夢の途
うさぎ赤瞳
第1話 新時代 前編
一
瞳に映らない魂が、電磁波に乗り、流れ星の如く、
妄想家のうさぎ赤瞳は、物語を認めたことで、命を狙われて
非実体の霊魂は、人の眼に映ることはない。その
通常の
分離された御霊は、ブラックホールへの長い長い
既にお気づきのように、循環することが全てのものに組み込まれている。倣わしと視るか、法則と視るかは、個性に委ねられていた。
うさぎの場合、御霊に電磁信号が纏わり付き、イレギュラーとして扱われていた。纏わり付いた電磁信号が音を奏でている。
『躰に戻り、けりを付けなさい』
やり方や期限も宛がわれないそれは、使命感で遂行する他なかった。
二
二千五年 五月 十三日 (金)
都内の某マンションで、変死体が発見された。
遺体はその部屋の住民で、藤沢真奈美という。大手自動車メーカーの受付嬢をしている二十五歳の独身者である。質素で簡素な部屋うちは、几帳面で生真面目な印象を与えていた。ソファーの
『どかどか』と音を立て、周囲を威圧的に見下す
「お疲れ様です」と挨拶が飛び交う。
一条拓哉というその漢は、警視庁捜査一課課長である。威圧的な態度は、携わった事件に未解決がない、という
捜査班の班長と鑑識が、次々と報告をあげていく。腕を組みながら熟考する威圧から、報告に身が入っていない。距離感を視れば、薄々と伝わっていた。
離れた場所から、
「どうせ、◎○製薬に利益を齎す悪巧みでもしているのさ」という、陰口が聴こえている。
「解剖へ廻して、徹底的に調べさせろ」
辺りを見下した八つ当たりが炸裂した。後
陰口は噂話と一緒で、尾鰭がつき触れ回るものである。一度掘ってしまった溝は、埋めたつもりでも、
陰口の対象である◎○製薬会社の社長は、杉野一夫という。一条とは、大学の同卒であった。
K塾大学は、二世・三世の多くが卒業している私立大学の名門である。猫も杓子も大学に進む現在は、学閥という繋がりが意味を為すことも多くなっている。
組織を守るため、という考え方自体がナンセンスなのであった。生き残りをかけて、利益を追究することが、悪循環、とは気付かないのだろう。お金というものに固執していては、なにも生み出さないし、進歩に繫がる訳もないのが現実であった。
藤沢真奈美の部屋が、蜘蛛の子を散らしたように静かになっていた。
三
藤沢真奈美の検視解剖を任されたのは、伊集院一二三である。T大医学部卒のエリートであった。ちょっと我の強い伊集院は、手抜きを毛嫌いした。気になる部位だけではなく、サンプルを採ることに拘っている。
「生きた証しを残すことが、供養になる」と持論を称えることで、周りからは
検視解剖報告書に数値を入れ、因果関係と見解を埋めれば役目を果たす。伊集院は、
検視解剖報告書を手にし、部屋を出る。
責任者である小泉浩一にそれを手渡すと、いそいそと身仕度を整えた。
書類に目を通した小泉が刹那に、「おい」と呼び止めた。
伊集院は既に外出するべく
「調べる為に、国会図書館に行って来ます。後はよしなに」と言い、勢いよく部屋を出て行った。
眼を点にしている小泉が、頭を抱え苦虫を噛みつぶしていた。
過去にも、似たようなことをしていた。その時は、赤線と赤波線を引き糸口を見出している。完成に至る道標が施されていた。今回は、そういった類すら見受けられない。試験を諦めた
四
国会図書館の生物学コーナーで書物を物色中の伊集院に、
「
不用意に声を掛けたのは、中里正美である。T大医学部の同期卒で、ひょんなことから親しくなっている。
顕微鏡を眺めながら話しかける
「近いうちに、一杯やろうぜ」
「あぁ、相談したいことがあるから、是非にでも
中里は既に踵を返していた。振り返る訳もなく右手を挙げ、握る開くを
伊集院がそれを見届けて『変わって無いなぁ』と、思い出し笑いを
風の便りで、沖縄の米国軍基地移設は聴いていた。
珊瑚礁が絶滅したとか、しないとか。まさか親友が奔走しているなどとは、露ほども考えていなかった。
歯車が狂い始めると、
年末の慌ただしさに便乗して、藤沢真奈美の事件が、『自殺』という型で、幕を引かれた。
四
二千六年 一月 十三日 (金)
終末で賑わう渋谷のハチ公前に、伊集院が立っていた。現在の時刻は、午後六時三十分である。約束の時間は七時だった。
小学一年の時の遠足で、母の寝坊で遅刻した。
会社からの緊急招集でさえ、トラウマを優先させ、
人の流れが変わった。電車が到着したことがそれで、
伊集院が腕時計を確認すると、六時四十分を刺していた。
学生時代の中里は、何処で調整するのか解らないが、二・三分前に到着した。人が重きを置くからこそ、拘りになるのだろう。特に考えていない
「やっぱり居たな」
「どういう風の吹き回し? だい」
「社会の荒波に揉まれた、ってことさ」
言う中里が、
長い付き合いのある伊集院が、それに
道玄坂にあるその店(隠れ家)の
店主の
旬の
場所柄の割に低料金なのは、店の存続を度外視しているのだろう。かなりの老齢が観て窺えた。常連客たちから、「店主に遭遇できるのは、惑星直下に匹敵する」と、囁かれているのが、常連客の、魅惑の基であった。
何時ものように洋風暖炉に向かい、中里が背中から哀愁を溢れさせていた。
「日本はこの先、如何したい? のかなぁ」
少しずれた背中合わせの伊集院が、ただただ護衛をしているように、無言で宙を見詰めていた。
「敗戦国は、負け組を脱皮できない、んだろうか」
「政治の世界のことは解らない、よ」
「解らなくても、
「言ったところで、何も変わらないさ」
「格差は埋められない、って、ことかぁ」
「振りに付き合い切れないからじゃないかな」
「痛いところをつくなぁ」
「国民の目は、意外なほどシビアなのさ」
中里がぐうの音も出なかった。
「ところで、一二三の相談とは?」と、中里が話しを切り返した。
伊集院が鞄からA四サイズの用紙を取り出して、中里に手渡した。それを受け取り、直ぐに眼を落とす。
読み終えた、と言う代わりに天井を見上げ、
「新薬の開発に成功したのかい?」と、中里は杞憂の表情を浮かべた。
「二十五歳の若い娘が、科学者の知識を上回る発明をしたとでも言いたいのかい?」
伊集院が苦笑いで、その場を繕った。
「二十五歳の
「得たいの知れない薬物が、自殺に使われたのさ」
「自殺? 有り得ないだろう」
「警視庁が、そういう発表をしたよ」
「一二三が検視解剖をしたんだろ」
「したよ」
「他殺の可能性が高い、と所見しなかったのか」
「僕の知識と経験で、特定できる薬物がなかった。国会図書館で調べていた時、偶然遭遇したから、意見を聴いてみたくなったのさ」
「細胞が先に壊死する薬物なんて、俺にも解らんよ」
「生物学にのめり込んだ
「正直なところ、一二三の話しを聴いて興味が湧いたよ。ザックリで良いから、連絡を取り合わないか? お前のことだから、白黒はっきりさせるんだろう」
「そう言ってくれることを期待していたのさ」
思いが重なると、歯車が噛み合うものである。例え離れていても、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます