第36話

     六十


「電素の精製は、進んでいますか」

 高橋は、回りくどく話すつもりでいた。

「磁素が必要になったのですか」

 岡村は、ズバリ言った。過去にうさぎがやって来て、進展を補足されたことがある。思い込みが原因であったが、修正の促し方が目新しくて、意欲が下がることが無かった。

「なんちゃって科学者ですから」と、おちゃらけることで、傲慢に感じない。年の功ですから、と謙遜するあたりが、身近に感じられた。

 本人が現れない淋しさを、咎めるつもりはない。自身ができることの範疇と、岡村は思い定めていた。


「裏社会で暗躍する組織が、次の一手を講じたと思う事件が発生しました」

「ターゲットを変えた。ということですか」

「そうなりますね」

「何故でしょうか」

「一番という自尊心を打ちのめされたのでしょうね」

「一番ですか」

「世界で一番賢い民族という自尊心が、メッキ仕様と暴露されたからでしょうね」

「歌舞伎町での諜報員が関係しているのですか」

「恐らく二重スパイだったのでしょうね」

「打つべき手段はあるのですか」

「伊集院さんの見立てでは、誰かの命で米国の本気を殺ぐつもり。だそうです」

「そのご当人は」

「磁素に拘っています」

「何故、今なんですか」

「ビッグバンを止められる元素だと、以前に話されています」

「どういうことですか」

「混沌に陥った状況を嘆いた感性様が、唯一としたものが磁素らしいです」

「宇宙の爆発を磁素で抑え込めるのですか」

「反発力で身動きを取れなくする。『ヒントは全て過去にある』私たち二期のメンバーが、教えて頂いた言葉なのです」

「そういえば、『始まりを疎かにしないで下さい』と言われた記憶があります」

「余談ですが、UFOが向きを変える原理、と仰ったことがありました」

「想いが創り出した元素かも知れませんね」

「元素の総てが、想いから創られた。その信念を貫き通しています」

 二人が想像を重ねる先に、創世の母が霞んでいた。発するものが背光で、暖かさに包まれているように感じられる。自然に溢れる笑顔が紡がれていた。


「私はこれでおいとまさせて頂きますが、磁素の発見も宜しくお願い致します」

「判りました。赤瞳さんに電素の精製時に、妖しいものを見つけたと、お伝え下さい」

「妖しいもの、ですか」

「触手に絡みついていた、とお伝え頂けば、いても立っても居られないはずですからね」

「質量比が、水素レベルということですね」

「その通りです」

 二人の含み笑いが、部屋中の空気をふるわせていた。



    六十一


 全員が揃うのを、今か今かと待っていた。


「皆、集合だよ」

 伊集院が腕時計を見ながら発した。

 それぞれがてんでに集まって来る。

 高橋がそこに現れて、全員が揃った。


「誰からにする」

 伊集院に応える為に、一同が顔を見合わせた。

「斉藤まるさんの期待を裏切る型ですが、本件は間違いなく元素殺人事件です」

 石が口火を切った。

「施設関係者は風評被害で、心身共にズタボロになっています」

「外資系ジェネリック医薬品会社が疑わしいわよ。一応、目星はつけたわ」

 それぞれの報告が告げられた。


「石ちゃんたち一期生は知ってると思うけど、テロリストは『北の民族』なんだよ」

「世界一、頭の良い民族と言われる、北欧神話の末裔のことですよね」

「知ってたの、高橋さん」

「現実には、旧ソビエト連邦の残党が中心の地下組織なんだ」

「手に負えない、頭脳集団さ」

「主に、革命家のなれの果てです」

「肩書きが政治家だから、一筋縄に治まらない過激派だよ」

「だからなんだって言うのっ」

「命の遣り取りが生業の輩らしいです」

 斉藤まるは言うと、テーブルの上に数枚の写真を散りばめた。


「あっ、コイツが居たよ。ねぇ、小野ちゃん」

「いたいたっ」

「ロレンツィオ・ジュガシビリ。というグルジアの政治家家系です」

「英語表記は、スターリンだよ」

 うさぎが一枚を指さして、

「彼が、メンシェビキを率いて社会主義国家を創り出したレーニンの子孫です」

「ブラジミール・レーニンで、ジュガシビリとのツートップなのさ」

「要するに地下組織は、革命家気取りの過激派グループ。ってことでしょっ」

「狙いはなんでしょうか」

「世界屈指の防衛費を持つ自衛隊の乗っ取り。なんてのはどうだい」

「あり得るわね」

「日本の科学力も捨てがたいですよ」

「そうなると、政治家の入れ換え。なんてのはどう」

「泥棒集団、ってことですね」

「だから国内に、米国基地があるのでは」

「何でもありの風潮が、どう転ぶか? ってことなの」

「その為に、私たちが居るのです」

「ひとつだけ確かなことは、日本人は絶滅危惧種になっている、ということです」

「掠め取るつもりなのかな」

「可能性の問題なんでしょっ」

「倭の國の誉れを護る闘いになります」

 斉藤まるの思い込みが激しさを増長させる。

「怖いと思うなら、参加し無くても良いよ」

「犠牲者ゼロを目指しますが、イレギュラーは憑きものですからね」

「私は覚悟を決めています」

「いや、覚悟は必要無いんだ」

 中里は、きっぱりと言い切った。

「最後の最期は、自分の命をすくって下さい」

「どういうこと」

「日本国内ですから、死亡者ゼロは当たり前。ってことですよね」

「歌舞伎町のように、テロリストも掬うつもりなの」

「私が忌み嫌うものは、人を駒のように扱う輩です」

「それが役割分担でもですか」

「そこに責任がつくのさ」

 伊集院は言うと、中里を指差した。

 中里は瓢箪から駒を出した面持ちになる。

 うさぎがそれを見て、

「しないで良い闘いに、正義は存在しません」と、嗜めた。

 肝を据えた女性たちはそれで、肩の力が抜けていく。笑顔を零すことで、力と入れ替わりに、闘志が湧き出していた。

「僕たちにとっての聖戦ですね」

「それは違うよ、まるちゃん」

「当たり前にしない為に、行動を起こすのさ」

「だから、誰も死んじゃいけないのかぁ」

「そういうことさ」

 中里が、『責任』の意味を噛み締めていた。



「私は、メンバー構成を調べてきます」

 石が突然起ちあがった。

「私も行くわ」

 斉藤が続いて起ちあがる。

「遥さんの意趣返しだもんねっ」

 小野も間髪を入れずに続いた。

「くれぐれも、気付かれないように立ち回って下さい」

「僕の代わりに行ってくれるかな、まるちゃん」

「了解です」

 斉藤まるが起ちあがると、四名の決意が重なって見えていた。



    六十二


「私は、ジュガシビリを見たような気がするのよねっ」

 人気ひとけの無い場所で、小野が呟いた。

「虫さんの仕業かな」

 斉藤は言うと、体内からの神通力で蹌踉よろめいた。

『理性、出て来なさい』

 次妹に呼ばれ、石も蹌踉めいた。

『何用ですか、お母様』

 小野が蹌踉めくなり、

『死角から襲われたから、ジュガシビリを確認できるはず無いわよ』

たような言いぐさね、三妹』

『遠巻きだけど、女神あね様と見てましたからねぇ』

『確かに視たのね』

『視たわよ』

『理性の失態を矯正する為に、女神あね様が、遥を犠牲にした訳ね』

『赤瞳を導く為の試練、だと思うけど』

 次妹の後悔を、三妹がたしなめた。

『どちらにしても、私の不甲斐なさが招いた結果です。それは反省しているわ』

『なら善しとしましょう。その変わりに、石を無駄死にさせないでよね』

『私よりも、三妹様に注意した方が宜しいのでは』

『三妹は、殺しても死なないわ』

『一応、神ですからね』

 三妹が理性に向かってちゃらけて魅せた。

『私が言ってるのは、小野を失うことです』

『見習いのクセに』

 三妹は言うと、体内に戻っていった。

 斉藤まるの内に宿る六弟は、出る幕を失っていた。


 

 

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