第72話 約束。

 俺に何かモノづくりの才能でも有ればよかったが……。


 ニールが考え事をしながらも、モップ掛けをしていると……窓の外からカンカンっと鐘の音が聞こえてきた。


「うわーもう昼かぁ」


 鐘の耳にしたニールはガックリと肩を落とした。


 そして、視線を上げて……果てしなく続くように見えてしまうほどに長い廊下を眺めていた。


 ニールが肩を落としていると、使用人達が昼休みになったのであろうザワザワと話し声が聞こえてくる。


 タタタッと足音が響いてきて、ニールの背後から声がかけられた。


「あ。ニール君、お疲れ様。きゃあ」


 小走りで近づいてきていたイザベルが小さな悲鳴を上げて躓き、ニールに覆いかぶさるように抱き付いた。


 ニールは突然の背後からの衝撃を一歩前に出し、モップを支えにして踏ん張る。


「ん? とと……」


「ニール君、ありが……ひゃわわわ!! ご、ごめん」


 イザベルはニールに覆いかぶさるように抱き付いていることを認識すると、バッと顔を赤くして即座に飛び退いた。


「いいけど、気を付けて」


「う、うん。ごめんね」


「それでどうしたの?」


「一緒にお昼行こうと思って」


「そっか、ごめんね。ちょっとこのモップとバケツを片づけてから行くから先に行ってくれていいよ」


「……いや、手伝うよ」


「え? いいの? イザベルさんの昼休憩の時間が短くなっちゃうよ?」


「いいの。ほら、いこう」


 イザベルがそう言うと汚れた水が入っていたバケツの取手を持って、先に歩き出した。


 ニールはイザベルを追いかけるように小走りで追いかける。


「何かあった?」


「いや、何もないけど。ちょっと」


「ちょっと?」


「ちょっと話したくて……だって最近ニール君がウィンズ子爵領にある屋敷の方へ行っていたりして、なかなかお話できていなかったんだもん。その前は冒険者活動で忙しそうだったし」


「そうだった。あ、冒険者活動と言えばルイス先輩とは会う機会がまったくないや。忙しいのかな? それとも森に籠って、狩りをやっているのかじゃないかな?」


「ルイスに先輩を付ける必要はないのよ?」


「そうかもだけど、先輩は先輩だからっとこの……掃除道具入れに」


 ニールは掃除道具入れの前に立ち止まった。そして、ニールとイザベルが掃除道具入れにバケツとモップを仕舞っていく。


 イザベルはバケツに入っていた汚水へ視線を向けて問いかける。


「はい。バケツの水は?」


「あとで捨てに行くからいいよ。食堂に行こう」


「うん。そうだね。でもさ。ニール君は真面目だからいいけど。ルイスはいい加減で不安なのよね」


 イザベルが頷き答えて、先に食堂のある方へと歩き出した。


 苦笑したニールはイザベルの後ろに続き歩いていく。


「ハハ、俺は別に真面目じゃないけど……。ただルイス先輩の目標としているS級の冒険者になるにはなかなか大変そうだから、冒険者として真面目に頑張っているんやないかな? この前、S級の冒険者に一番近いという冒険者を見かけたが、めちゃくちゃ強そうだった。ああ成りたいのなら、相当の努力が必要になってくるだろうね」


「S級の冒険者なんて最初から無理なのよ」


「どう……そうかも知れないね。ただ、S級ではなくても大金を稼いでいる冒険者は居るみたいだし」


「アイツが大金を稼いでいる未来は見えないんだけど」


「それは……人生がどう転がるか分からないし」


「そうかなぁ? って……今はアイツの話はいいよ。それより、今度の休息日はまた冒険者活動するの?」


「そうだね。指名クエストがだいぶ溜まっていたから」


「え? 指名クエストって?」


「ああ、本来なら依頼主より要望のあったクエストを冒険者ギルドが難度ごとにD級やらC級、B級と言ったクラスに振り分けられるんだけどね。そこで指名クエストなんだけど、依頼主が直接俺を指名してクエストを受けさせるのが指名クエスト」


「それって……すごいんじゃないの?」


「どうかな? 確かに指名クエストの報酬は割高なんだけど。雑用系の指名クエストだから……そんなすごいもんじゃないよ?」


「そっか……」


「何かあったの?」


「えっ……と。お料理屋さんで、面白い語り歌を歌う吟遊詩人が居たから……一緒に聞きに行きたいと思ったの」


「吟遊詩人か……ちょっと聞いてみたいかも」


「そ、そう?」


「うん。今溜まっている指名クエストが片付いてからでいいなら、俺も聞きに行きたいな。前に奢ってもらった借りもあるし」


「本当?!」


「いいよ。ちょうど俺も冒険者を休みにしようかと思っていたから」


「ふふふふ、じゃ約束。その指名クエストが片付いたら、すぐに教えてね」


 笑みを浮かべたイザベルが、ニールの方へと顔を向けた。対してニールはイザベルのあまりにいい笑顔を目にして少したじろぎ……言いづらそうにしながら答えた。


「う、うん。そうだね。ただ……指名クエストが十件くらい溜まっているから結構先になるかもだけど」


「えっ!?」

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