第50話 武装集団(アネモネ)


 砂埃が舞う廃墟に放置されていた重装甲戦闘服を調べていたベティは、二メートルを優に超える兵器を仰ぎ見ながら、機体のあちこちを興味深そうに調べていた。背中から伸びる二重関節のマニピュレーターアームには、ロケットランチャーにも見える角張った火器が取り付けられていたが、彼女の関心を引いていたのは錆びひとつない装甲だった。


「こいつはヤバいな……」

『ん、ヤバい』と、ハクもペタペタと装甲に触れる。


「これって、旧文明期の貴重な遺物だよね」ベティは機体をスキャンしていたビーに訊ねる。「これがどんな機械か分かる?」


『軍用規格の装甲戦闘服であることは、誰の目にも一目瞭然だと思いますが』

「わたしは詳しいことが知りたいの」


 機体の周囲に重力場を発生させて空中に浮かんでいた偵察ユニットは、ベティにカメラアイを向けると、チカチカとレンズを発光させた。

『じつは私にも分からないのです』


「わからない?」ベティは首をかしげる。

「ビーが動かしてる機体は、大昔の軍隊が使っていたモノなんでしょ」


『正確には、部隊に支給される予定の〈偵察ユニット〉です。しかし初期設定を行い、ユーザー登録を行ったのはアネモネさまです』


「だから?」

『私には軍のデータベースにアクセスする権限がありません』


「でもビーは物知りだよね」

『アクセス権限にはいくつかのレベルがあり、一部の兵器や軍の機密に関する情報を閲覧することができないようになっているのです』


「ふぅん。兵器工場で働いてるペパーミントなら、この兵器について何か知ってる可能性があるのかな?」


『もちろん、その可能性はあります。カグヤさまも〈データベース〉にアクセスできるので、何か分かるかもしれません』


「それならカグヤに連絡しておいてくれないか」とアネモネが言う。「どの道、こいつをここから運び出すには、レイラたちの助けを借りないとダメだ」

『承知しました。すぐに連絡します』


「それにしても、デカいな」ケンジは直立した兵器を見上げながら言う。

「本当に人間が装着するモノなのか?」


『間違いないですよ。装着する人間の身体からだに合わせて製造されていますから』

「俺の目には大柄の人間しか装着できないように見えるけど、普通は規格統一するんじゃないのか?」


『軍人は立派な身体を持っていたのです』

「立派ね……」


 それからケンジはいつものように単刀直入に質問をした。

「それで、この兵器は動かせるのか?」


『機体を制御するシステムに接続しなければ詳細な情報は得られませんが、外装パーツに損傷は見られませんし、駆動系にもダメージは確認できません』


ほこりを被っているが、機体の状態は良好か……誰かが整備していた可能性は?」

『廃墟の街を根城にしている略奪者たちには、この機体を整備することはできません』


 周囲の瓦礫がれきを引っ繰り返しながら、貴重な遺物が他にないか探しているハクとベティの様子を見ながら、ケンジは質問を続ける。


「鳥籠に行けば旧文明の遺物を修理できる職人はすぐに見つかるが、それでもこいつをいじくることはできないのか?」


『できません。軍の技術には――とくに旧文明の貴重な遺物とされる兵器には、私たちが廃墟の街で見かける多くの兵器と、技術体系そのものが大きく異なるモノが存在します』


「たとえば、レイラの秘匿兵器とか?」

 アネモネの質問に、ビーは短いビープ音を鳴らす。

『はい。あれは存在そのものが異質で驚異的な兵器です』


「お姉さまの義手もペパーミントが改良してくれたけど、やっぱりすごく貴重な遺物なのかな?」


『はい。義手のブレードに使用されている鋼材は――』ベティの質問に答えようとしていたビーは急に黙り込むと、カメラアイを真っ赤に発光させる。『動体センサーが接近する生物の反応を検知しました』


「人擬きか?」

 ケンジはライフルのチャージングハンドルを引いて薬室内の弾丸を確認する。

『人擬きにしては動きが素直すぎです』


「それなら相手は略奪者かスカベンジャーだな……正確な位置が分かるか」

『情報を送信します』


 アネモネはタクティカルゴーグルに表示された複数の反応を確認すると、ケンジとベティに指示を出して戦闘の準備をさせた。ハクにも声をかけようとしたが、すでに室内にハクの姿はなかった。


『ハクさまに無闇に攻撃しないように警告したほうがいいと思います』とビーは言う。『深淵の娘は巣に近づく脅威に対して、恐ろしい行動を取ることで知られていますから』


「相手が行商人だったらヤバいってこと?」ベティが訊く。

「それに関して心配することはないだろ」とケンジが答える。「ハクは獰猛どうもうで野蛮な変異体じゃない。攻撃する相手が敵対的な人間なのかくらい判断できるさ」


 赤茶色に腐食した避難階段をつかって建物屋上に移動すると、旧式ドローンの騒がしい飛行音が聞こえてきた。


「ケンジ、ドローンの姿が見えるか?」

 アネモネの言葉に彼は頭を横に振る。

「ダメだ。ここからは見えない。ベティ、そっちはどうだ?」


 屋上に設置されていた無数の空調室外機の間を通って、反対側の通りを監視しに向かったベティの声が内耳に聞こえる。

『ドローンは見えないけど、武装した人間が見える』


「武装した人間か……姉さん、敵だと思うか?」


 単眼鏡を覗き込んでいたアネモネは、廃墟の通りをじっとにらむ。薄い布地の戦闘服にチェストリグを身につけた人間の姿が複数確認できた。軽装だったが、略奪者が身につけないような本格的な装備を扱う部隊だった。


「隊商の護衛をしている傭兵の可能性がある。このまま様子を見よう」


 風切り音が聞こえて、建物の外壁に銃弾が直撃したのは、ケンジがライフルを構えた直後だった。


「クソ、警告なしに撃ってきやがった。ベティ、そいつらは敵だ!」

『了解、全員ぶっころしてやる』


 小銃による撃ち合いが始まると、たちまち周囲は騒がしくなる。敵との距離は三十メートルほどしかなかったが、武装集団は瓦礫に身を隠しながら攻撃してきていたので、思うように敵を排除することができなかった。


 銃弾を撃ち尽くすと、ケンジは壁に背中をつけながら弾倉を装填する。

「どうして俺たちの位置が分かったんだ?」


「さっきのドローンだろうな」アネモネも弾倉を装填しながら言う。

「ビー、敵のドローンは見つけたか?」

『すでに見つけました』


 ケンジも敵ドローンの位置情報を受信するが、小型のドローンは常に不規則に動いていて破壊するのは困難に思えた。そこに機械人形の部品を抱えたハクがやってくる。


『アネモネ、どうした?』

 敵の気配を察知して索敵に向かったと思われたハクは、どうやら〝たからもの〟を探すために何処かに行っていただけだったようだ。


「ハク、小さなドローンを破壊することができるか?」

 アネモネの言葉にハクは身体を斜めにかたむける。


『これが敵のドローンです』

 ビーがホログラムでドローンの姿を投影すると、ハクはベシベシと地面を叩く。

『ハク、できる』


「ビー、ハクに敵ドローンの位置を教えてあげてくれ」

『承知しました』


 ビーがハクを連れて何処かに飛んでいくのを見届けたあと、アネモネは避難階段まで移動して、建物に接近してくる集団を攻撃する。


 断続的に続いていた銃撃は、ハクがドローンを破壊した直後に止まり、敵は統率のとれた見事な動きをみせながら撤退していった。


「あの動き、ただの略奪者には見えないな」

 ケンジは空の弾倉に弾薬を込めながら言う。

「ベティ、そっちは問題ないか?」


「平気だよ」と、ライフルを胸に抱いたベティが歩いてくる。

「反対側から攻めてきた奴らも逃げたみたい」


「レイラが話していた連中が動き始めたのかもしれないな」

 アネモネの言葉にベティはうなずく。

「レイに報告する?」


「ああ。それに今日の探索も切り上げたほうがいい。拠点に戻ろう」

「わかった。誰かに遺物を盗られないように、ハクに建物の入り口を塞いできてもらうね」


 ベティが階下に向かうと、アネモネはビーが記録していた敵の映像を確認する。そこには紺色のロングコートを羽織った〈不死の導き手〉の信者と思われる人間の姿が映し出されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る