第1話 『予感』
『秋の暮』という季語がまさにぴったりと言っていい、10月の末日ー。
空は天高く澄み渡るように晴れ晴れとし、少し肌に感じる風が冷たくなってきて、涼しさが気持ちいい日だった。
僕の名前は、玩場玲威(がんばれい)。
僕の通う高校では、ちょうど二学期の中間テストの期間真っ最中で、まだまだ勉強しなきゃいけない時期だ。
成績は上の中くらいで、クラスのみんなも僕の名前が玩場玲威(がんばれい)だからか、『がんばれぃ!』って励ましてくれる。
半分、冗談交じりにだけどね。
まあ、こんな名前をつけた親が悪いよ。
からかわれるの当たり前じゃん……って思う。
でも、僕の母さん・玩場莉奈(がんばりな)は、僕をいつも励まして応援してくれた。
父さん・玩場隆三(がんばりゅうぞう)も僕をそれはそれは可愛がってくれるから、僕はそんなことは口が裂けても言えない。
父さんは昔は力士をしていたのだけど、引退して今はちゃんこ屋をやっている。
そんなに繁盛しているわけじゃあなさそうだけど、笑顔が絶えない家族だ。
僕も家では笑ってばかりだ。
母さんはいわゆる教育ママで、僕の教育に熱心だったけど、僕には目いっぱい愛情を注いでくれたと思う。
季節はいろいろ巡れども、いろいろなことで遊んでくれた。
庭で冷たいプールで遊ばせてくれたり、1階のリビングで暖炉の傍で本を読んでくれたり、母さんには僕も涙が出るくらいの気持ちで胸がいっぱいになる。
「ありがとう。母さん。」
……って言ったら母さんも涙ぐんでいたっけ……。
そんなせいか、僕はそんなに勉強には自信がなかったけど、高い目標を掲げて、一生懸命勉強してきたんだ。
おかげで、化学や、情報工学は得意中の得意科目になった。
やっぱり目的が決まると集中力が上がるのは本当だね。
バイトも頑張っていた。
工場作業だけどね。なんだか薬品を取りってる工場で、とにかく決まりにうるさかったな。
でも、僕は真面目にやっていたから、主任の伊地手久留代(いじて・くるよ)さんにも褒められたよ。
昨日は学校に夜遅くまで残っていたから、バイトには行けなかったけど、やっぱり働くっていうのは社会に役に立っているって実感するんだよね。
今日は僕は東京に出かける予定がある。
昔の幼馴染の親友・新油野明児(しんゆのめいじ)と会うんだ。
小・中学校が一緒で、めちゃくちゃ仲良しだったんだけど、高校で離れてしまった。
でもネットのFakeBookでいつも繋がってる。
明児(めいじ)のフェイチャ(FaceBookのチャットでのつぶやきのこと)はすぐに気がついてチェックしてるし、離れていても変わらず一緒のようだ。
他に中学校で仲良くしてくれた友達はほとんどが地元S県の僕が今通っている高校に進学した。
明児だけは頭が良かったから、東京の高校に進学したんだ。
今日は明児が東京の街へ遊びに行くって言うから、僕も久しぶりに会いたかったし、出かけることにしたってわけだ。
僕も準備万端で早朝から出かける。
今日のためにいろいろ準備もしたんだ。
明児のヤツをびっくりさせてやろうって言うサプライズ企画を計画している。
変装して行って脅かしてびっくりするところを動画に撮って、SNSに投稿してやろう。
そのためにめちゃくちゃ本物っぽい警察のコスプレ衣装を用意した。
「新油野明児(しんゆのめいじ)! 公務執行妨害で逮捕する!」
なんて言って逮捕のマネとかしたら、驚くだろうなぁ。あいつ。
あ、そうだ。
明児とまた一緒に登山なんかするのも楽しいかもな。
登山道具とか、軽い物はちょっと持っていっておこうか……。
あと、一緒に食べるおやつも持って行かなきゃ。
おやつは500円まで!
バナナはおやつに入りません!
とかあったな。笑。
僕はあれこれいろいろ明児とのパーティーを想像し、荷物を準備したんだ。
こういう準備のときが一番楽しいよね。
そして、荷物をリュックに入れて背負い、二階の部屋から階下へ下りていく。
いつもならまだ寝ている時間だけど、今日は珍しく父さんも母さんもリビングにいた。
昨日の夜と変わらない位置にいるよ。
だいたい、人っていつもいる場所って決まってくるものなんだろうね。
父はソファで、母はダイニングテーブルの椅子がお気に入りの場所みたいだ。
「おはよう! 父さん! 母さん! じゃあ、行ってくるね!」
僕は挨拶もそこそこに玄関に行き、靴紐を結び、玄関の扉を開けた。
ちらっと見た両親は、こっちを見てニコリとほほえみ、「行ってらっしゃい。」って、声をかけてくれたように思ったけど、そのときにはもう僕は玄関の扉を閉めて、一目散に駅へ向かっていた。
早朝の街はまだ人通りも少なく、この時期はまだ暗い。
日の出の時間はまだだろう。
駅への道すがら、近所の神社に寄った。
僕の大きな目的のため、神様のチカラも借りたいってことだけど、まあ、単なる願掛けだね。
ずっと東京に行きたいって思ってた僕の夢が叶いますようにって、ちょっとだけ真剣にお祈りした。
いち早く東京に出た親友の明児の夢は将来、美容師になるってことらしい。
そのために東京の高校を希望したんだ。
まあ、僕もそんな明児を追って一緒の高校に行きたかくなかったって言えば嘘になるけど、両親を放っておいていけないと思ったのもあって、断念した。
後悔はしていない……。
「よっ! 今日も信心深いねぇ? レイは。」
「おっ! フーリンじゃん! おまえも早いなぁ。」
「だから、俺はフーリンじゃなくって、風鈴(ふうれい)だっての!」
「まあ、いいじゃん。漢字は風鈴(ふうりん)って読むんだから。」
「ま、いいけどよ。おまえがそう呼びたいなら……。」
現れたのは馬路名風鈴(まじなふうれい)。
僕の小さな頃からの一番の親友だ。
こいつとは長い付き合いで、物心ついたときからの腐れ縁ってヤツだ。
「じゃ、やっぱ東京、行くんだな?」
「うん。そのために今までに準備してきたからね。」
「わかった。じゃあ、俺も一緒に行ってやるよ。」
「おお! やっぱ、フーリンならそう言ってくれると思ってたよ。」
「学校のヤツラにはいいのか? 何も言わなくて……。」
「うん。そこまで望むのは欲張りすぎって思う。」
「まぁな。じゃ、あいつらには何かプレゼントでもあげればいいかな!?」
「そうだね。それも考えてるよ。」
「おっけー!」
「行こうか!」
「おおー!」
こうして、僕たちは東京への大冒険に一緒に行くことになった。
僕は東京へは行ったことがなかったし、フーリンもそうだ。
「明児、僕たちを見たらどんな顔するだろうなぁ?」
「そりゃ、びっくりするんじゃないか?」
「うん。楽しみだね!」
「ああ、玲威のことだから、なにか企んでるんだろう?」
「あはは。バレちゃったか……。」
「わかるさ、そりゃ。何年の付き合いだって思ってるんだ!?」
「そうだったね。まあ、楽しみにしておいてよ。」
「おっけー。期待……しているよ?」
新幹線の『新S駅』についた僕は東京までの切符を買い、改札を抜け、ホームへ向かう。
いよいよ、旅立ちの時だ。
席は窓際に座る。
隣にフーリンが座ってきた。
「俺も窓際に座りたいな。」
「まあまあ。いいじゃん。僕も初めてなんだし。窓の景色を楽しみたいんだよ。」
「……ったく! しょうがねぇな。ま、今回は特別だ。譲ってやんよ。」
「はは。ありがと。」
反対側に座っていたおじさんがちょっと僕たちの会話を聞いていたのか、怪訝な顔をしたけど、僕がちらりと目を合わせると、おじさんは視線を外し向こうの窓の外の方へ目を向けた。
そして、新幹線が動き出すー。
僕はまだこの時、知らなかったんだ。
日常が変わる瞬間を……。
異界の恐怖が迫っていたことにー。
~続く~
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