王子の帰還
トーン
双子王
幽閉されている王子が消えた。
側付きの二人の従者から「文王様、実は……」と囁くように報告を受けたのは、武王が眠りから覚めないまま一昼夜たった日の夜だった。
「執務室へ向かう。警備担当者を呼べ」
ベッドに横たわる武王は、私の言葉になにも反応はしない。
「は。控えさせております。また人払いもすませております」
「わかった。兄弟、しばらく離れる。すぐ戻る」
離れがたく思って武王の手を強く握るが、答えは返されない。
「何かあればすぐに呼べ」
「かしこまりました」
医者が頭を垂れるのを横目に、寝室を早足に出た。
「このような時に武王から離れなければならぬなど、忌々しい」
火鉢で暖められた寝室とは違い、夜の廊下は息が白くなるほど寒い。冬に向かって夜が長くなるのに合わせて、武王の眠りが長くなっていく。冷たさがそろそろと足元から腹の奥まで忍び寄ってきている。冬は嫌いだ。
「申し訳ございません」
「話せ」
「は。館に襲撃がありました」
私の半歩後ろにいる従者の一人が端的に状況を説明した。
「それで王子が行方不明のまま、おめおめと私の前に立っておるか」
「弁解のしようもございません」
「それで犯人は……第一王子達か」
「ご慧眼の通りでございます」
「無駄な賛美ほど煩わしいものは無い」
少し考えればわかるものだった。城の奥にある館に外部の輩が侵入などして、こうも城内が静かなものがあるか。しかも、存在を秘匿されているあれの存在を知っている者は限られるうえに、例えかどわかして手に入れても毒になれこそすれ、薬として扱う事ができる者などいない。しかし害することを目的とするのなら、思い当たる者は皆無ではない。
「どこかで話が漏れたか……」
一昨日、ひと時目を覚ました武王と話していた内容が他者に漏れた可能性がある。そしてそれを耳にして行動を起こしかねない人物は、第一王子の二人だけだ。彼らは武王の子どもだけあって、ともに血気盛んなところがある。
双子王の会話……しかもひどく私的なものがこうも簡単に外部に漏れる。王座などに未練もなにもないが、それとこれとは話は別だった。ぬるい統制をしているつもりは無かったが、どこかで締め上げねばならない。しかしそれは今ではない。
執務室の扉の横に、頭を下げて膝をついた男がいた。
「警備の責任者でございます」
歩を緩めずに執務室へと入り椅子に座ると「扉の前の男を入れろ」と伝える。度重なる不愉快な出来事に、鋭い声色になっているのを自覚してはいたが構いはしなかった。
「第一王子様方が館に入ったところから、陛下にご説明を」
部屋に入った男に、従者が促す。
「本日、日が落ちる鐘が鳴り一刻程たった頃に、お二方が館にいらっしゃいました。警備の者に王子のお部屋まで案内を申しつけられ、お部屋の前までお連れいたしました。そうしましたところ、その場ですぐに警備に戻れとのご指示でしたので所定の場所に戻っていた所、大きな声が聞こえ、再び王子のお部屋へと駆け付けました」
あの館は外部から内部にいる者を守るためではなく、内部の者を外に出さないための警備が敷かれていた。
「お部屋に駆け付けたところ、第一王子様方と教師の二人が相まみえておりましたが、王子のお姿はありませんでした。開いていた窓から館の外へと出られた、と見ております。現在、総勢50名ほどで館の周囲を捜索中でございます。お怪我をされている上に、城内の地理に詳しくはない方ですので、そう遠くへは行っていないものと思われますが、本日は新月のため、捜索は難航しております」
だからすべて警備の者の不手際というわけではないが、なんとも間の抜けた顛末だ。
「怪我」
「はい。取り押さえた教師によると、第一王子様によって肩を怪我しているとのことでした」
頭が痛くなる。
「しかし、よく逃げることができたものだ」
「王子付きの教師が庇ったようです」
確か4年ほど前に一度だけ顔を見た。どこにでもいる凡庸とした顔ではあったが、辺境伯の推薦があった者だったか。体つきはよく覚えていないが、武道をたしなんでいるような印象はなかったと思ったが、剣で第一王子達を相手にできるとは、と私は感心した。
「確かにさほどかからず、あれは見つかるだろう。見つかったら館に戻せ。第一王子達も自室に戻し、しばらく外に出すな。頭を冷やさせる。教師は牢へ入れておけ。後ほど事情を聴く」
私は窓から空を見上げる。
「だが……」
今宵は新月。神の加護の無い日。たった一人で産まれ神の加護を得られなかった第四王子にとって、またとない夜かもしれない。
「館およびその周辺の関係者以外の者の出入りを固く禁ずる。必要に応じて立ち入り禁止区域を広げる許可を警備責任者に与える。姿の見えない第四王子を傷つけず、確保する事を最優先にしろ」
しばし思案の後、そう伝えた。武王の不調が静かに城中広まっている中で、派手な捜索をして城内の者を不安にはさせたくは無かったが、しかたがない。
「かしこまりました」
「私は武王の元に戻る」
寒い廊下を歩きながら、私は一昨日の武王との会話に思いをはせていた。
「……そこにいるか」
「目を覚ましたか。いるとも。体調はどうだ」
「まぁまぁだな」
「今日は珍しく晴れていて暖かい。どうだ。気分が良ければ外に出るか」
「そうか。だが、私には……暗闇しか見えない。どうやら目も駄目になったようだ」
「……」
「あれを、殺してくれないか」
「まだ10歳だ」
「どうか、頼む」
「はぁ。私がお前のその言葉に弱いと知っているだろう」
「すまないな。損な役回りをさせる。本当なら俺がやるべきだった」
「きっとできなかった。お前は本質が優しすぎる」
「耳が痛い。しかし、王家に瑕疵があってはならない。子の世代に禍根も残したくはない。私達で終わらせなければならない」
「そうだな」
「泣くな。これも天命だ」
「……私はお前と共にあれて良かった、兄弟。産まれた時が一緒なら、死ぬときも一緒だ」
「後始末をしてから来いよ。いきなり二人ともいなくなっては国が荒れる」
「私にばかりそういう事を押し付ける」
「お前の方が得意だからな。まぁ、頼む」
そう言うと、武王は深くため息をついた。
「長く……話した。少し眠る」
そう言って目を閉じてから、まだ一度も目を覚まさない。
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