第14話

     二十五


 何はともあれ、精密検査を受けることになった。悪さをした訳でもないこちらが、こそこそ逃げ回る必要はないのである。


 古い友人が、それなりの備えをしてくれた。心強い仲間たちに護られている。柵みに爪弾つまはじきにされたとしても、世の中の仕組みに従えば、こちら側に非は生まれない。


 うさぎは三人を見つめて、

鬼神力おにがみのちからというよりも、夜叉神力やしゃがみのちからの方が型に嵌まる』と考えていた。三者三様でも、連係すれば強者つわものである。

 神々には申し訳ないが、志の高さは夜叉にひけを取らない。犠牲的な念いは、神々にはないからである。

 うさぎの悟りで操れたなら、手のひらの上で躍リ出すだろう。敬うことは、うさぎの取り柄のひとつでもあった。

 

 今生は、『押すは男性の手段であり、育てるは女性の優しさに勝るものは無い』が、うさぎの持論である。

『天上天下に捕らわれず、生業に心を込めることに務めなさい』

 うさぎが感性から授かったものは、人に見えないが見える千里眼である。

 特技でありながら、特異体質としか捉えていなかった。見えないものが見えることは、それはそれで、恐怖を抱いたり、苦労を要するのである。


 精密検査の結果が出た。

 数値で診れば一般人の平均値でしかなかった。それもそのはずで、千里眼とお告げの解読(電磁波の具現化)を測定する検査は、地球上にはまだない。検査できたとしても、しらを切ればまかり通るのである。


 犠牲者を出さないことを考えて、週末の退院を決めた。夜叉神力を育てる三人が、護衛を兼ねて同居すると言い出した。斉藤と小野を訪った日の、三つの出来事を話してしまっていたからだ。事故の前日にも空き巣に入られている。最早、イレギュラーの範疇を超えていると判断できた。


 三人の意思は硬く、うさぎが説き伏せても聴く耳を持たない。しかし、中里と伊集院には、同居のことを内密にして欲しい、と言われた。嘘のつけないうさぎが、伊集院にだけ、こっそり漏らして終っていた。


 病院の正面玄関から堂々と出て、待たせているタクシーに乗り込んだ。うさぎが助手席で、女性たちが後部座席である。

 石はうさぎを心配して、後部座席の真ん中に陣取った。小野は手が早い? ので、運転席の後ろに座らされた。斉藤はうさぎの後ろだったが、外に注意を払っている。


「八丁畷駅へお願いします」

 うさぎが運転手に告げた。

 タクシーの運転手は、「はい」と答えただけで、勝手に尻手黒川道路を選択した。それで、忌まわしい過去に触れることになる。


 南加瀬の交差点にさしかかり、うさぎが後ろを向いた。

「あの道路脇の花は、真由美の為に供えられたものです」道路脇に供えられた花は枯れ果てていた。念いがそれだけ、色褪せていることだった。

「真由美さんは、この場所で事故に遭ったのですか」と言った石が、手を合わせ黙祷もくとうを贈った。斉藤と小野も、かたくな(ぎこちなく)に倣っていた。


 駅前に着いたが、ロータリーが無く、道路に降りた。女性たちの訝しい表情が、説明を仰いでいる。

 うさぎは北を指差した。

「○○警察署は線路脇の道の先にあります」

 女性たちは、それで理解する。

 高架の線路の反対側に、うさぎの住む部屋がある。警察署の移転前は、国道15号線沿いにあった。運命の歯車は、えにしに委ねられているのだろう。引き寄せ合うことで柵みだと気付く。


 石と斉藤は、身の丈にあったバッグだったが、小野は大きなバッグに振り回されていた。病院のロッカーに入っていた全てを持ってきたから、と言い訳だけは欠かさない。


 うさぎが近付き、小野のバッグを取り上げた。今にも口を尖らせ、ブータレそうだったからである。満面の笑みを診せ、

「ありがとう、赤瞳さん。・・・」

 続きは、斉藤の夜叉神力に押さえつけられていた。


 うさぎが立ち止まり、石と斉藤の荷物を取り上げた。

「部屋に置いてきます。ここで待っていて下さい」

 女性たちは唖然としながらも、

「私は五分と見たよぉ」

「ならあたしは、三分にするわ」

「一分の少し上に賭けます」

「石ちゃんが参加するのは初めてなんじゃない」

「スタート」

 石が時計を視ながら言った。

 うさぎが階段を上り始める。

「それはそうと、賭けは何にするの」

「今日一日の、独占権にしませんか」

「乗ったよ」

「何階なのかなぁ」

 小野が上を見上げていた。

「ガイドの時に聴いたのは、三階でした」

「・・・」X2

 うさぎが一段飛びで駈け上がっている。

「バタン!」

 扉が締まる音が響く。

 踊り場に見えるうさぎが、登りよりも速い。二段飛びで下っている。

「来ます」

 うさぎが足摺の階段を飛び、フィニッシュを決めた。

「一分三秒」

「病み上がりですから、切れませんでした」

 うさぎは息を切らしながら言った。

「ずる? だよね」

「知ってたの? 石ちゃん」

「天童は、民宿でしたから」

「不成立!? だ~っ」

「今日一日だけは、羽目を外しましょう」

 石は言って、うさぎの腕に縋り付いた。


 小野はブータレながら、石の反対側に回り込もうとする。

 斉藤が、小野の首根っこをつかみ、それを阻む。付かず離れずに二列目をキープしながら、左右を入れ替わっていた。


「私の行動範囲はほぼ、この一本道でことが足ります」

「道一本だけを行き来しているんですか」

「正確には、道なりを進みます」

「今、右折したじゃんっ」

「私有地の通行はしません」

「何故でしょうか」

いさかい(言い争い)を無くすためです」

「あたしの考え方だと、市道と私道が曖昧なんですが」

「自己所有物に侵入されて、怒り出す方は多いですからね」

「境界線って色々あるもんねぇ」

「本筋と枝道と考えるのですか」

「善悪と考えると、侵入して良いものかが解ります」

「国道を歩いていても、目的地に辿り着けるものなんですか」

「急がば回れ、という格言なんでしょうか」

「それも手段のひとつ、ということです」

 言ったうさぎが、指差して、

「あの喫煙所で、拉致されました」と言った。

 向きを北に開き、話しを続けた。

「日航ホテルの北側に、東公園があります」

「目覚めたのは、長いす? だったんですか」

「地べたでした」

「優しさのない奴等ですね」

「お金で動く輩ですからね」

「赤瞳さんは、お金持ちに憧れないのぉ」

「お金のない時代に人が求めたものが、心だった、と想いたいですからね」

「違う種類の動物を育てるですか」

「言葉を話せなくても、意志が伝わるのですか」

「拈華微笑という四字熟語を聴いたことはないですか」

「意思の疎通のことかなぁ」

「神々が使うと、神通力と言うやつだよね」

「心を持っていないと、使えません」

「そうなるど、現代人には使えませんね」

「心を無くした方は、夢を見ることができません」

「空想はできるんじゃないのかなぁ」

「欲で観るものは、夢ではない、というのですか?」

「夢の本質は、欲に左右されませんよ」

 と言ったうさぎが立ち止まった。

「明日の朝イチで、このビルにある図書館に来ましょうね」

「何をするんですか」

「調べものがあるんじゃないかなぁ」

「私と一緒に学びませんか」

「私はご一緒します」

「あたしは護衛する」

「私は、赤瞳さんの隣に座れるなら追いて行くよぉ」


「お腹が空きましたね」

 石が腕時計を見た。正午前だが、近い。

「ランチにしますか」

「お互いに腹を割る為に、お寿司はどうですか」

「私は、カウンター席のあるお店が良いなぁ」

「私は好き嫌いがないので、何処でも構いません」

「あたしも同じです」

 ビルの一階部分を通り抜けて、京急川崎駅に向いた。信号を越えると、グルメ寿司という看板が目についた。

 うさぎは無造作に、その店に入る。U字型のカウンター席だけの回転寿司であった。


「寿司は庶民的な食べものから始まりました」

「屋台という話しは、聴いたことがあります」

「切り身の切れ端という説ですか」

「祖母から、そう聴きました」

「だから、時価なのかぁ」

「それは、違う意味なんじゃない」

「始まりが明確で無いものほど、蔓延が速いですよね」

「悪の蔓延が速い理由ですか」

「想いが込められないものは、蔓延が速いのです」

「想いと思い、どう違うのぉ」

「それこそが、日本人の気質と、私は分析しました」

「気質、ですか」

「神の国と言われている理由です」

「それって、寄せ集めに聴こえるんだけれど」

「私が綴った物語では、流浪の民と括っています」

「流浪の民ですか」

「流浪って」

「文字通り、流れ者になります」

「何で流れ者になったのかな」

「私は希望を込めていますが、自由を求めた結果でしょう」

「はみ出し者なのかぁ」

「それを言うなら、開拓者の方が、聴こえが良いよ」

「私は、そんな日本が嫌いですし、日本人に生まれたことを、悔やみ続けています」

じょうもろく、なさけに厚いと言われていますけれど」

「言うは易く、行うは難し、の実行が苦手な民族だからです」

「如何して、そうなるのぉ」

「東日本大震災は、五年以上も前から、言い続けました」

「中里さんの功績に、飽き足らないのですか」

「犠牲者ゼロであれば、納得出来ました」

「お他人様に命令できないでしょう」

「先ほど言われた、備えが足りなかった、というのですね」

「人が死ぬ光景を見ても平気な人に、心を無くした方が多いのです」

「何で無くしちゃったのかなぁ」

「家畜や魚を捌くことが原因かも知れません」

「それがペットなら、と考えられ無いのかな」

「情を言い訳にしている節もありますよね?」

「人になる前は、餌となり生きていたことを忘れてしまいました」

「弱肉強食は、今生の仕来りみたいなものだもんね」

「総てにおいて、傲慢がまかり通っています」

「謙虚さを持ち合わせた方もいます」

「本当の謙虚さは、多分ですが存在しません」

「如何して」

「生きることを諦めないと、そこに辿り着け無いからです」

「赤瞳さんも、そうなのですか」

たがい無いです」

 それぞれが、想いに刻み付けていた。


 銀柳街を散策しながら、買い物をして帰宅した。

 石は、女性の嗜みと言い、うさぎをベランダに追いやった。

 小野が灰皿を持って来て、掃除をする、と告げる。部屋うちから『ガァ~』と音がするのと同時に、カーテンが引かれた。


 小一時間後


「あっひとさ~ん。もう良いよぉ」

 うさぎがとぼとぼと部屋に入った。

 石の手にコンセントが六っつ、グロー球が二つ乗っていた。

 小野が人差し指を口に充ててから、それをタオルで包む。テーブルの上に置き、下から取り出したハンマーで、それ等を破壊した。


「ハンマーをお借りしました。・・」

 石が説明しようとする。

「道具箱に返しておきますね」

 斉藤が口を挟む。

「空き巣は、この為だったのでしょうか」

「トイレにまであったんだよぉ」

「これで、なんでも話せます」

「道徳のない輩に聴かせても、呵責かしゃくすら無いだろうけどね」

「有難う御座いました」

「序でに、掃除もしたから綺麗だよぉ」

「入院前に片付けたんですが、汚かったでしょうか」

「嗜みですよ。汚くて掃除したんじゃないからね」

「汗ばんだでしょうから、お風呂に入って下さい」

「家主さんより先に入れません」


 うさぎが風呂に湯を張ろうとする。

「ピィッピィッ、お風呂が沸きました」

 音声が流れた。

「女性の嗜みは、そつが無いですね」

 うさぎから入ることになったが、気を遣いシャワーだけで上がった。

 

 女性たちには序列があるのかも知れない。三人一緒に入らずに、ひとりづつ入浴した。

 汗を拭い髪を乾かして、テーブルに揃う。

 晩御飯は、ハンブルグステーキである。買い物の時に話していた。家庭料理なので、一口サイズにするつもりである。

 ハンブルグでは、下味を確りつける。日本のように自在性のある醤油がなく、家族の好みに併せてつける。パンに挟むのも、ステーキのように食べるのも自由である。

 因みに、パンは気をつけないと、塩っぱいものがある。労働者の為に、塩ましましが存在する。うさぎはそれで、購入しても食べられないことがあった。文化の違いは、意外な発見をするものである。





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