第23話 それでも、世界はクソだけど(1)
「まあ、そういうことだ」
「うーん。君が発情しまくっているのはよくわかったよ。でも、残念だけど、僕は恋をすれば全てが変わるって信じられるほど、まだサカってないんだな。恋愛って、生殖に至るための動物的な生々しさを
附子はにべもなく言った。
どうやらガキにはまだ早い話だったらしい。
殴るぞこら。
「お前、今の話ちゃんと聞いてたか? そういうことじゃねえんだけどなあ……。まあ、いいや。結局、お前は俺に何をして欲しい訳?」
「そうだね。要約するなら、『クソみたいな人類が自分勝手に振る舞って築き上げたクソみたいな社会が生み出したゴミの中にも存在意義がある』って僕に証明して欲しいってことになるかな。そしたら、僕も世界も、一ジンバブエドルくらいの価値はあるって認められそうだから」
「それは、例えば、ピカソの絵とかじゃだめなんだろうな?」
「『才能に恵まれた天才』の産物を僕は求めていないんだよ。『持たざる者』の何かを欲してる」
「へいへーい。じゃあ、早速依頼を遂行するとしますか」
かなりめんどくさいタイプの依頼だが、茜の命がかかっている以上、否はない。
俺は立ち上がり、尻の砂を叩いて払った。
バックパックを背負う。
短めの午睡から目覚めた茜が、まだ眠そうに俺の腕に体重を預けてくる。
「すごいあっさり言うね。僕はここ数年、広大なネットの海を、表層からダークウェブまで色々探しているけど全く見つからなかったのに」
附子が驚いたように目を見開いた。
怒りに満ちている赤い珊瑚の一部が、興味を示す黄色に変わる。
ネットじゃだめだな。
ネットは自分が欲しい情報しか手に入らない。
こういうのは、現実の偶然性の中にある。
「ま、それが『魂狩り屋』の仕事だし?」
昔の俺ならタルすぎて断っていた依頼だが、茜風の物の味方を身に着けた俺なら、多分できる。
できなくてもやる。
「じゃあ、お手並み拝見といこうかな。経費がかかるなら、僕が出すから、遠慮なく言ってよ」
「そんなに金はいらねーよ。お前の言うようなものは、そこらへんに転がっている。とりあえず、散歩な。歩こうぜ」
俺は茜に靴を履かせ、手をつなぎながら、砂丘を後にする。
「本当に大丈夫かなあ……」
附子が疑わしげな視線を遠慮なく俺たちにぶつけながら呟いた。
「おっ、早速、いいのがいるじゃん」
俺は交差点での信号待ちの時、ぽつりと呟いた。
「なに? どれ?」
「あの閉まった店のシャッター」
乾物屋か、商店か、かつての営為の残滓を、人差し指を示す。
「あれに何を思えっていうの?」
「ほら、錆び方がいい感じじゃん。お前、なんか廃墟とか好きそうだし」
「それ、すごく僕を馬鹿にした発言だよね。で、日本の経済政策と空き家政策の無能さを露呈した建築物のどこに素晴らしさを感じればいいのさ」
「ダメか? じゃあ、もうちょっと歩くか」
俺は散歩を続けた。
「じゃあ、あれは? 誰かがポイ捨てしたパンに群がる蟻の列。クズ人間のクズ行為と自然のコラボだ」
「虫ってキモいから嫌いなんだよね」
「んじゃあ、あそこの公園のトイレに――あったあった。トイレの壁の下品な落書きたち。いやあ。欲望の丸出しの呟きに、私怨の電話番号晒し、そして、言葉にするのがはばかられる性器の具象画。いやあ、芸術ですね」
「現代アートって、僕あんまり分からないなー」
「お前、それ現代アートの人に失礼だろ」
「そう思うならダメ元で言うのやめなよ」
それからさらにいくつかの答えを提示してやったが、附子はあれこれ難癖をつけて否定してくる。
しゃあねえな。
言質取って詰めるか。
「なあ、附子。お前、自然は美しいと思えるんだよな?」
「僕も心がない訳じゃないからね。動物の赤ちゃんを見ればかわいいと思うし、虹を見れば美しいと思うよ」
「んじゃ。虹を見に行くか」
俺は道の端に寄って、スマホを取り出す。
検索ワードは、『自動車』、『修理』。
ああ、おせえ。
もう今月の容量制限に引っかかってるのか。
「クソみたいな端末だね。回線も遅そう」
悪かったな。
フリーSIMに、節約のための格安MVNOで。
「じゃあ、お前が調べてくれよ。自動車か、バイクの修理業者。もしくは、ちょっとした町工場とか」
「いいよ」
附子がポケットからスマホを取り出して爆速で操作する。
なんか、ロードのスピードが全然違う。
「早いな」
「ポケットWiFiだよ。外でネット環境使いたいなら常識でしょ」
常識か? ともかく、このガキ、いいもん持ってやがる。
「で、結果は?」
「近くに、中古車販売と修理とか車検とかやってる工場があるみたいだよ。車で20分くらい」
「おっし。じゃあ、気合入れて歩くか!」
「やだよ。疲れるもん。もうタクシー手配したから、水分補給でもして待とう」
自動販売機付近で一休み。
附子はミネラルウォーター。
俺は、見慣れない炭酸系のジュースにチャレンジし、見事爆死した。
俺の真似をして、茜もえげつない蛍光色のパッケージに突っ込んだが、おいしそうに飲んでいた。
試しに交換してもらったが、俺は一瞬、吹き出しそうになるのをぐっと堪えた。
茜の中に「まずい」という感情はないのだと、つい忘れてしまう。
ジュースを飲み終わる頃には、タクシーがやってきて、俺たちはそれに乗り込んだ。
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