僕が君を愛していない11の理由

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僕が君を愛していない11の理由

 初めまして。僕の名前は、ハロルド。現在社会人4年目のしがない絵本作家だ。今日、話すのは僕の描く絵本のことではなく、僕の恋人の話。その理由は後々分かるので、それまで付き合ってくれると嬉しい。


 彼女と付き合い始めて、5年が経った。けれど僕にはどうしても彼女を心から愛せない11の理由があるんだ。


 記念すべき一つ目。それは彼女がコーヒーを嫌いなこと。あ、いま大したことじゃない、って思ったね。重要なことなんだ。彼女は、起床後必ずバナナジュースを飲む。ジューサーにバナナと牛乳を入れて作る。そして僕は大のコーヒー好き。それを知っている彼女は、朝からコーヒー豆を挽いている僕の隣でそれを飲み干すと、バナナジュースの泡を口髭みたいに残したまま、僕の方を見てニッとはにかむのだ。本当にどうしようもない人だ。


 二つ目。寝相が悪いこと。とにかく暴れまわる。頭と足が反対になるのは日常茶飯事で、ひどいときには共有の毛布を奪って床で寝ている。この間なんて、服がはだけてお腹が丸出しになったまま寝ていた。もし僕がこっそり毛布を掛けていなかったら、次の日腹痛に悩まされたに違いない。


 三つ目。服装にうるさいこと。僕はよく、ださいとか、似合ってないとかダメ出しを食らう。もちろん身だしなみに無頓着な僕も悪いと思うけど、彼女は気に過ぎだ。僕は痩せているけど、モデル体型ではないし、顔だって地味だ。いつも縁の細い丸眼鏡を鼻の上にのっけている。素材がいいのにもったいない、いい恰好させたい、とかなら分かるけど僕じゃ荷が重い。何を着たって同じ、なんて僕が言うと彼女はこういい返す。「人間は思ったより見た目に左右されるんだよ。健全な精神は健全な服装から」おかげで、僕は最近、仕事の調子がいい。


 四つ目。週末にいつも外出すること。これの何が悪いのかだって? そう、これ自体はいいことさ。でも、彼女は週末出かける際、必ずといっていいほど僕の手を引くのだ。登山やキャンプ、遊園地や旅行。果ては映画館にすら僕を連れていこうとする。流石の僕も映画は一人で見たほうがいいんじゃない? ときくと、彼女の目がまん丸く開いて、それからからかっているような眼差しを僕に向け、こう言う。「君って本当に変わった人だよね。一人より二人の方がなんでも楽しいに決まってるじゃない。しかもそれが好きな人ならなおさら、でしょ」彼女の目は口ほどにものを言うんだ。


 五つ目。彼女はあまり料理が得意ではないこと。付き合いたての頃、彼女が作ったナツメグの入ってないちょっと黒いハンバーグに対して、「こういうのもあるんだね」と言ってしまった日から料理担当は僕になった。だから僕はすっかり彼女の好みを覚えてしまっている。トマトは嫌いだけどケチャップは好き。なんでも燻製にしたがるけど、燻りすぎると煙臭いと文句を言う。野菜だとキャベツが好き。僕がへまをして不機嫌な日も、ロールキャベツを夕飯にだせば、たちまち笑顔を見せてくれる。


 六つ目。僕が病人のときだけ優しくなること。普段の彼女と言えば、やれ靴下を裏返しのまま洗濯機にいれるなとか、パジャマが後ろ前逆だとか、一々細かい。でも僕が風邪で寝込めば、たちまち優しくなってしまう。しきりに欲しいものを聞いてきたり、苦手な料理を代わりに作ってくれたり。僕が寝付くまで頭を撫でたりしてくれたりもする。だけど、治って一日も過ぎれば、彼女はまた小姑のように口うるさくなってしまうんだ。


 七つ目。小恥ずかしいセリフをかましてくること。絵本作家の僕が言うんだ、間違いないよ。僕と彼女が付き合いだした時のセリフなんて、いま思い出しても顔が熱くなる。


 同じ文芸サークルに所属していた僕らは、好みが全くあわなかった。自分の好きなものを、相手の話を聞くこともなく言い合い、最後は口論をする。会えば毎回のように口喧嘩をしているので、ついには、それを見かねた部長がお節介を焼いて、遊園地のペアチケットをくれた。凄く嫌だったけど、断れない僕らは渋々遊園地に行った。仲の悪いまま色んなアトラクションに乗ったけど、ここでもやっぱり合わなかった。「僕はジェットコースターが嫌いなんだ」「コーヒーカップ? なんなの、あの退屈なやつは、あれが楽しいの?」なんて。しかし、これだけ趣向が違うと、何だか笑えてくるもので、帰りのバスに乗る頃には普通に話していた。すっかり部長の思惑通りになってしまったわけだ。別れ際、いつの間にか繋いでいた手を離すことが、名残惜しいような時間が流れた。5分くらいその場でもごもごした後、彼女は手を放して振り返った。「今日はありがと。意外と楽しかった、でも̶ 」夕日の逆光のせいで彼女の顔は見えない。「君はいちいち卑屈でめんどくさいし、SFのこととなると急に饒舌になって止まらなくなるし、“恋人たちの予感”を観てないっていうし、絶叫系に乗っても下ばっか見るから感想を共有できないし。だけど……」「だけど? 」彼女は柔らかく微笑んだ、気がした。「もし愛した人の窮地にあったら、裸足で駆けていきそう。それはもう、ガラス片とかあっても、気にせず。ジョン・マクレーンみたいにね」こうやって唐突に、そして恥ずかしげもなく、彼女は言うのだ。彼女には恥ずかしいという概念がないのだろうか。ちなみに、その時の僕の返しといえば「君の場合は家で洋画見てそうだね。ワインでも飲みながらさ、ははは」それを聞いて怒った彼女は、わたしの良いところが分かるまで帰さないから、といって離した手を再び握った。そうやって僕らは付き合い始めた。


 八つ目。犬が好きなこと。実家で犬を3匹も飼うほど犬好き一家だ。だから彼女が実家から帰ってくると、僕はくしゃみが止まらなくなってしまう。僕は犬アレルギーである。


 九つ目。とびきり美人なこと。街を歩けば注目を集める。海に行けば男が声をかける。つまり、一緒に歩いていると視線が痛い。彼女は慣れているらしいけど、地味な僕からしたら息苦しくてしょうがない。まぁ、誇らしくもあるけど。


 十。彼女の方が収入がいいこと。僕はしがない絵本作家だからね、以上。


 十までは、人によってはいいことじゃないか、と思うものもあったかもしれないけれど、安心してほしい。次のには自信があるんだ。


 最後、十一個目。それは、彼女はいま、僕以外に気になっている人がいることだ。

 な、言ったろ、安心してくれって。


 完成した絵本のデータを売り込みに行った帰りだった。丁度、彼女のオフィス近くのカフェの前を通ると見知った顔を見かけた。それはもちろん彼女で、そして対面にもう一人いるのに気付いた。――多分、会社の後輩だろう。僕より身長が10㎝ばかり大きくて、顔は普通より上? まだ若そうなのに、スーツがバシッと似合っていた。人当たりのよさそうな優しい顔立ちと、屈託のない笑顔に清涼感があった。彼女の口が動いて、その子が一生懸命うなずく。彼にはまるで、犬のような人懐っこさがあった。彼女は外だとあまり感情を出さない。外見と相まって、冷たそうな人だと陰で言われることも多かったらしい。そんな彼女が、僕にしか見せないような表情で、その子と話しているのを見て、僕はなんとなく理解した。もしかすると、彼女自身は気付いていないかもしれない。でも、確かにそうだと思う。

 そして、それを遠くから見た僕は、僕らが全く違う人種であることに気付いた。外見のレベルから趣味の一つまで。


 不自然だと思った。不相応だと気付いた。僕は贅沢もので、勘違い野郎だ。思い出したのだ、当たり前のことに。僕らは、最近愛し合っていないと思う。彼女が僕に抱いているのは、きっと情だ。愛じゃない。愛はほんの一瞬で、それは日食の様なものだと僕は聞いたことがある。彼女は、あの夕暮れ、遊園地からの帰り道で、昼間の熱に浮かされて勘違いしたんだ。


 僕は僕を知っている。そして、彼女を知っている。正しい位置というのは存在するんだ。


 だから――だから、僕は明日、彼女にこう言おうと思う。


「僕は、心から君を愛していないんだ」


 これだけの理由があるんだ。説得力があるだろ。

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