第弐乃段
運命の男性
病院の廊下は独特の清潔感に満ちている、と私は彼女の見舞いに来る度に思う。それは消毒液の匂いや空気清浄機によって循環されている空気の新鮮さによるものなのか、それともすぐ隣に死という闇が
「咲、来たよ」
「おはようアヤ」
「もうこんにちはだよ」
いつものやり取りだったが、飽きずにやってあげることで彼女が
咲は一年ほど前から頭にニット帽を被っている。中学で隣の席だった頃には互いに長い黒髪で遠目には姉妹のよう、と言われたものだけれど、今や私の髪だけが長い。
「実はね実はね、昨日また彼が来てくれたの。夢の中だけど」
咲の言う彼とは、彼女がまだ十歳の頃、初めて入院した時に病院で出会ったという運命の男性のことだった。全身真っ黒のスーツに真っ白な肌で、青く澄んだ瞳をしている、日本人離れした
「いつも想像するの。自分を大切にしてくれる存在がずっと一緒だったら、どんなに苦しくても辛くないだろうなって」
咲の病気は治すのが難しいと聞いている。やはりそれなりに辛いことが多いのだろう。
私は三十分ほど読んでいた小説の話や
月に二度、多い時には四度、彼女の見舞いに病院を訪れていた。顔を見る度に
春休みに入り、久しぶりの咲のお見舞いだった。
けれどその日は廊下が
彼女の病室に向かうとそこは既に空っぽで、集中治療室に移されたのだと掃除のおばさんに聞いた。
結局その日咲に会うことはできず、彼女の両親だけが短い時間面会できたそうだ。
それから一週間後に彼女は亡くなった。
彼女の葬儀会場で、咲の運命の男性だ、と思われる人に出会った。
「彼女を迎えに来たんですか?」
その男性は「そうだ」と短く答えると、彼女の
彼が行ってしまうと、何故か咲の遺影が嬉しそうに微笑んだような気がした。
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