第5話 『脱出』


 スマホで事件のニュースが報じられているのを聞いてみると、S県全域で警戒態勢に入ったという。


 僕は慌てて、自宅に電話をした。



 トゥルルルルルル……


 トゥルルルルルル……


 トゥルルルルルル……



 出ない……。


 何かあったのか……。


 両親の身が心配だ。


 しかし、この状況で駅の方へ戻るのは困難だ。




 「レイ……。お父さんお母さんのことは心配だけど、今は確かめるすべはない。とにかく安全なところに避難するんだ。」


 「あ……、ああ。そうだな。フーリン。すまない。」


 「気を取り直して行こう。」



 僕は両親が無事ではないと薄々感じつつも、今は考えないことにした。


 学校も襲われたとなると、僕の友達はどうなっただろう……。


 次から次へと嫌な考えが頭をよぎっていく。



 目的地とした代々木公園方向へ移動を続ける。


 だが、街の様子がいっそう危なくなってきていた。






 目の前を悪魔の角を生やした巨大な怪物が、悠然と歩いている。


 また、大きな植物の頭をした化け物が、炎を巻き散らかしながら、あちこちを飛び回っている。


 どんどん魔物化した者たちが増殖してきているのだ。


 残された人類は逃げ惑うばかりなのだ。




 スマホでニュースの続報が流れた。


 どうやら、僕と仲良くしてくれていた友達は……、みんなやられてしまったようだ。


 御手汰比斗(みてたひと)くんや、傘下須流也(さんかするや)くん、剴屋蒼里(がいやあおり)さん……。



 あいつら……。みんなみんな、いいヤツらだったのに……。


 僕はあまりのショックのためか、笑いがこみ上げてきた。



 「あっはっはっは! そうだ! これは夢なんじゃあないか!?」



 そう叫んでみたが、誰もそれに答えてくれるものはいなかった。




 ニュースでは別の工場も同時に魔物の襲撃を受けて、爆発したらしい。


 そこで報じられていたのは、僕がバイトしていた工場だった。


 工場の主任の中村さんが亡くなったらしい。


 僕の世話役をしてくれた中村さんが……。


 次々と知っている人が死んだと知らされた僕は、まるで頭をハンマーか何かで殴られたような気持ちになった。




 なんとか代々木公園に辿り着いた僕だったが、そこで見た光景にさらに衝撃を受けたのだった。


 炎の化け物の大群が辺り一面で暴れまわっていたのだ!


 さらに雌の悪魔の姿をした小悪魔たちがおおはしゃぎをしている。


 色とりどりのド派手な姿をした化け物たちが、雄叫びをあげて殺戮ショーを繰り広げていた。




 「あ! あそこにニンゲンがいるぞ!?」


 見つかった!?


 やばい!


 早く逃げなきゃ……!




 「はっ……。はっ……。はっ……。」


 ズダダダダダダダダ……


 僕が必死で逃げたその背後で、銃声が聞こえた。




 そ……、そんな!?


 この日本で……?


 銃で撃ってくるだなんて……?




 どこかの軍隊か?


 ヤバい。


 ヤバい……。


 とにかく一刻も早くこのエリアから脱出しなければ!




 「おい! レイ! こっち方面もヤバいとなると……、地元になんとか引き返したほうがいいぞ!?」


 「ああ。そうだな。フーリン! 急ごう! 新幹線も動いているかわからない……。」


 僕は急いで、駅へ向かった。




 すると、駅へ向かう道の途中で、女の子が一人、軍隊の銃撃に驚いてしまって、身がすくんで動けなくなっているのを見かけた。


 「フーリン! 見ろ! 女の子が……! あそこでうずくまってるぞ!?」


 「……ああ。そうだな? ……で?」


 「……で……じゃないだろ? 助けなきゃ!」


 フーリンが不思議そうな顔で僕を見てきた。





 「おまえはバカか? 今、俺たち自身が危険なのに、他人を助けている余裕なんてないだろ!?」


 「フーリン……。僕はどんな状況でも正しいと思う選択肢を選んでいきたいんだ……。そうしなきゃ……、自分自身が自分自身でなくなってしまう気がする……。」



 「ちっ……。しゃあねえなあ? おまえはそういうヤツだったよ。」


 フーリンはしぶしぶ賛成してくれた。




 「おーい! 君! 大丈夫か!?」


 僕は女の子に声をかけた。


 周りの軍隊の銃撃音が聞こえる中、僕は周囲を手に持ったナイフで警戒しながら女の子のほうへ笑いかける。


 女の子は怯えて震えていた……。




 「あなたは……、誰ですか……?」


 「僕は玩場玲威(がんばれい)。僕もこの異常な状況にわけがわからない気持ちだ。だけど、ここにいたら、君も危ない……。僕と一緒に逃げよう!」


 「……ど……、どうして……?」


 どうして助けてくれるのか……。


 そう聞きたいようだ。


 そりゃそうだ。


 こんな異常事態の中、他人にかまっている余裕なんてない。


 それはさっきフーリンが言ったとおりだ。


 だけど……。




 「それは……、君を見過ごすことができないからだよ……? さあ、一緒に行こう! じゃないと、君はここで死んじゃうよ?」


 「……わ、わかりました……。ついていきます……。私も死にたくない……。」


 「よくわかってくれた。よし! じゃあ、駅へ向かおう。まだ、電車が動いているみたいだ。」


 電車はちょうど出発前だった。




 僕たちは、連れ立って、電車に乗り込んだ。


 このまま、地元のS県へ帰るんだ。


 「よし! なんとか東京を脱出できたな……?」


 「ああ。とにかく、S県に戻ってみんなの無事を確認しよう!」


 「……無事だといいけどな。」


 「何言ってるんだ? さすがに……地元まであんな魔物がいるなんて……。」


 助けた女の子が僕のほうを不思議そうな顔をして見ている……。





 「ああ。君の名前をまだ聞いていなかったね? 名前は何て言うんだい?」


 「は……、はい。此花篠希依(このはなしの・きい)って言います。」


 「うむ。希依(きい)ちゃんね……。さっきは危なかったよ? 次からは気をつけてね? 俺の言うことを聞いたほうがいい。」


 「わ……、わかりました。」


 「うん。絶対守るよ。」




 「くぅーーー! おい。レイ! おまえ、この子のこと好きになったんじゃあないだろうな?」


 「な……、何を言ってるんだ!? フーリン!」


 「ほら! 赤くなってんぞ?」


 「そんなことないよ! ねえ? 希依ちゃん。気にしないでね?」


 「は……、はい。」


 希依ちゃんが僕を本当に不思議そうに見つめてくる。


 やっぱり、こんな急に好きになったとか言われたりしたら、そうなるよね……。




 こうして、僕らはS県へ向かったのだ。


 僕はその間、一睡もできずにいた。


 希依ちゃんも緊張しているようで、全然眠らなかった。


 少し僕とは会話はあったけど、やはりこんな異常な事態で楽しく電車の旅なんて気分でもない。




 フーリンのやつもそれっきり黙ってしまっていた。


 希依ちゃんはフーリンとはまったく話もしなかった。


 まあ、僕に気を使ってフーリンが黙ったというところだろう。


 だけど、僕も家族が心配でこの新たな出会いを楽しむ気持ちにはなれなかったのも事実だった。




 まだこのときはまさか地元があんなふうになってしまっているとは思ってもいなかったんだ……。


 漠然とした不安を抱えながらも電車はただただ、走っていくのであった。




~続く~



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