第85話 エービス侯爵家の屋敷にて。

 ここはエービス侯爵家の屋敷。


 シストールの執務室であった。室内にはニール、シストール、シストールの護衛の三人が居た。


 執務室にある二つある二つ掛けのソファにローテーブルを挟んで向かい合う形でニールとシストールが座っていた。ちなみに護衛はシストールの後ろ、少し離れたところで立っている。


 ニールとシストールは向き合いながら黙ってローテーブルに置かれたボードと駒……戦略チェスを打っていた。


「……」


「……」


 ニールは口元に親指を乗せて……長考した。


 その後で馬の黒い駒を手に取って盤上のマスを進めた。


 ニールの動かした馬の黒い駒を目にしたシストールは顎の髭をなぞりながら考えを巡らせる。


 シストールは馬の黒い駒の近くにあった盾を持った人形の白い駒を手に取って、盤上を一マス動かした。


「ぐっ」


 ニールは小さく声を漏らし険しい表情となった。


 盤上の戦いはしばらく続いた。しかし、常にニールの劣勢にあった。


 ニールが長考の後で……盤上の駒の配置を見た後でぺこりと頭を下げる。


「負けました」


「うむ、そうだな」


「はぁーシストール様がここまで軍略チェスが強いとは」


「それはこっちのセリフじゃよ。面白い打ち筋だったぞ? 途中何度か驚いた。覚えてまもないと言っておったから」


「そう言っていただけると嬉しいですね。しかし、ずいぶん攻め込まれましたね……。もう少し判断を早くしないと……この騎馬の駒が……シストール様の盾兵の駒にうまく凌がれて……」


 ニールはブツブツと呟きながら、盤上に置かれていた馬の黒い駒を人差し指で触れた。


 感想戦を始めようとしたニールを静止するようにシストールが手を前に突き出す。


「待て……もう感想戦を始める気かの? その前に一服するぞ」


「あ……すみません。つい、癖で……」


 それから、シストールが呼んだメイドに紅茶と茶菓子を準備させ……その紅茶を飲みながら、ニールとシストールが談笑を始める。


「いやはや、まさか……軍略チェスの話をしたら誘われるとは思いませんでした」


「ほほ。昔……戦争が頻繁に行われていた頃、軍略チェスは貴族の嗜みの一つだったからの」


「そうなんですか。道理で強いわけですね」


「まぁ、最近戦争が増えてきて再び見直されているみたいだが……いい大人が今更覚えてもヘボ打ちになるだけ。それに一時失われた軍事力もそう簡単に復活するモノではないのにな」


「何かあったんですか?」


「いや、なんでもないの」


 シストールが少し不機嫌そうにローテーブルに置かれていたティーカップを手に取って紅茶を一口飲んだ。それに習ってニールも紅茶を飲む。


「相変わらず美味しい紅茶ですね」


「ところで、軍略チェスが会話に出てきたので……打つことを優先してしまったが。何か話があってきたのではないか? 前に言っていた商売の話か?」


「あ……そうでした。前に話していたユーリィ・ガートリンについて聞きたくて」


「……」


 シストールは黙った。


 部屋の扉の前で立っていたシストールの護衛が帯刀してした剣の柄に手を乗せた。


 室内を支配するような気配が放たれた。


 ニールはブルリと身震いして……シストールの護衛へと視線を向ける。


「っ!」


「バーブル……気配を閉じていい」


 シストールの護衛……バーブルは剣の塚に置いていた手を下した。そして、「すみません」と一言言って支配するような気配を消した。


 ゴクンと息を飲んだニールは再びシストールに視線を向けて口を開く。


「……興味本位で聞くべきはない内容なのでしょうか?」


「いや、そうだな……私はニールを気に入っておるが。残念ながらお主にはまだ資格がないのだよ」


「資格ですか?」


「あぁ、資格を持つ者にしか伝えないように我が一族の申し送りがあるんだ」


「……そうですか。それは仕方ないですね」


「しかし、なぜ突然……知りたいと思った?」


 ニールはこのシストールの質問を事前に予想していた。


 その答え、自身が異世界転生者であることをいう訳にはいかなかった。だから、事前に用意していた言い訳を口にする。


「いえ、最近、赤き龍の英雄という語り歌を聞く機会があって、シストール様も英雄について話していたのを思い出したんですよ」


「ほ、そうか。赤き龍の英雄が? サンチェスト王国から遠く離れたこの地でも聞くようになっているのか」


「銀老亭というお店でレイラというエルフの吟遊詩人が歌っていましたね」


「そうか。そうか。エルフが来ておったのか」


 シストールはニールの説明に納得したのか頷き答える。それから……ニール達は紅茶を飲みながら談笑していたのであった。

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