落下する夕陽

 巨大な夕陽だった。山々を全てシルエットにして世界一面茜色に焼き尽くしてしまうような輝きでゆっくりと沈んでいく。

 彼も彼女も、それを黙って木立の間から眺めていた。その二つの影も長く伸びて寄り添っている。言葉はなくても互いのそばにいるだけで幸福を感じられる。そんな関係だと、どちらも思っていた。

 彼が一瞬、彼女を見やる。

 優しくつぶらな瞳から向けられた彼女への気遣きづかいに、彼女の方も小さく頷き、そっと彼の肩に頬を寄せた。

 と、二人の仲を引き裂くような羽音だった。

 見れば小枝で羽を休めていた小鳥たちが一斉に飛翔したところだった。そればかりではない。足元をネズミやリスたち齧歯類げっしるいが小川のように連なってその木の下を駆け抜け、黒い甲殻を持った昆虫が根元で身を寄せて震えているのが分かった。

 いや、震えているのは虫ばかりではない。自分たちも震えていた。

 彼女は何か言おうと口を開くが声が出ない。

 足元だ。大地が震えていた。

 どこからき出したのか、羽虫がわっと舞い上がり、茜色の空に一瞬黒いもやを見せた。

 彼は彼女を安心させる為にそっと肩を抱き寄せる。心配ない。自分がずっと付いているから。そんな心の声を聞いたのだろうか。彼女は彼を見て、小さく二度、頷いた。

 遠出していた彼が帰ってきての、久方ぶりのデートだった。何であろうとそれを邪魔するものは許さない。彼にはその強い意思があった。

 その決意で空を見上げる。先程まで黄金色に輝いていたと思った夕陽は一転、漆黒しっこくの巨大な円に姿を変えていた。それが茜色の空を切り裂くように伸びている。

 黒。

 その異様な光景に彼女は震えた。彼は安心させようと、もう何も見るなとでも言わんばかりに彼女を抱き寄せ、その頭を胸元に埋めさせる。

 大丈夫だ。大丈夫。

 何度も彼女を強く抱き締めたが、それは自分自身への言葉でもあったのかも知れない。

 風だ。

 木の葉が舞い、細い枝がぽきりぽきりと音を立てて幾つも折れる。

 彼女にぶつかりそうになったそれを彼は手で払い除けたが、一本二本どころではなく向かってきて、彼は彼女を隠すようにその風に背を向ける。

 彼の硬い皮膚ひふは飛んできた小さな石や砂に対して無敵だ。痛みなど一切感じない。

 けれど突然の大きな地響きに彼は空を見上げた。

 うなったのは大地ではない。空だ。

 彼の瞳の先で強烈な光が世界を多い、刹那せつな、何もかもが弾け飛んだ。


 それは大型爬虫類はちゅうるいが滅びることになった巨大隕石衝突の日の、ある森での出来事だった。

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