第259話 正攻法。

 ジェミニの地下大迷宮で探索を始めて百十三日目。


 ここは地下三十五階のノルマンド王国から見て北の森近く。


 松明を持ったニールが一人歩いていた。


 キョロキョロと森の中を見回す。


「ここがジンの言っていた北の森か。魔物気配が多いな」


「そりゃ、ここ住み着いているのは蜘蛛の魔物……グリムハーツ・スパイダーが群れを作っとるんやからな」


 シルバーがニールのサイドバッグ……ペネムの鞄からひょこっと顔を出した。


 ちなみに、琥珀一家は全員ペネムの鞄の中に多少ギュウギュウ詰めになりながらも入っていた。


 グリムハーツ・スパイダーは赤茶色の外皮に刺々しい針を持ち。


 粘着性ある糸と見えない程に細い糸を使い、それらは逃げようと動けば動くほどに拘束力を強める。


 鋭い牙に分泌される毒で、相手を殺す。


 ニールは難しい顔で。


「グリムハーツ・スパイダーのことは聞いていた。この階層から出ることが分かっていたのなら、もう少し駆除しておいてほしかったなぁ」


「それは堪忍。グリムハーツ・スパイダーの肉は極端に不味いんや」


「それは聞いている。それが?」


「ワイらが、魔物を狩るのは食料の為やろ?」


 シルバーの言わんとしていることを理解したのか、ニールは頷く。


「あぁーなるほど」


「食いもんにならんのに、厄介なグリムハーツ・スパイダーを狩る余力はないんや」


「確かに……そうか。そうか」


 ニールは不意に立ち止まった。振り返る。


 視線の先には暗い森しか見えない。


「これが最後だ。故郷は見て行かなくていいか? おそらく二度と帰れないぞ?」


「皆、もう覚悟してん」


「そうか……一気に森を抜けよう」


「頼むわ。しかしなんか悪いな」


「こっちのほうが早い。それにこの手段ができるようになったのは、お前等が鞄を作ってくれてリヤカーを押す必要がなくなったおかげだ。オラクル発動【カルディア】……【青鳥(ブルーバード)】」


 ニールの背中には青く燃える翼が。


 翼を大きく羽ばたかせ、北の森を飛び……。


 上空に居たクレセート・バードを躱し、地下三十五階から地下三十四階へと向かう坂道の前に降り立った。


 この手段にて、ニール達のジェミニの地下大迷宮の探索は進んでいく。




 夜。


 小人達が周囲を警戒する中で、ニールは眠っていた。


 ただ意識は、白い空間。


「っ!」


 ニールが右手に鈍、左手にナイフを持って、口に血吸の柄を咥えて走っていた。


 すでに一時間ほど戦っていることもあって、疲労の色がある。


 相対しているのは長身の人の姿となったカルディア。


 大剣を軽々と右手で持って、構えている。


「なんか、ズルくね」


 ニールがムムッと。


「何が?」


「いや、【青鳥(ブルーバード)】で迷宮の森を抜けるやり方」


「全然、ズルくない。むしろ、正攻法だろ?」


 ニールはフェイントを入れつつ、左手に持ったナイフを投擲。


 カルディアへと接近する。


「俺の知っている正攻法と違うな」


「そうか? そうかな?」


「地道に迷宮を攻略して行けよ。そっちの方がお前はもっと強くなるんだぞ?」


「そうかも知れんが、俺としてはリリアお嬢様のことが気になって仕方ないんだっ!」


 ニールが体に仕込んであったナイフ二本を左手に持って、タイミングをずらしつつ投擲。


 カルディアは一本目のナイフを大剣で弾き、二本目のナイフを左手で受ける。


 次いで、ニールへ向かって大剣を振り下ろす。


「あの女、人間の中では強い。お前が心配しなくても、大丈夫だろう」


「そうかも知れないが……。大迷宮に飛ばされてから時間経過がよく分からない。ただ、もうずいぶん会ってないような気がする。なんか嫌だ【空蝉】」


 カルディアの振るった大剣はニールを切り裂いた。


 ただ、切り裂いたはずのニールの姿は揺らめくように消える。


「お前の感情はなんだかよく分からないな。ただ」


 カルディアが口角を上げて、笑みを深めた。


 即座に後方へ軽く飛び。


 次に残像の影からニールが姿を表したところで……ニールへと素早く左手に持ったナイフを投擲する。


「お前の姿消しへと対処法は分かってきた」


「っ!」


 投擲されたナイフがニールの左の手の平に突き刺さった。


 ニールはナイフがどこへ飛んでくるのか予想し左手を犠牲するも、鋭い痛みを感じる。


 地面を蹴って後方へと、飛び去ろうと……。


「どういう理由かまでは分からんが。お前の姿消しは、連続で使用できない。更に一度姿を消して出てきた時、お前は相手の動きを読むのが甘くなる」


 カルディアが一気に前へ。


 ニールとの間合いを詰めて、大剣を真横上に振り抜く。


「ぐあぁっ」


 ニールが真っ二つに切り裂かれ……。


 傷口からは赤い血が噴き出し、ニールは血の海に倒れるのだった。


 苦悶の表情を浮かべ、傷口に手を持っていく。


「いって……ぐあぁ俺は死、死ぬのか。リリアお嬢様……」


 ニールが目を閉じ……ガクンと脱力した。


 カルディアはヤレヤレと言った様子で。


「お前、そのくだり毎回やるのか?」


 カルディアが大剣を振って、刀身に付いた血を払った。


 飛び散った血は白い光と共に消える。


 ニールの胴体……白い光に覆われ傷口が小さくなっていく


 ニールは何もなかったかのように、パッと目を開けて、起き上がる。


「まぁ、せっかくだし」


「今日はこのくらいにしておくか」


「お、そうか? 疲れたなぁ」


「最初よりは戦えるようになったな」


「まぁ、ほぼ毎日やっているから……ってカルディアも強くなってない? 気の所為?」


「さぁ、どうだろうな? 毎日やってたら、お前の動きにも慣れてくるよな」


「もう少し手加減してくれていいんだよ? てか、治るとは言ってもさ、痛いのは変わらないからさ、寸止めとか、傷とか浅めにしてくれると嬉しいな」


「本気以外の戦い方を知らんな。俺は」


「あぁーそう」


 ニールの血、持っていた鈍、血吸が白い光と共に消えていった。


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