第4話 『逃亡』


 「がんばれ! がんばれ! さあ! こっち来いよ! また仲良くしようぜ!?」


 明児は牙をちらつかせ、そう言った。



 まさか……!?


 あの明児がこんなことに……。


 あの黒い霧のせいか?




 「おい……! こいつ、なんだ? 明児?」


 「ああ。美味しいエサだぜ? カモがネギ背負ってやってきたってところだな……。」


 「へぇ……? じゃあ、楽しく遊べそうじゃん!」


 「ひっひっひー! おい! てめぇ! こっち来ぉ!」



 周りの明児の仲間っぽい魔物たちもそれぞれがその口元に牙をちらつかせ、僕の方を見た。


 彼らの周りを黒い霧が包み込んでいた。


 僕はフーリンのほうをちらりと見て、一目散に逃げ出した。




 まさか……、明児が悪魔にとりつかれたというのか!?


 襲いかかってくるヤツラが、すべてものすごい悪魔の形相で迫ってくる。


 全力で走ろうにも魔物の群れが大通りいっぱいにうじゃうじゃといて、なかなかうまく走ることが出来ない。




 「裏通りだ! 裏通りに逃げろ!」


 僕は通りから外れた裏通りへ逃げる。



 「おい! 待てよ! おまえ! 逃げていいと思ってんのか!?」


 後ろから明児の声が聞こえる。


 必死で追いかけてくるんだ。


 あれは間違いなくなにか異界の魔物に精神ごと乗っ取られてしまったんだろう。


 もう明児は人間じゃあないんだ……。




 少し入った裏通りを必死に逃げるが、ヤツラも勢いをまして追いかけてくる。


 どうやら、僕をエサとしてロックオンしたらしい。



 「おい! 逃がすなよ!」


 「捕らえて身ぐるみ剥いで殺れ!」


 「殺せ! 殺せぇ!」



 ヤツラは物騒なことを叫びながら追いかけてくる。


 明児……。おまえは人間じゃあないのか……。


 畜生……。よくも……。


 こんなふうに変えてしまった原因が何かはわからないが、僕は憤りを覚えていた。




 「おい! レイ! やべえぞ! 行き止まりだ!」


 「ああ!? マジかよ!?」


 僕の前は行き止まりの壁だったのだ。


 しまった!


 これは追い詰められた!




 「はっはっは……! おいおい……。『がんばれ』ちゃん。こんな薄暗いところに自ら来るなんて……。おまえ、マゾかよ?」


 そう言いながら明児が追いついてきた。


 その仲間の魔物たちと一緒に駆け寄ってくる。




 「明児! いったいどうしたんだ!? おまえ! 僕のことを忘れてしまったというのかよ!?」


 「ああ!? あっはっはっは……! 覚えてるさ! だからっ! 貴様をぶっ殺してやんだよぉおおおっ!!」




 明児が襲いかかってきた。


 僕をその手に生えた鋭い爪で切り裂こうとしている!


 

 「玲威! 危ないっ!」


 フーリンの声が聞こえる。


 僕はその声に反応し、身をかわした。



 「てめぇええええええーーーっ! 地面に這いつくばれや! こらぁああああーーーっ!!」


 常軌を逸した眼をした明児が手に持っていた鉄棒を振り上げてきた。


 明らかに僕を殺そうとしているんだ!





 僕は思わず、登山用のサバイバルナイフで抵抗した。


 そして……。


 そのサバイバルナイフの刃が、明児の胸に突き刺さった。



 ブシュゥウウウウウ……



 血が吹き出す。




 しかし、明児の眼がギラリと悪魔的に光り、僕をにらみつける。


 「てめ……、まさか……? チクショォオオオーーーッ!!」


 明児がこの世のものとは思えない魔獣の叫び声をあげた。



 「こ……、ころしてやるぅ……。」


 そして、まだ僕を襲おうとその爪を振りかざしてきた。




 まずいまずいまずい……。


 このままでは僕が殺られる!


 僕のサバイバルナイフが明児の胸の部分に刺さったままになっている。


 僕は無意識にそのナイフを握り直し、強く押し込んだ。


 そして、その胸を貫かんばかりの勢いで押し返した。




 ドッ……



 「ぐぅ……。きさ……ま……。エサのくせに……。この俺を……。」



 明児はその人間の心を取り戻すことなく、倒れた。



 まわりの明児の仲間の魔物たちも動揺している。


 しかし、それもつかの間、すぐに狂乱して僕に次々と襲いかかってきたのだ。




 「レイ! しかたない! 全員、倒して逃げるぞ!」


 フーリンの声が聞こえた。



 僕は死にものぐるいで襲いかかってくる魔物たちをナイフで斬りつけた。


 魔物も急所は一緒のようだ。


 首や胸などを一突きにすれば、倒れていく。


 無我夢中でナイフで抵抗した僕は気がついたら、魔物の死体の群れの中に立ち尽くしていたんだ……。




 「はぁ……。はぁ……。はぁ……。」


 「なんとか倒せたな。しかし、すぐに魔物どもがこんな裏通りにもやってくるに違いない。」


 「そうだね。どこに逃げるか……。」


 「とりあえず、ここを離れて代々木公園の方へ行ってみよう。」




 僕はここに無我夢中で逃げてきたので、正確な場所はわからないけど、たしか渋谷109を越えてヤマダデンキを過ぎて走ってきたと思う。


 道玄坂のあたりか……!?


 そういえば周りにいかがわしいホテルが多いような気がする。



 僕は道玄坂小路を登っていき、メガドンキを右手に見ながら、文化村通り、渋谷センター街を横切り、宇田川通りへ出る。


 そこを左に曲がって、芸人の無限大ホールが見えた。


 こんな事態じゃなかったら、お笑いの劇場に行ってみたかったな。




 周りには口からよだれを垂らしながら、ふらふらと彷徨いている化け物があちこちを荒らし回っていた。


 僕はそぉーっと見つからないように静かに歩き、進んでいく。



 「あそこに集まってる魔物たち、あのホールを取り囲んでるな。」


 「中に逃げおくれた人がいるのかもしれないね……。」


 「近寄らないように避けていこう。」




 魔物たちに襲われてる人々が見える。


 この世界はいったいどうなってしまったんだろうか……?


 あの黒い霧のせいなのか……。



 とにかく進め。


 今は代々木公園まで逃げ延びるんだ。


 あ! そうこうしているうちに、僕の傍に一匹の獣が忍び寄っていたのだ。


 全身毛むくじゃらの小さな魔獣だ!


 こちらに飛びつこうとしている……!




 「危ない! レイ! 狙われている!」


 「ああ! わかってる!」


 フーリンも気がついたようだ。



 僕は逆にその魔獣に飛びかかり、建物と建物の間に押し込んだ。


 そして、思い切り持っていたサバイバルナイフで魔獣の首を切りつけた。



 「ぐぎゃぁ……ぁ……あ……ぁ……。」


 魔獣はかすれるような叫び声を発したが、間もなく絶命した。




 「なんとか倒せたな。魔物でも死ぬんだな……。まあ、いい。とりあえず、早く行くぞ!」


 フーリンがそう促す。


 僕は一応、近くにあったゴミ袋の影に魔獣の死骸を隠しておいた。


 仲間が匂いで嗅ぎつけてくるかも知れない。




 僕がその路地から外に出て、進もうとしたら、やはり、その親の魔獣であろうか、人間大の赤い髪の魔獣がうろうろと嗅ぎ回っていた。


 たぶん、さっきの魔獣の仲間だったんだろうか……。


 僕は急いで、その場を離れ、代々木公園方面へ足を早めた。




 すると、僕の持っているスマホが振動し始めた。


 何かあったのかと、スマホを取り出し見てみると……。


 ちょうどニュースをやっていたんだ。





 そう、僕の通っていた学校で魔物の襲撃があったらしく、爆発騒ぎが起きたというニュースが報道されていたのだったー。


 この渋谷の街だけではなく、地元のS県の学校にさえ、魔物の手が伸びていた。


 僕は両親が無事なんだろうか……とただそれだけを考えていたんだ。




~続く~



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