第109話 最後の。
「……おいおい、いくら影が薄いからって俺が居ることを忘れないでくれ」
ディオガ・アントの意識が炎を纏った大剣に向かった隙をニールが見逃す訳がなかった。
気配を消してディオガ・アントの意識の外に回り込んだニールが鈍をディオガ・アントの目に向けて投擲した。
幾ら強い魔物とはいえ、目は頑丈ではなかった。
いきなり視界を一つ潰されたことで、動揺して動きが止めてしまい……。
よって、炎を纏った大剣はディオガ・アントの右の足の付け根に深々に突き刺さって、右の足二本を切り落として止まった。
ディオガ・アントは絶叫にもにた、奇声をあげた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッアア!」
ディオガ・アントは炎を纏った大剣による切り口から大量の黒い血液を流し、体をよろめかせた。
弱っているディオガ・アントを目にしたブリトニーが好機ととらえて、畳みかけるため一斉に攻撃するように命令しようとした時であった。
「一斉に……「待てぇ!」
ニールが待つように声を上げて、ブリトニーの声を阻んだ。
「ギャアアアアアアアァァ!」
ニールの視線の先ではディオガ・アントがお尻を高く掲げた。
お尻のところに描かれていた幾何学模様が……うっすら光を帯びだしたのだ。
突然のディオガ・アントの行動にニールは眉間に皺を寄せる。
「なんだ? 何をしようとしている?」
追い詰められた生物が厄介なのはどこの世界も同じ訳で……ディオガ・アントはギョロッと近くにいたニールへと視線を向けた。
「っ!」
「ギャアァ!」
ディオガ・アントはニールへと紫色の粘着質の液体を吐いた。
ニールはディオガ・アントの動きは完璧に読めていた。ただ、初見の行動に対してはどうしても対応が遅れてしまう。
紫色の粘着質の液体をニールは躱しきれずに、着こんでいた防具に掠らせる。
それは毒だった。
「ぐああぁ!」
ニールは断末魔を上げながら、防具を脱ぎ捨てる。ただ、防具の中に着こんでいた服にも侵食していて、おそらく肌にまで達しているのだろう。
ただ、ニールに痛みに苦しんでいる間はなかった。
ディオガ・アントが次々にニールへと毒を吐いたのだ。
ニールは体をよろめかせながら、ギリギリのところで毒を躱していく。
「ぐ、これを飲んだところで状況は詰んでやがる」
ニールはブリトニーから受け取っていた解毒薬を口の中に放り込んだ。
あぁ、意識が飛びそうだ。
あと数秒で戦えなくなる。
意識を失う。
意識を失ったら、死。
俺の命はあと数秒。
このニール・アロームスの人生を終わらせてしまうのか?
あんな蟻に殺されて?
いや、そんなことよりも……大恩あるリリアお嬢様に恩を返せていないだろう。
この世界でも恩人に恩を返せずに、死に別れるのか?
……いやだ。
いやだ。
このまま死ぬのなら……あがいてやる。
最後の切り札を……いや、最後の賭けに出よう。
ニールは意識を保つために唇の端を噛みしめた。
丸薬を二つ取り出して、口の中に放り込んだ。
丸薬をカリっと噛みしめて飲み下していく。
丸薬を飲み下したニールの体は白い蒸気を帯びて……全身の筋肉が大きく肥大化し始める。
ディオガ・アントはニールを警戒したのか、毒をまき散らす。
ただ、すでにニールの姿はなかった。
数秒後……次にニールが姿を現したのはディオガ・アントの胴体の上であった。
「魔法薬の重複使用なんて命を削りそうだから本当はしたくなかった。兵糧薬と強化薬。兵糧薬の効果は服用者の体力の回復。効き目は人それぞれながら、二日間ほど何も食べなくても、生きていけるほどに回復する。次に強化薬の効果は服用者の身体能力の向上。こちらも効き目は人それぞれあるものの服用者の体力と身体能力に比例するらしい。本当はこんな危機的状況で初めて試すのは我ながら狂っていると思うのだが……」
ニールはディオガ・アントに突き刺さったままになっていた大剣を思いっきり引き抜いた。
まだ多少の熱を帯びた大剣を引き抜くと、ディオガ・アントはそこでようやくニールの存在に気付いたのか、振り落とそうとジタバタと体を動かした。
「おっと危ないな……暴れるなよ」
ディオガ・アントの胴体の上で振り落とされないように体を屈めてディオガ・アントの様子を見ていた。
そして、何かに気付いたのか、ハッとした表情を浮かべる。
「しかし、ここは安全地帯だな。大きな鎌も毒も飛んでこないみたいだ。ふっふっふっ」
ニールはニヤリと悪い笑みを浮かべていた……目の前にあるディオガ・アントの後頭部を見据えながら。
身の丈以上をある大剣を軽く振り、構える。
「くらえぇええええええ」
大剣は多少の熱は籠っていたが、炎を纏っていなく温度も下がっていて外皮を容易に切り裂くことはできない。
それでも、ニールは強化薬によって向上された腕力で大剣を思いっきり叩きつけていた。
外皮にヒビが入ったものの、大剣が跳ね返す。ニールの両手がビーッと痺れが襲った。
ニールは両手の痺れに耐える。
ただ、大剣より受けた衝撃はニールにだけではなくディオガ・アントにもあったようだ。ディオガ・アントは後頭部に強い衝撃を受けて、ニールを振り下ろそうとする動きが止まっていた。
「ギャアアアアアアアァァァァァ!」
耳がキーンとなる……今まで感じの鳴き声をディオガ・アントが発して洞窟全体に響かせた。ニールは直感的に仲間を呼ぶための声だと察するが……ディオガ・アントの仲間と思われる気配はまだ遠かった。
これは推測だが、今までディオガ・アントが仲間を呼ばなかったのは、進化したばかりという事での驕りと自身よりも小さく弱者であったニール達を舐めていたからであろう。
ニールは一切攻撃の手を止めることはなかった。
「砕け散れっ!!」
ニールはただひたすらに大剣をディオガ・アントの後頭部に叩きつけ続けた。
大剣を握るニールの両手から血が噴き出す。
最初は外皮にヒビが入るだけであったが、大剣をディオガ・アントの後頭部に叩き続けていると外皮が砕け散った。
ニールは大剣を一旦引いて、外皮が砕け散ったディオガ・アントの後頭部に対して垂直になるように構える。
「もう倒れろっ!!」
構えていた大剣を掛け声とともに、力いっぱい突き出した。
大剣の剣先がディオガ・アントの後頭部に突き刺さっていき、さらに力を込めてニールの身の丈以上あった刀身を根元辺りまで、深く突き刺さした。
「ハギャ……」
ディオガ・アントは小さく声を上げた後、ピタリッと動きを止めた。
少しの間があいて、大剣を突き刺した切り口からトプトプと黒い血が漏れ出してきた。
そして、ディオガ・アントはズドンッと砂埃を軽く上げて、前に倒れたのだった。
「気配が消えた……か、勝ったのか」
ニールはディオガ・アントの胴体の上でバタンと倒れた。
ディオガ・アントが動かなくなったことでシャロン達がニールの元に駆け寄ってくる。
「「「「ニール!」」」」
ボニーズがニールの体を抱きかかえる。ベレッタを背負っていたシャロンが一番にニールに問いかける。
「ニール、大丈夫か?」
「体が動かない……」
「そうか。そうか。それでも……生きている。とにかく良かった。本当に良かった」
シャロンはニールを見据えながらボロボロと涙を流し始めた。シャロンの涙にニールは軽く驚き目を大きく開く。
「ハハ……シャロンさんが泣くなんてらしくないですよ」
「ひぐひぐ、う、うるさい。お前は私をなんだと思っているんだ」
「そうですね。すみません……いろいろあるだろうけど。俺のもう意識が飛びそう……だから言うけど。ここに向かって……蟻の仲間が……集まりつつある」
ニールの言葉を耳にしたシャロン達からは感動的な空気が吹き飛んでいた。そして、一斉にニールの顔を覗き込む。
「「「「え?!」」」」
「あとは……頼んだよ」
ニールは顔を綻ばせて、意識を飛ばしたのであった。
シャロン達に取ってはここからが大変であった。ディオガ・アントに呼ばれて集まった大量のグリン・アントと戦うことになる。
◆
本日も小説を読んでいただき感謝感激です。
少し……少しでもこの小説が面白いなぁと思っていただけたら、小説の★レビューとフォローを頂けると作者のやる気が上がりますので……どうか、どうかよろしくお願いします。
作者より(>_<)
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