第94話 旅人のスープ。


 ダーミアの問いかけにニールは首を傾げる。


「旅人のスープと呼ばれているの? 確かに、これは以前このバザーで旅人の夫婦が売っていたスープを似せて作ったスープだけど」


「そうかい。やっぱりね。匂いが似てたんでそうじゃないかと思っていたんだよ」


「まぁ、それなりに美味しくできたんじゃないかな?」


「だろうね。匂いで美味しそうなのが分かるよ……ところで、アンタはあの夫婦に旅人のスープのレシピを教えてもらったのかい?」


「え? えっと、その……旅人のスープの似たようなスープを作ってみただけで……レシピを聞いたとかではなく……アドリブ的な?」


「そうなのかい?」


「えーっと、何かあったの?」


「いやね。宿屋の亭主が旅人のスープのレシピを買い取りたいと作っていた夫婦に申し出たみたいなんだが……レシピを売ることはなくてねぇ。誰もレシピを知らないんだよ」


「へぇーそうだったんだ」


「と、ところで、そのスープは出来上がったのかい?」


「えっと、もう少し煮込みたいところですが……一応できました。少し、味見してみますか?」


「お、おう貰っていいかい?」


 ニールは小さな木のスプーンを取り出すと、シチューを少し掬った。そして、シチューを掬ったスプーンをダーミアに手渡した。


「熱いよ」


「いただくよ」


 ダーミアはシチューを一口含み、味わうように飲んでいった。


 ダーミアの口の中にシチューの鶏肉や野菜から溶け出した旨み、そしてバターと牛乳の優しい甘みがブワーっと広がる。


 この時、元日本人であった前世の記憶があるニールならば、最初にしてはまあまあ美味しい。塩が足りない。もう少し煮込んだ方がいいかなくらいの感想を残すかもしれないが。


 ここは異世界……食文化の水準が低くく、更に庶民にとってはご馳走と言っていいレベルのスープになっていた。


 シチューを飲み干したダーミアはポツリと一言溢す。


「美味い……」


「そう? それはよか……「いくらだい?」


 ニールがホッと胸を撫で下ろしたところで、ニールの言葉の途中でダーミアが食い気味でシチューの値段を問いかける。


「二十グルドにしようかと……ちょっと大変な草刈り一回分。高いかな?」


「確かにこのバザー内では少し高いが……この味だ。十分に売れると思うぞ? いや、そんなことより……早くその金額で良いなら二つ売っておくれよ?」


 値段を耳にしたダーミアはニールへ二本指を立てて注文した。


「お、俺にも一つくれ」


「俺には二つだ」


「私にも一つちょうだい」


「こっちには三つ」


 ダーミアの注文をきっかけに周りに集まっていた者達全員から声が上がった。


 周りの圧にニールは若干引き気味になって答える。


「え? あ……ちょっと待って! 多い! 多い! 並んで! 一人一人で!」


 店の前に集まった人を並ばせると……バザーが始める前だと言うのに行列と言っていいくらいの人が並んでいた。


「一番前はダーミアさんか」


「ふふ、隣だからね。ってそんなことより早く二つおくれよ」


 ダーミアが大銅貨四枚を突き出して、改めて注文してきた。ニールは苦笑を浮かべながら大銅貨四枚を受け取る。


「まいど。ちょっと準備するから待っていてね」


 ダーミアから注文を受けたニールはエミーのパン屋で朝早く買ってきた三十センチほどの大きさの黒パンを取り出した。


「黒パン……もっと買ってこればよかったかな」


 黒パンをナイフで半分に切って、中身をくり抜き、その黒パンのくり抜いた中にシチューを注ぎいれていく。


 それを二つ作り、ダーミアの前へと持っていく。


「ダーミアさん、シチューです」


「なるほど……木皿の代わりに黒パンを」


 黒パンに注がれたシチューを手渡されたダーミアが感心したように呟いた。ニールは黒パンの様子を確認しながら答える。


「……黒パンの皮は固いから漏れたりしないと思うけど。ただ時間が経つとふやけちゃうから早めに食べてね」


「いや、良いアイデアだな」


「そうかな? 木皿を準備できなかっただけなんだけど。それから……スプーンの代わりにくり抜いたパンにシチューを浸けて食べてね」


 ニールはくり抜いたパンをシチューの上にポンと乗せた。


 ダーミアがシチューの注がれた黒パンを持っていくのを見送った後、ニールは大量に並んだ客の注文を聞き対応していった。


 ただ、ニールの見積もりは甘かった。


 まぁ、初日から行列ができるほど好評となると予想しろというのも酷かも知れないが。


 販売途中にシチューよりも先に黒パンが無くなってしまって……木皿を持参した人のみの販売になるも客は絶えなかった。




 時刻は昼前。


 ここバザーの飲食ブースにはバザーに訪れた人達が食事をしようと、多くの人が集まってきていた。


 その多くの客に対して周りの商店が食べ物や飲み物を売る中で、ニールが借りたスペースでは……。


 バザーが始まった時、大きな寸胴鍋に大量に作られたシチューも黒パンも何一つ残されていなかった。


 更にはニールが疲れ果てた表情で大の字で倒れている。


「燃え尽きた……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る