不幸体質な私は、神様に赤い糸結ばされました。
水月つゆ
第1話 失恋
高校に入学してからあっという間に半年が過ぎた。
十月になったばかりの、まだ蒸し暑さが残る秋。つい最近まで、新緑の葉っぱがついていた記憶も、いつのまにか上書きされて、あたりはすっかりと様変わりしていた。
そして、茶色い葉っぱになってくしゃりと地面に落ちる。それを見てもう少しで秋が近づいているのだと実感する。
すうっ、と鼻から空気を吸うと、なんとなく秋の匂いがした。
──そんな秋晴れの放課後。
入学式で一目惚れをした相手に、ついに……ううん、やっと告白をしようと決意をした私。
緊張する足取りで好きな人がいるグラウンドへ向かった。
私の好きな人は、サッカー部に所属している。だから、毎日放課後は部活に励んでいる。
その成果もあって、一年生だというのに、すでにレギュラーを獲得している。
誰よりも一番最初に来て、誰よりも遅くまで練習をして。その姿を何度か遠くから見ていた。どこにいても彼だと分かるほどに私は、すごく好きになっていた。
「ふう……」
グラウンドの端にたどり着き、小さく呼吸を整える。
───すると、ちょうど私がいる水道付近にボールが飛んで来た。
「わ、やばいっ!」
焦った私は、水道裏に逃げると身を縮こませてしゃがみ込む。
こんなところでサッカー部の誰かに見つかったら、『誰かに用?』なんて聞かれて、口下手な私はきっと誤魔化すことなんてできないから、すぐに告白だとバレてしまうかもしれない。そうしたら、あっという間に噂が広まってしまう。好きだけれど、迷惑をかけたいわけじゃないから。
しばらくして足音が近づいて来るのが分かり、私は息を殺して身を潜めた。
「ったく、あいつどこに蹴ってるんだよー」
……あれ、この声って。
顔を見なくても、声を聞いただけですぐに分かった。
気づかれないように、そうっと水道裏から覗き込むと、やっぱりそこにいたのは私の好きな相手だった。
……私が告白をしようと思ってここに来たら、タイミング良く現れるって、これってもしかして運命だったりする?
小さく歓喜をすると同時に、見つかってしまわないかとヒヤヒヤしながら息を殺した。
人気者の彼の周りには、日中たくさんの人で溢れかえっている。そのせいで声をかけるタイミングなんかほとんどない。それに人前で声をかける勇気もない。
部活中だから、グラウンドの方にはたくさん生徒がいるけれど、彼のことを気にしている生徒は周りにはいなかった。
こんなチャンス滅多にない……!!
「……告白するなら、今だよね!」
自分に言い聞かせた。
今しかないと思った。
今度こそ、天が、神様が味方してくれていると思ったんだ。勝手にそんなことを思って、背中を押された気になった。
すーはーと呼吸を整えて、立ち上がろうと思った。
──そのときだった。
「松田くん!」
ふいに、女の子の声がする。
咄嗟に私は、またしゃがみ込み水道裏に隠れる。
見つかってしまったらとんでもないことになりそうな気がして、口を両手で覆って息の音が漏れないようにする。
けれど、鼓動の音までは抑えることができない。身体をすり抜けて外まで聞こえているんじゃないかというくらい鼓動はうるさかった。
こんなときに女の子が松田くんの名前を呼んで駆けて来るなんて誰だろう。私と同じで告白しに来た人とか? 先を越されちゃったらまずい? いやでも、焦りは禁物だし……
それ以上に二人が気になって仕方がない私は、息を殺しながら水道裏からそうっと覗いた。
「おお、夕実(ゆうみ)どうした?」
女の子を呼び捨てで呼ぶ松田くん。
その声色は、明らかに友達以上な感じがした。その上、女の子のことを呼び捨てなんて……
答えはひとつしか見当たらなかった。
え、うそでしょ、そんな……。
音が立たないように、そうっと水道裏に背を預けて、呼吸を整える。
松田くんに彼女が……
いや、でも、まだそうと決まったわけじゃないんだし。友達でも仲が良ければ呼び捨てで呼ぶ可能性だってゼロではないよ、きっと!
頭に浮かんだ嫌な考えが頭の隅をよぎったけれど、振り払うように頭をあげる。
「……もうっ、松田くん。部活中は名前で呼ぶの禁止って言ったじゃん。私、マネージャーなんだよ」
けれど、私の努力も虚しく、呆気なく二人が恋人同士であることを突きつけられてしまった。
「そうなんだけどさ、彼女がそばにいるとつい名前で呼んでしまうんだよな」
その瞬間、『ああ、またか』そんなふうにどこか他人事のように思ってしまう自分がいた。
それと同時に落胆する。
告白をする前に失恋をしてしまうのは、これで何度目だろう。私の恋は、やっぱり成就することなく見事に散ってしまった。
どうやら運は、私の味方になってくれなかったらしい。
「そりゃあ私だって嬉しいけど……」
「じゃあもうみんなに公表してもいい? …つーか早く俺の彼女だって言いたいんだけど」
水道裏に隠れて私は、一体何をしているんだろう。二人の仲睦まじい会話を聞いて、それを盗み聞きして。こんな自分が哀れに思う。
……もう、ほんとに嫌になる。
心がチクリと痛んで、体育座りをしたまま顔を俯かせる。
「もうちょっと待って。松田くん、一年生でせっかくレギュラーになれたのに、私と付き合ってるって知られたらレギュラー落とされちゃうかもしれないでしょ」
「そうだけど、でもさ…」
「私、松田くんが大事なの、すごく。だから、私の存在が邪魔にはなりたくない。だから分かって」
こんなにお互いがお互いを想い合うような言葉を、今は。今だけは聞きたくなかった。
告白しようと思った矢先、彼女である子が来てこんな会話をして。それを全て聞いてしまった。いやでも耳に入り込む。
まるで傷口に塩を塗られた気分になる。
その傷が今もなお、じくじくと痛んで血が滲んでいる。
たとえ、マネージャーである女の子が来なかったとしても私が告白したところで、あっけなく散ってしまうのは目に見えていた。
やっぱり私の恋は、ダメらしい。
……告白しなくてよかった。
そう思い込んでおかないと、おかしくなってしまいそうだった。
「おーい、松田! 中西! 今度の試合の説明するから集まってくれー」
遠くからサッカー部の男の子の声がする。
その声に「はい」二人して元気よく返事をすると、足音が二つ遠のいてゆく。
私は、水道裏からこっそり顔を覗かせると、二人の背中だけが見えた。どんどん小さくなってゆく。
松田くんの背中をじーっと見つめた。
あーあ。
私ってば、やっぱり、
「……失恋、決定だよなぁ」
力無い声が、ポツリと溢れた。
高校の入学式で一目惚れをしてから半年間ずっと、松田くんに片想いしていた。好きで好きで、これでもかというほどに気持ちは膨らんで。目が合えば嬉しくて、廊下ですれ違っただけで幸せで、声をかける勇気もなかった私は、陰からひっそりと見つめるだけだった。
けれど、それだけでもすごく幸せで、それ以上は望まなかった。べつに彼女になりたいと思ったわけでもないし、願ったわけでない。
ただ、気持ちを伝えたかった。私が松田くんのことを好きなんだと、知ってほしかった。
それが、たった今、ほんの数分の出来事で全部なくなってしまう。泡が弾けたように、パチンっと音を立てて消えた。
これでもう何度目の失恋だろう。
今思い出すだけでも二回はゆうに超えていた。
「……ほんっと私って運がない」
水道裏から立ち上がると、力無い足でフラフラと歩いた。どこへ向かおうなんか考えてもいない。
ただ、ここじゃないどこかへ消えてしまいたいと思った。
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