第308話 帰還。
港街ダルマーク。
時刻は夜になっていた。ちなみに船で街に戻るのに約二日という時間が掛かっていた。
夜だと言うのに、明かりが多く灯されていて酒場からは賑やかな声が聞こえてきていた。
船を降りたニールは屋台で食料をいくつか買うと、街中を一人歩いている。
一足早く、宿屋に戻ってベッドで眠りたい。
それでもさっきから街中をグルグルと歩き回っている。
人気のない路地に差し掛かったところで、不意に立ち止まった。
ジト目で振り返る。
「何? さっきから尾行してきて、何なの?」
ボルトは建物の影から出てくる。
「……やっぱり気付いていたか。尾行は結構得意だと思っていたんだが」
「アンタほどの気配がいきなり薄れたら警戒するだろう。そもそも……気配消しが完璧じゃない」
「そうか。それは気配操作術の鍛錬サボっていたから、仕方ないか」
「ちなみに俺はそういうのほとんどやったことないけど」
「けっ。まぁ……お前はもっと体を鍛えた方がいいな」
「ふん。俺、一般人だし」
「お前みたいな一般人が居てたまるか。白金殿」
ニールは渋い表情を浮かべた。
もちろん自ら言った訳ではない。
珍しい白金の髪と容姿、ボルトと渡り合った強さで、旅の吟遊詩人が歌うようになった白金の英雄だとボルトと一緒に居た女性達に気付かれてしまったのだ。
ヤレヤレと首を横に振る。
「それが、ここに居るんだな。強い武器を持っているだけで、中身は影の薄い一般人……実際に戦った『疾風』殿には分かるんでは?」
ボルトはニールから二つ名『疾風』を言われて、右眉がピクンッと跳ねる。
一瞬の間の後で口を開く。
「……お前の強さは不均整。ただ未来視があるゆえに、穴と言う穴はないのを残念に思っている」
「それはどうも……それで? 俺を尾行していたのは雑談するためなのかな?」
「俺は腹の探り合いとかできん。ぶっちゃけ、お前は怪しい。だから尾行していた」
ボルトが腕を組んだ。
怪しむような視線を向けてくる。
ニールは苦笑を溢す。
ただ客観的に自身の事を考えると、実際怪しい。
公国でも、公王との謁見が行われ、勲章をもらうまでは怪しんでいる人達は居た。
見た目、子供が一人で盗賊や人さらいを倒す。現実離れして、噂に尾ひれがついたもしくは何らかの詐欺であると考えてしまうのは仕方ないだろう。
だからと言ってどうすればいいんじゃいと内心、ニールは考えて血吸の柄頭に手をおく。
「つまり、世界で十指に入ると言われる疾風殿が十歳以上も年下の少年なのに戦って引き分け。底知れない強さが怖くなった。だから、尾行したのか」
「あーん。俺が怖くなっただと! 表でろ!」
ボルトがダンッと地面を踏んだ。腰に吊るしていたナイフの柄を握る。
ニールも血吸の柄を握って。
「ここはもう表だけどね。残念ながら戦闘能力的に上手でも、この場……夜、入り組んだ道で俺に勝つのは相当難しいと思うけど? 本当に戦う?」
目の前にいるのにニールの気配がすーっと薄くなって暗がりに消え始める。
ボルトは感覚的に自身の分が悪いことに察したのか。ナイフの柄から手を離す。
「ぐう」
「それで? 俺にどうしろと?」
「皆が言うところの英雄なのか関係ない。お前の持っている力は危険だ。そして……俺はこの地を守る役目がある。だから、俺がお前の監視をする」
「役目? なんでそうなるの? 嫌だよ」
「嫌だと言われても……どこまでも追う」
ニールは渋い表情を浮かべて、首を横に振る。視線を流して『まぁ監視から逃げちゃえばいいか』とため息を吐く。
「逃げても、どこまでも追いかけるから」
「……」
ニールがげんなりとした表情を浮かべていた。
結局、ボルトに監視されながら、借りていた宿屋に帰ったのだった。
ニール、そして監視のボルトが宿屋に入っていった。
ニールが自身の借りていた部屋へと向かうと、部屋に入る前に扉が開いてシルビアが飛び出して。
「あぁーニール様」
ニールの元に素早く駆け寄ると、ぎゅーっと抱きしめた。
対してニールは凄い力で締め付けられる感覚に苦しさを感じつつ、謝る。
「ううぅ。そうだな……悪かった」
「シルビアは心配で心配で……ジンさん達も街中の探索に出てもらってー」
シルビアの抱きしめる強さが徐々に強くなっていく。
ニールは背骨からミシっと音がした時点で、肩をタップする
「悪かった。マジ、悪かったから……ちょっと抱きしめる強さを頼むから調節してくれっー!」
シルビアはハッとした表情を浮かべて、ニールから離れる。
「あぁ。す、すみません」
ニールはぐったりしたようで。
「だっ、大丈夫だ。心配かけたな」
「すみません……。お茶を用意いたしましょう」
そこで宿泊の予約手続きをしたボルトが姿を表した。
ボルトはシルビアへと視線を向ける。目を見開き、素早くシルビアへと近づく。
感極まった表情で、シルビアの手を取る。
「あぁ。またお会いできるとは……」
「はい? え?」
シルビアが戸惑い、困惑した表情を浮かべた。
ちなみにニールはキョトンとした表情で、二人のやり取りを見ている。
「お久しぶりです。今、こちらに?」
「えっと……どなたですか? 誰かと人違いしているのでは?」
ボルトはあからさまに落ち込んだ様子で。
「さ、さすがに覚えていませんよね。かれこれ十年以上前ですもんね」
「? いえ、私はご主人様に起こしてもらうまで眠っていたので、貴方と出会ったのは私に似た……あぁ。もしかしたら、私のオリジナルかも知れません。貴女が出会ったのは」
「オリジナル? どういうこと?」
ここでニールも何かを思い出したのか、ポンと手を叩いた。
「あっ、そういえば……少年が、そんなことを言っていたな」
ボルトは怪訝な表情でニールへと視線を向ける。
「どういう事だよ?」
「あぁ。シルビアは【リドール】だよ」
「……は? 【リドール】がこんな人間な訳がないだろう」
「普通の【リドール】を俺は知らないから何とも言えないが。シルビアが【リドール】なのは間違いないぞ? そんな疑うなら……何か武器を出すか?」
「へ?」
シルビアは何も言わずに手を上げた。メイド服の裾からカッターナイフ状の剣が飛び出してみせる。
実際に【リドール】である機械的な部分が見ると、ボルトは何も言えなくなった。
「な? これで分かった? じゃあ、俺は寝るから」
ニールがそういうと、自身の借りた部屋へと入っていった。
それに続くシルビア。
固まったままのボルトは部屋の前に取り残されるのだった。
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