった。笠井が暴徒達の制止を振りほどき控室に向かった後も、式場のざわめきはしばらく収まらなかった。
笠井が控室に入ると、そこには学長の下山が待ち構えていた。
「理事長、今日は入学式への参列を辞退して下さい。あなたに用意された席はございません。」
笠井は何も言わず黙って会場を立ち去った。
笠井の姿を最後まで追っていた堂本の目に、笠井の寂しそうな顔と、頬をつたわる涙が鮮明に焼き付いた。堂本は深いため息をついた。
この事件に関わった大学の教職員達は、理事長の権利・権威を著しく踏みにじったばかりでなく、神聖なる入学式を汚し、新入学生やその父兄に不安を与えた。
この様な反逆者達が大学にのさばり、勝手放題好き放題に大学を牛耳る時代が来れば、この学校法人は恐らく数年で滅びることになる。堂本は、自分が描いていた東京仏教大学のイメージと現実のあまりにも大きなギャップに戸惑うばかりであった。
平成28年4月28日。
この日、笠井が突然、辞意を表明した。
いの一番に理事長からの一報を受けた総務課内に激震が走った。
「私は5月末日の任期満了をもって理事長を退任することにしました。ついては新理事・新評議員選任を議題とする臨時の理事会を開催しますので準備の方をよろしくお願いします。」
旧理事会が任期満了を迎え、新理事会・新評議員会を組織する際の、新理事・新評議員の名簿は、旧理事長がノミネートし、その名簿について理事会の賛否を問い、過半数の賛成で承認されるというのが当大学の寄附行為上のルールであり、過去より例外なくそのルールが踏襲されてきた。
しかし、今回の新理事名簿については、理事会が真二つに分かれて争っているだけに、これまでの様に簡単にはいかないことは明らかであった。
5月27日開催予定の定例理事会は、前年度の事業報告・決算報告を承認し文科省に報告する義務がある非常に重要な理事会であった。
そこにおいて笠井が推薦する新理事・新評議員を否決され、理事会・評議員会が紛糾・決裂するようなことがあれば大変な事態になると予測した笠井は、本理事会の前に臨時の理事会を開催し、新理事会・新評議員会だけでも可決しておいた方が無難と判断した。
こうして、理事・評議員人事のみを議案とする臨時理事会の開催日程は5月11日に決まった。
笠井は更にその理事会の前に〝理事懇談会〟を入れ、記録に残らない非公式な形で理事全員が、大学グループの為に敵味方なく腹を割って話が出来る場を設けることにした。このことを聞いた反体制派の幹部達は慌てふためいた。
急遽、主要メンバーが常務理事室に集められ緊急会議が開かれた。
「これは予定外の事態になった。まさか笠井が辞めるとは思わなかった。」
京極が深刻な面持ちで呟いた。
「京極常務、理事長が辞めるというのに何か問題でもあるのですか?」
「我々は彼を〝解任〟するか、任期満了前に〝辞任〟させなければ、何の意味もなさなくなるんだよ。」「どういうことですか?」
「彼を〝解任〟もしくは〝辞任〟させさえすれば、理事長不在時には常務理事の私が〝理事長代行〟を務めるという事が、寄附行為で認められている。私が理事長の代行をして、新理事会・新評議員会を我々の思い通りのメンバー構成で組織するというのが当初のシナリオ・目的だった。」
笠井を解任した後に、京極もしくは若山が理事長に就く。理事長選で京極が若山に敗れた場合には京極はそのまま常務理事職に留まる。京極が勝った場合には、退任する下山に代わり若山が学長に就任する。笠井に解任された神田は事務局長ポストに戻る。笠井解任の1票を投じる為だけにやって来た下山は、もともと大願成就したあかつきには〝名誉学長〟という称号を土産に1年で学長を辞め、後任には若山が念願の学長に就任する。若山が理事長に就任した場合にはもう1人の副学長である中山が学長にスライド昇格する。来年3月末で任期が来る校長の猫田は、更に3年間、校長の任期を延長して貰う。〝次の理事長は自分〟と勝手に思い込んでいた朝倉は、今回の褒美として外部理事のポストだけは残して貰うというのが、反対派のシナリオであった。
「どこで当初のシナリオが狂ったのですか?」
学長の下山が不安そうに尋ねた。
「監事が言っていたでしょう。理事過半数の8名の解任請求だけで決起するのではなく、事前に解任の前提となる理事会開催の目処をつけておくべきだったと。」
「あと2人を押さえておくべきだったという事ですか?」
「いや、私は解任請求書に判こそは押しませんでしたが、理事会には出席して、〝笠井理事長解任〟には賛成する予定でいました。だからあと〝ひとり〟。たったあとひとりで良かったんですよ。」
「朝倉理事、もうひとり、何とかならなかったのですか?」
「他の理事は皆、〝理事長解任〟という手段を嫌がって首を縦に振らなかった。時間切れだった。」
「理事会さえ開催出来ていれば確実に笠井を殺せていたものを・・・。詰めが甘かったが為に彼を生かしてしまった。」
「まだ遅くはないですよ。解任に向け教職員全員が蜂起すれば・・・。」
「本人が〝辞める〟と言っているのに、あえて〝解任〟させる方が不自然だろう。」
「それではどうすれば良いのですか?」
「こうなったら、奴が出してくる新理事会・新評議員会の案を成立させないことだ。神田事務局長が解任され、若山副学長が4月末で理事副学長職の満期を迎えられ退職された。我々は当初8名で立ち上がり、うち2名(神田・若山)を欠いてしまったが、代わりに私が加わり、反対派は現時点で7名。対して敵は6名。多数決でこちらが負けることはない。」
「ということは、こちらが反対し続ける限り、敵が新理事会を組成することは出来ないということですね?」
「その通り。新人事案をこちらの望むメンバーにしない限り、理事会の流会を繰り返せば、いずれは根負けするだろう。新理事会・新評議員会の決定が延びれば延びる程、我々は、学内外で笠井の〝経営能力のなさ〟や〝経営責任〟を問題にして報じれば良い。」
「京極常務、しかも今回の臨時理事会を開催するに当たっての常任理事会の開催がなされていませんから、そもそも、臨時理事会自体が無効なのではないですか?」
「神田君、確かに君の言うとおりだ。臨時理事会など今度は我々がボイコットしてやろうじゃないか。」
もはや〝大学の為〟ではなく〝私利私欲〟の為の〝稚拙な作戦会議〟であった。
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