第4話 日常と彼女 (2日目)

 眠たそうな彼女の顔を見ると、とても可愛かった。なぜか負けた気分になった。今僕の寝起きの顔はとても不細工なんだろう。

 彼女はゆっくりと立ち上がった。

「着替えたいから自分の家から服取ってくる。合鍵ちょうだい。」

僕も気だるい体を起こして立ち上がり、合鍵を引っ張り出して彼女に渡した。

「はいよ」

今日僕の講義は二限からだ。彼女は三限かららしい、自分の家でいろいろと準備してくるそうだ。

「荷物とか運んでくる」

「わかった」

僕は着替えて、朝食の用意をした、いつも通りに。

「トースト食べる?」

「食べない」

僕は一枚のパンにバターを薄く塗ってそれを焼き、ブルーベリージャムを塗って食べた。これが僕の日常の中の小さな幸せだったりする。

「男とは思えない洒落た朝食食べるんだね」

「朝は優雅にいたいんだよ」

「なんかうざいな」

うざがられた。まあ自分でもそう思う。料理へのこだわりは人より強い。

「ケータイの連絡先交換して」

メッセージアプリでお互いに友達登録した。これで彼女にいつでも連絡できる。そんなことでなぜか内心喜んでいた。

 彼女は荷物を持った。もう出かけるらしい。

「じゃあ自分の家行ってくる。いってきます」

「いってらっしゃい」

 自分の家に向かうのにいってらっしゃいと彼女は言った。僕の家を自宅だと既に認識しているんだろうか。いや、何の考えもないだろう。

 僕は部屋に一人になった。いつも僕は一人だった。なのに何でこんなに寂しいのだろう。人間とは不思議なものだ。マイナスな状態には全然慣れないくせに、プラスな状態にはすぐ慣れてしまう。そしてマイナスに戻るとそれに悲しみを覚えるのだ。今彼女といる時間を自然にプラスだと表現した自分がいることに気が付いた。なんだか少し恥ずかしい気分になった、一人きりの部屋で。

 僕はカバンに講義に必要な教材や筆記用具、タブレットなどを入れた。まだしばらく時間がある、僕は買い物に行くことにした。

 近くの開店時間が早いデパートに行った。そこで彼女のためのものをいろいろ買った。歯ブラシや予備のタオルなど生活必需品をたくさん。余計なお世話だとも思ったが、まあ無いよりいいだろう。僕は家に戻って、家を出なくてはいけない時間までボーっとしていた。

 彼女はどの辺に住んでいるのだろう。誰と住んでいるんだろう。家族はいないと出会ったときに言っていたような気がする。学費などはどうしているんだろうか。そんなことばかり考えた。直接聞けば済むことばかりだが、聞きにくいことも多くある。

まあ、彼女がどんな環境にあろうともう関係ない気がしていた。僕が幸せにすればいいんだから。どこから湧くのかわからない謎の自信が僕にはあった。

 時間になったので、僕は家を出た。昨日彼女と歩いた道を一人で歩いて行った。昨日のことがもう遠い昔のような気がする。彼女と僕は一日しか一緒にいない。たった一日の関係でこんなにも人を想っている。人間とはなんと浅はかなんだろう、それとも僕個人がそうなのか、彼女の方はどうなんだろう。さっきまで彼女を幸せにしようと意気込んでいたのに、今はまた変なことを考えている。僕の悪い癖だ。彼女に聞かれたら馬鹿にされるだろうなと思った。

 人なんてそんなものだろう、家族以外は元は他人だ。結婚している人たちも皆元々は他人。そう考えると不思議な感じがした。

 大学に着いて、僕は講義室にすぐ入った。いつも講義を一緒に受ける仲間たちがすでに何人かいた。

「おはよう」

いつも通りの挨拶をした。何もかもいつも通りだ、講義が始まってもいつも通り。彼女という存在が僕の生活に入ってくることは、生活にとても大きな変化を伴うことであると思うが、案外何も変わらないのかもしれない。そう思えるのは、彼女と相性が意外と良いからかもしれないなと思った。講義には集中できなかった、それもいつも通りだった。

 昼休みになって、いつも通り昼食を食べた僕は、午後の講義に向かった。

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