涙・・・適量
鈴木秋辰
涙・・・適量
俺は目を疑った。
『涙・・・適量』レシピには確かにそう書いてある。そんな料理があるのだろうか。しかし、レシピを疑ってアレンジを加えるというのは料理初心者が一番陥ってしまうことの多いミスだと聞く。半信半疑ではあったが俺はレシピ通り涙を入れることにした。ちょうどタマネギをみじん切りにする工程も必要になるらしい。涙はその時に調達するとしよう。
とはいえ、適量というのはどのくらいだろうか。これもまた彼女に料理を任せっきりにしてきた俺のせいなのだろうな。材料には含まれないため息を吐きながら野菜を切る。なかなかうまくいかない。大きさはバラバラだし切るスピードも遅い。「たまには一緒に料理を作ってやるのもよかったかもしれないな」そんなことを思ってももう手遅れだっだ。
タマネギを切る途中、出てきた涙を鍋に顔を近づけ覗き込むようにしてふた粒ほど落とした。適量というのは曖昧だが何度か作っていくうちにちょうど良い量もわかるようになるだろう。どのみち今後は俺が自分で飯を用意するしかないのだ。
かくして料理は完成した。しかし、肝心の味は正直なところあまり美味しいとは言えなかった。というよりも彼女が作ってくれた味とはかけ離れていた。やはり涙の適量がずれていたのだろうか。それとも、何かコツがあったのだろうか。「もっと話しておけばよかったな」そんなことを思ってももう手遅れだっだ。
それから週末の度、俺は何度もあの料理を作った。涙の量もいろいろ試したが彼女の味になることはなかった。野菜を切るのは以前よりもずっと早くなっていた。
今日もまた例の料理に取り掛かった。独りで食事をするのにはもう慣れてしまった。そんなことを思うと少し虚しくなってくる。彼女を思い出し、虚しさは寂しさに変わる。涙が出てきた。タマネギはまだ切っていなかったが今日は先に涙を鍋へ入れてしまおうと鍋を覗き込んだ。涙を何粒か落として袖で顔を拭う。そして、いつも通り慣れた手つきで野菜を切って。入れて。鍋に蓋をした。
いただきますはいつの間にか言わなくなっていた。器からスプーンで掬って口へと運ぶ。美味しい。懐かしかった。それは彼女の味だった。
「そうか。君は悲しくて泣いていたんだな」
涙を入れすぎたせいか、後味は少ししょっぱかった。
涙・・・適量 鈴木秋辰 @chrono8extreme
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