第22話 冒険者ギルド会館。

 悠李がニールの体に転生して一カ月。


 早朝。


「ん……んん」


 窓の外の小鳥のさえずりを聞いて、ニールはもぞもぞと体を動かして、目を覚ます。


 まだしょぼしょぼする目を擦りながら、目を開けると……目の前には整った顔立ちで眠っていても美しいリリアの顔がある。


 ニールはリリアの寝顔を目の前にして、少し目を見開く。


 今日は珍しく、俺の方が早く目が覚めたな。


 いつも寝坊ギリギリまで寝てしまってリリアお嬢様に起こされるのはやばいよな。怒られることがないにしても……。


 ……それにしても、何度、繰り返しても慣れないな……起きたら目の前に美少女の顔があるのは。


 リリアお嬢様は本当に綺麗だよな。


 俺の語彙力がないのが残念だが……見惚れてしまう美しさだよ。


 部屋の掃除をしている時に偶然見つけてしまった大量のラブレター。


 リリアお嬢様と付き合いたいと思う理由もすごく分かる。


 それにリリアお嬢様は性格もいいしな。


 叶うなら、一生お仕えしたいと思わせてくる人だし。


 ニールがリリアの寝姿を見ながら、しばらく居ると……遠くでカンカンっと鐘の音が聞こえてきた。


 あ……朝六時を知らせる鐘の音か?


 二度寝を楽しみたいところだが、リリアお嬢様を起こさなくては……。


「リリアお嬢様……リリアお嬢様……」


 ニールはリリアに声を掛けながら体を揺らした。


「んー……んっ……ニールぅ」


 リリアは眠たげな眼で目の前のニールを目にすると、微笑んだ。そして、ニールの頭を両腕で抱きしめる。


 抱き締められたニールであったが、最初の頃は顔を赤くしていたが……一カ月も経つと慣れたのか……それとも強靭な誘惑耐性を手に入れたのか動揺している様子はない。


「……リリアお嬢様、先ほど六時を知らせる鐘の音が聞こえました」


「ニールぅ……う……ん……ニール成分を補給しているところだからちょっと待って。六時間おきに必要だから」


「……そうですか」


「そういえば、ニールは今日休息日だったわね?」


「はい」


「前に話していた冒険者ギルド会館に行くの?」


「その予定ですが」


「むぅ……お小遣いが欲しいなら私があげるのに」


「いえ、ただでさえリリアお嬢様には大恩があるのに……それ以上にお小遣いまでもらうのは俺のプライドが許してくれません」


「ニールは変に頑固なんだから」


 リリアがニールのおでこを人差し指でピンッと突っ突いた。ニールは苦笑しながら、軽く頭を下げる。


「融通が利かなくて、すみません。でも、これだけは絶対です」


「もう頼ってくれていいのに……。繰り返しになるけど、冒険者になっても危険な仕事とは本当にないのよね?」


「はい。聞いたところによると、新人にはそもそも危険な仕事と言うのは回されないとか」


「だと、良いんだけど。冒険者は危険な職業であることはよく知られているから、やっぱり心配よ」


「それに……俺はシャロンさんとの剣の稽古で自分のひ弱さは痛いほどわかっているので、無理は絶対にしません」


「そのシャロンはニールのこと才能があるって、言っていたのよ?」


「シャロンさんはそう言ってくれますが……俺にはまったく実感がわかないんですよね。実際にリリアお嬢様も見たでしょう? 稽古で俺がよろよろと戦っている姿を」


「……ぷっふふ、確かにね。アレは……思い出しただけでぷふふ」


 リリアはニールの戦う姿を思い出して口元を押さえ、クスクスと笑い出した。対してニールは複雑な表情を浮かべて口を開く。


「あまり笑わないでください」


「ふふ、ごめんね」


 それからエミリアが起こしに来るまで、リリアとニールはベッドで横になりながら談笑していたのだった。






 三時間後。


「はぁーここが冒険者ギルド会館か」


 ニールは興味深げな表情で、目の前に建っている大きな建物……冒険者ギルド会館を見上げていた。


 冒険者ギルド会館はレンガ造りで、装飾などのないシンプルな作りの円筒形……二階建ての建物。


 冒険者ギルド会館の正面玄関に近づいて行くと、何人もの冒険者と思える屈強そうな者達が……冒険者ギルド会館の正面玄関を出入りしていた。


「……っ!」


 不意にビクンと体を震わせたニールはバッと後ろを振り返った。


 振り返ったニールの視線の先には男女五人ほどの一団を目にした。


 ニールは冒険者ギルド会館の正面玄関の端へよって、物陰に隠れる。そして、その一団が冒険者ギルド会館へ入って行くのを見送った。


 おっと、思わず隠れてしまった。


 うわー……ものすごい強そうだ。


 特に真ん中に居る左目が大きなバツ印の傷で塞がれているオッサンが……すごく強そうだ。あの背中に背負った……二メートルありそうな大剣で戦うのだろうか?


 どうやって扱うんだろう?


 俺には持ち上げることすらできなさそうだ。


 気配で言ったら……そう、あのシャロンさんの師匠……ミロットさんと同じくらいだろうか?


 何者なんだろう?


 冒険者ギルドでも有名人であるのかも知れない。後で聞いてみようかな? ん?


 考えを巡らせていたニールであったが、何かを思い出したようにハッとした表情を浮かべる。


「って俺はいつまで隠れているんだよ」


 ニールは急ぎ、正面玄関から冒険者ギルド会館に入って行った。


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