第20話

     三十一


 それぞれが、責任の呵責に向き合っていた。


「新しい元素を見つけてしまいました」

「また、ですか」

 石が始めて、うさぎを袖にした。

 うさぎは気力を無くし、寡黙に為らざるを得ない。


 中里がウキウキして部屋に入って来た。

「皆聴いてくれ。神奈川県警の要請で追加の補充が急遽決まった。入って来て良いよ」

 一同には見覚えのある人物が、帽子を目深に被り軍人のように入って来た。

「斉藤マルコス文昭、本日付けで特殊任務捜査室に配属に為りました。宜しくお願い致します」

「マルちゃん、堅苦しい挨拶は良いよ」

「了解致しました」

「なんで制服なのぉ」

「制服が正装ですから」

「斉藤さん、同姓のよしみで教育係を恃むね」

「最初の任務は、自分の机と椅子を倉庫から運ぶことだよ、まるちゃん」

「有難うございます、伊集院先輩」

「此処では、伊集院で良いんだよ、まるちゃんっ」

「有難うございます、小野様」

「だから、さんで良いんだって! 追いておいで」

「はい、御指導宜しくお願い致します。斉藤

「純子さんの方が良いわね、マルコスさんの場合」

 石は書類(前回の領収書)を経理に提出するために、一緒に出て行った。


 うさぎはその隙をついて部屋から出た。


 何気なく眺めていた伊集院は、高橋を呼び寄せて、うさぎの後を追わせる。

 斉藤マルコスが机と椅子を設置した。挙動不審に映る佇まいを看かねた伊集院は、うさぎの後を追う高橋の護衛を、次なる任務とばかりに宛がった。


 山の如く積み上がった書類に判を押して、中里に廻すことが、今するべきことである。

 真面目が取り柄の高橋が呼ばれたのは、今するべきことが特にないからである。斉藤マルコスに至っては、配属した許りで、特にすることがないからである。


 日本に限らず、書類が作成され続けている。責任逃れの為か、押し付けの為か、文化を記述したものですら偽造されている。ものを残すと、酸化して朽ち果てる。書類を朽ち果てさす為には、燃やすことと理解出来た。


 リサイクルの観点は、リスタートを課せられる御霊の視点だろう。運命に抗うことが何を意味するのか。理解できるのが人間だから、循環の流れを任されている。

 感性の期待が、人に托される理由である。


 うさぎが向かう場所は決まっていた。

 高橋と、配属された許りの斉藤マルコスに、その認識をさせる為も含めて尾行させている。小嶋に至っては、生存の期待が生まれた時に、小野に連れられて行ったことがある。

 斉藤マルコスが仕入れた情報に浮き足立った面々が、変わりのない日常に、気も漫ろに陥っている。



 うさぎが何時もの場所に着き、尾行の理由を妄想していた。珍しく、タバコを咥えたまま、流れを感じている。熟考するときでさえ、咥えることはない。


 黄昏を感じる年に達していた。理解するべく終焉が、わる足掻あがきに感じられる。それならいっその事と考えた。


「隠れてないで、気晴らししませんか」

 うさぎの周り(店)に、一般人は居なかった。

 高橋にとっては、始めての店である。

 無人の店内と知っていたならば、ブレーメン商店街から監視するはずだろう。運命の悪戯には舌を巻くしかなかった。

 尾行のプロの斉藤マルコスでさえ、うさぎと高橋しか居ないとは、思いも寄らない。うさぎの声掛けで、冷やした肝を和ませていた。


「この場所から、総てが始まりました」

「事件の総てでしょうか」

「夢で見たものを、この場所で屯す方々の言葉から、導き出しました」

「夢って、寝て観るものですよね」

「まるちゃんの夢がそうだとしても、赤瞳さんの言う夢は電磁波のものになりますよ」

「電磁波ですか」

「神様からの御告げ、正確には、感性母さんの想いです」

「想いだから、解読できるのでしょうか」

「柵みと悪循環、欲に支配された世知辛い世の中。人が心を無くした理由はそれぞれにあります」

「心が大事な理由は、人と感性様を繋ぐものだからでしょうか」

「赤い糸が繫がるものが感性母さんなんですよ」

「赤い糸って、運命のものですよね」

「伴侶にしても、チャンスにしても、感性様が結び合わすのでしょうか」

「結び目のないものが、阿弥陀籤です」

「偽物、ということでしょうか」

「ブラックホールで管轄されるものは、フィラメルトシートです。形状を繊維の網と訳しますからね」

「繊維? なのですか」

「宇宙の繊維は、主素のことです。地球で云うならば、量子ということになりますね」

「それが、米国の履き違えの理由だったのですか」

「理解出来るのは、科学者だけでしょうね」

「自分は理解出来ませんが、勉強します。お手を患わせますが、御指導願います」

「クスッ」

 高橋がほくそ笑んでから続ける。

「斉藤まるさんは、気持ちで挑戦するタイプのようですね」

「自分は甲斐性無しですので、有言して自分を追い込みます」

「理由が無いと、実行出来ませんか」

「命令して戴ければ、行動に反映させます」

「意気込まないで下さい」

「中里さんの思惑が、理解出来ました」

「わたくしは、伊集院さんに命じられました」

「境界線を併せなさい。ということでしょうね」

「境界線ですか」

「自分にも判るように、話して戴けないでしょうか」

「ありのままの自分が一番です」

「わたくしは石さんに、わだかまりを残すと、自分が無くなりますよ。と言われました」

「私は、個性を尊重します、からね」

「個性を尊重して、感性を育むのでしょうか」

「その通りです」

「所詮、人でしかないですものね」

「努力の継続で、然れど人に変わります」

「何となくですが、方向性が見えてきました」

「伝承・承認・承諾・承知、人であることを知って下さい」

「過去から現在までで良いのでしょうか」

「いえ、生まれた理由を承知することから始めましょう」

「一緒に学ぼう? というのですか」

「記憶が色褪せるならば、より多くのキャンパスに撒き散らかし、ませんか」

「そうですよね」

 高橋の瞳が煌めいていた。絆される空気が斉藤マルコスにも伝播して、無意味なオーラを纏っていた。



    三十二


「伊集院さんに、連絡を入れて下さい」

 うさぎが高橋にお願いした。

「報告ではないのですか」

「境界線を合わすために、直帰するとです」

「アフターファイブを誘っているのですか」

「私の知識の元は、図書館ですからね」

「自分、石さんとのデートと勘違いしていましたが、図書館に行きました」

「石ちゃんと図書館ですか」

「赤瞳さんの情報を仕入れる為でした」

「自分、赤瞳さんの生存を調査しました」

「高橋さんも、居たんですか」

「はい。石さんの記憶を便りに、専門書を閲覧しました」

「そうだったんですか」

 言ったうさぎがほくそ笑んでいる。

「赤瞳さんの口から聴きたいです」


 うさぎは少し考えて、想いを語り始めた。


 何も無い退屈な時間は、試されているのだろう。手段を摸索することは、動物の本能である。

 獣の多くは、胎内で記憶を伝播されて、目も開かない状態で生み出される。せいの産声を挙げる人間は、声を発することで、存在を示すのである。

 宛がわれるから乳を飲むのではなく、本能が必要なものを捜す為である。

 狼に育てられた人間も居れば、象に育てられた虎も居る。DNAが親子を識別する現在は、産みの親と育ての親を分け隔ててしまった。


 概念・観念が打ち出す背景は、支配する為に辿り着いた答えでしかない。

 世の中にものが溢れた背景は、賢者の志の結果なのである。

 兵器に引用して志を踏み躙り、支配の為に心を蹂躙し続けている。

 格差と呼ばれるしきいは、下らない自尊心でしかない。人に区別をつける慣習は、何時の時代にも存在した。

 支配を選択した理由は、超常現象であった。神々の存在を打ち出すことで、歯車に仕立て上げれた。

 輩と呼ぶに相応ふさわしいその者たちの魂も冥界で、今この時でさえ焼き続けられている。


 人が人を知れば、協調が容易たやすくなる。協調すれば、調和も生まれてくる。

 個人差のある集中力も調和で円満にたどり着く。ひとりで生きるよりも、集団で行動する方が、精神的・肉体的の両面で利に叶うのである。

 心を無くした今現在は、個性の主張で利を失っているのだ。

 自由の本文は、個性によって捻じ曲げられてしまった。

 夢は姿を変え、伝わることを放棄した。捨てることは簡単だが、絶滅危惧種という代償は、余りにも大きすぎた。

 根を張る志もなく、悪循環に狂喜する者たちは、自らを輩に投じてしまったのだった。


 うさぎの想いの丈は、両者だけでなく、後から訪れた者たちの胸に染みていた。

 


 

 


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