第22話 回想 世界は彼女の手の中に(3)
「どう? 純。いいのあった?」
「ああ。これだ」
「おー! ピンクのシーグラス。すごい、レア物ですなあ!」
茜が拍手で俺を称える。
「それで、茜は?」
「私は、強いて言えば、この十字架の模様をした石が一番かなあ。なんかオシャレじゃない?」
「オシャレかは知らんが、確かに珍しい」
茜が見せつけてきたのは、五百円玉を一回り小さくしたサイズの小石だった。
平たく、楕円形の形をしている。
基本的には鼠色で、茜の言う通り、誰かが細工したのではないかと思うほどの見事な十字架が、白い石英の筋で描かれている。
「だよね!」
「――で、これがどうしたんだ?」
「うん。ぶっちゃけ、これゴミだよね?」
「……いや、そうだけど。お前がそれ言っちゃダメじゃない?」
「はい。――ここで、またまた突然ですが、オークションタイムです。私は純のシーグラスがどうしても欲しいので金に糸目はつけない所存です」
「それ、俺に出品するかしないか選ぶ権利はないのか?」
「えっ。純! まさか、シーグラスを後生大事に宝箱にしまっておきたいの? 幼稚園児みたいでかわいいー」
茜が小馬鹿にしたように口を手の平で覆う。
「クソが! こんなもんタダでくれてやる」
「はい! ピンク色のシーグラスは、百億兆茜円で落札されました。史上最高の落札価格です。おめでとう! 純」
茜は俺の言葉を強引に無視してオークションを終え、俺の手からシーグラスを奪う。
「子どもか。つーか、茜円ってなんだよ。うさんくせえ」
「茜国が発行する通貨だよ。脳内で取引できるよ。あっ、ちなみに、この世界には茜国と純国の二カ国しかありません。世界人口は二人です」
茜は真顔で言った。
「とんだディストピアだな」
「うん。それで、今、純のシーグラスを法外な値段で買ってしまったので、茜国の財政は負債まみれで破綻してしまいました」
「暴政にもほどがある」
「そこで、茜国は負債を返すために、残った現物資産である、十字架の模様をした石を売りに出すことにしました。でも、買い手は純国しかいないので、買い叩かれて、1純ドルにしかなりませんでした。貧乏に耐えかねて、せっかく手に入れたシーグラスも泣く泣く手放しました。これも1純ドルにしかなりませんでした。――ということで、はいこれ」
茜はそう言って、十字架の模様の石とシーグラスの二つを、俺に差し出してくる。
「俺、最低だな。つーか、いらねえ」
俺は首と両手を横に振って、拒絶の意思を示す。
「まだ値切るの? 商売上手だね。じゃあ、タダで二つともあげます! もっとけドロボー!」
「ああ、もうわかった。受け取った!」
茜が俺の両手に、グイグイと二つの宝物を押し付けてくる。
俺は仕方なく、それらを握りしめた。
「はい! これで、今、純は世界で一番のお金持ちだよ。幸せでしょ?」
茜はそう言って、腰の後ろで両手を組んだ。
姿勢を低くして、ニヤニヤしながら俺を見上げてくる。
「通貨は信用で価値が決まるんだぞ? 俺は純国の純ドルを全く信用してない。純ドルと茜円の為替レートがいくらかしらないが、ゼロ円と交換できるものはやっぱりゼロ円だ」
「そうだね。じゃあ、純にとって、本当に茜円は無価値かな? だったら、そのシーグラスも十字架の模様をした石も、やっぱりタダのゴミだね。そうなれば、私の負け。その二つも、捨てちゃっていいよ」
茜の言ってることは、詭弁も詭弁だ。
筋が通っているようで全く通ってない。
だから、俺にはゴミだと言い切る権利がある。
手にした二つの宝物を、海に投げ込んでしまえばいい。
でも、俺はそうしたくなかった。
二人で見つけた思い出を、ゼロ円にすることは許せなかった。
俺がゼロ円でも、茜がゼロ円であることは認められなかった。
こういう感情になるということは、つまりそういうことなんだろう。
「……わかった。降参だ」
俺は肩をすくめて、シーグラスと石をポケットにしまう。
茜円に価値があるなら、それと
茜国はゴミも宝物に見えてしまうような頭お花畑国家だ。ならば、その茜国と国交のある純国にも、やはり、少しは――本当に認めたくないが、指折り数える程度には、世界に対して楽観的な所があるのだろう。
全く価値観が共有できないのならば、国交というものは成立しないのだから。
つまり、俺の中に、あのシーグラスと十字架の模様がついた石を宝物だと思えるような心が残っているなら、やはり、世界は素晴らしいと、そういうことになってしまう。
これは人生と心の粉飾決算だ。
1円にもならないゴミを過大な資産として計上する、ゴリゴリの不正だ。
欺瞞であり、脱税であり、決して公平はでない。
だけど、その価値観の不平等な配分が、きっと生きるということなのだろう。
「やったあ! 私の勝ち!」
茜が、今まで見たこともないような最高の笑顔で白い歯をこぼす。
スカートの中身が見えるのではないかと思うほどの全力のジャンプで、砂浜がへこんだ。
「くそっ。卑怯な」
俺は頭を抱えた。
「でも、幸せでしょ?」
茜が手をギュッと握ってくる。
温かい。
つまり、その温もりが、二つの宝物の価値だ。
「……ああ」
俺は頷く。
結局、俺の心の価値観は根底からは破壊されなかった。
クソな世界という壁はやはり、目の前に厳然と存在していて、俺をぐるりと取り囲んでいる。
だけど、その壁と対峙する俺は、向きを変えることを覚えたのだ。
じっと壁を見つめているのではなく、横を向き、上を向き、時にはその前で昼寝をかまして、暇をつぶして、受け流す。そうすると、壁の内側が意外に広かったことに、段々と気が付くようになる。
そのことを教えてくれたのが、紛れもない茜だった。
単純に、こんなぶっ飛んだ論法で絶望を吹き飛ばす茜に、もっと興味が湧いた。
さらに彼女の深い部分に踏み込みたいと思った。
茜の言う通り、そのためには、クラスメートや知人という関係性では到底足りず、親友という存在だとしても、なお不十分に感じた。
だから、俺たちは恋人になったのだ。
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