第20話 噂のスープ。

 しばらく、バザーを見て回っていたニール達は料理などが売られているブースへたどり着く。


 そのブースからは串焼きやパン、果物、甘い菓子、果実水などなど、様々な美味しそうな料理が売って美味しそうな匂いが漂ってくる。


 ニールは鼻をヒクヒク動かして、周りを見回して口を開く。


「美味しそうな匂いだ」


「ニール、喉乾かない? 果実水飲む?」


 イザベルが果実水を売っている屋台へと指さしてニールに問いかける。


「俺、お金持ってないんだけど」


「ふふ、私が奢ってあげる」


「悪いよ」


「躓きそうになったのを助けてくれたし」


「それは……んーん」


「いいから。いいから。何飲もうか?」


 ニールとイザベルは二人で果実水の屋台の前まで行く。すると、屋台の前が空いていたこともあって屋台の店主と思われる女性から声を掛けられる。


「お、デートかい?」


「あわわ……い、いや、そうではないくて」


 屋台の店主の問いかけにイザベルは少し頬を赤くして、慌てた様子で答えた。


「ふふ、そうなのかい?」


「それより、注文いいですか?」


「もちろん、何を飲む? サービスするよ」


 イザベルは屋台に並んでいた果物を眺める。そして、大きなオレンジを指さす。


「わ、私は……オレンジにしようかな。ニールは何にするか決めた?」


「じゃ、ブドウにしようかな?」


 イザベルの問いかけにニールはブドウを指さして答えた。


「あいよ」


 注文を終えると屋台の店主は手早くオレンジとブドウを手に取って、果実水を作っていく。


 ニールが興味深げに果実水が作られていく様子を眺めていると、一分もしない内に果実水が出来上がり、代金と引き換えに果実水が入った木のコップを渡された。


 ニールはイザベルと食事が売られているブースを歩きながらブドウの果実水を一口飲む。


 仄かに甘いブドウの味が口の中に広がる。


 確かにジュースに比べたら果実の味は濃くないが、これはこれで甘さが控えめで喉が渇いていたニールにとってはよかった。


「うん。美味しい」


「そうだね」


 ニールの呟きに同意するようにイザベルは頷き答える。


 そして、少しの間の後でイザベルが持っていたオレンジの果実水をニールの方へと突き出して続ける。


「……こっちも飲んでみる?」


「いいの?」


「いや、いろんな味が飲めていいじゃない」


「そうだね。じゃ、こっちのブドウの果実水を飲んでみてよ。美味しいから」


「そ、そうね。もらうよ」


 ニールとイザベルは飲んでいた果実水を交換する。


 イザベルが飲んでいたオレンジの果実水が注がれた木のコップを手にしたニールは間接キスになるがいいのか? と内心動揺する。


 この世界では特にそういう……関節キスとか言う概念はないのだろうと思い直して、オレンジの果実水を一口飲んだ。


 オレンジの果実水も確かにジュースに比べたら果実の味は濃くないが、これはこれで甘さが控えめで……口の中に爽やかなオレンジの味が広がった。


「うん。こっちも美味しいな」


「……」


「ん? アレ?」


 ニールがしばらく歩いたところで横へと視線を向ける。ただ、イザベルは隣に居なく。


 後ろを振り返るとイザベルは足を止めていた。そして、ニールが渡したブドウの果実酒が注がれた木のコップを見つめて顔を真っ赤……耳まで赤くして固まっていた。


 他の通行人もイザベルに変な目を向けて通り過ぎて行っている。


 ニールは後ろに戻っていきイザベルに再び問いかける。


「どうしたの?」


「……え、はわわわわ」


「だ、大丈夫?」


「いや、なななんでもないよ」


「そう?」


「い、行こう」


 イザベルは顔を赤くしたまま早歩きでスタスタと歩き出した。それを追いかけるようにニールも小走りで追いかける。


「え、ちょ、ちょっと待って……どうしたの?」


 そんな感じでイザベルとニールと二人は小走りで歩いていた。


 ただ、ある屋台から行列ができているのを目にしてイザベルの足が止まった。


「え、あ、すごい」


「なんだろう? あ、もしかして?」


 ニールも足を止めて、行列へと視線を向ける。そして、その屋台から香ってきた匂いに何か思い当ることがあったのか呟いた。


「何か知っているの?」


「もしかしたら噂されていたスープじゃないかな?」


「噂のスープ? 何それ……」


「本当か分からないけど……旅人の夫婦がベラールド王国という国でよく食べられていると言うスープを売っているんだと」


「へぇー飲んでみたい」


「……けど、このすごい行列だし。繰り返しになるけど、俺はお金がなし。次の機会にしない?」


「う、うん、そうだね! 次一緒に出掛けた時にしよう。フフ」


 イザベルはフフっと笑みを深めると鼻歌混じりに、歩き出す。突然にご機嫌なったイザベルの後を戸惑いながら追いかけるニールであった。


 ただ噂のスープ……それを並ぶ人の間から見ることができて小さく呟く。


「それにしても噂のスープ、すごい人気だな。けど、この匂いはまさか……」






 一時間後。


 オルセイヌ教会の敷地内に置かれているベンチでニールとイザベルの二人が並んで昼食を食べていた。


 ニールは満足げな表情で膨れたお腹を擦る。


「ふう、お腹いっぱいだ」


「食堂のサンドイッチって美味しいよね」


「うん、マスタードが効いている」


「あ、このちょっとピリッとするのはマスタードなんだ」


「たぶん、そう……冷めていても美味しい……ハムは少し焼いているのか? ドレッシングはどんな? 今度作り方を教えてもらいたない」


 ニールが顎に手をあててブツブツとサンドイッチの考察をし始める。


 その時、遠くでカンカンっと鐘の音が聞こえてきた。


 鐘の音を聞いたイザベルは何か思い出したような声が上がる。


「あ、弟との約束……忘れてたぁ」

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