第47話 異星船(ハク)


 汚染地帯で偶然見つけた由来も建造者も不明な宇宙船の残骸を探索しようとしていたとき、廃墟の街に騒がしい銃声が鳴り響いた。けれどそれはこの街の日常だった。白蜘蛛のハクは銃声を無視して、機首が建物に半ば埋まっていた船に近づく。


 戦闘艇だと思われる大型船の周囲には、墜落の衝撃で崩落していた瓦礫がれきに圧し潰された多数の軍用車両が放置されているのが確認できた。


 ハクは長い脚をそろりと動かし、気配を消しながら宇宙船に接近した。雑草に埋もれた車両のなかには、錆びついた小銃と人骨が残されていたが、それらはハクの関心を引くことはなかった。


 ずんぐりとした流線型の宇宙船は、錆びのない黒檀こくたん色の装甲で覆われていたが、つるりと磨き上げられた装甲には土砂が堆積し、砂埃が付着していて汚くて古びた印象を与える。しかし装甲に経年劣化は確認できず、それがいかに優れた技術で建造されたのか一目瞭然だった。


 搭乗員のための出入り口を見つけたハクは、長い脚を伸ばすと、ネコ科動物特有の自由自在に突き出すことのできる鉤爪を引っ込めて、フサフサの体毛で覆われた脚先でハッチに触れた。


 しかし生体認証が必要なエアロックは、しっかりと施錠されていて反応を示さなかった。ハクは諦めきれず、船体に跳びのると、レイラが接触接続を行うように、反応しそうな装置に触れ、突いて、叩いてみた。しかしなんの反応も得られなかったので、結局は諦めて近くに墜落していた別の船を調べることにした。


 葉巻はまき型の細長い商船は、墜落の衝撃で船体が折れていて、錆びついた大型輸送コンテナがあちこちに散らばっていた。さきほどの戦闘艇と異なり、装甲は赤茶色に腐食していて船内では雑草が繁茂はんもし、あちこちにゴミが散乱している。


 船室には略奪者たちが残していったと思われる缶詰やテントの残骸に雑じって、咬み砕かれた人間や動物の骨、それに錆びて泥に埋もれた大量の物資が確認できた。


 ハクは弾薬箱の蓋をパカパカと開いたり閉じたりして遊んだあと、すぐに興味を失くし、船体に飛びのる。


 すると道路に墜落していた別の商船が見えた。船体の構造は同じだったが、幹線道路に真直ぐ墜落していた船は折れずに完全な状態で残されていた。とは言うものの、船体は激しく損傷していて、装甲がめくれるようにして剥がれていた場所からは、簡単に船内に侵入することができそうだった。


 すぐに機嫌がよくなったハクは、幹線道路に向かって軽やかに跳びあがり、音を立てずに船体に着地すると、トコトコと船内に侵入した。


 装甲の亀裂から日の光が差し込む薄暗い通路は、泥や草に覆われていたが、しばらく進むとそれも見られなくなり、ほこりが堆積した広い空間に出る。どうやら輸送コンテナの内部に侵入できたようだ。


 生命維持装置システムを必要としないコンテナは、それなりの広さが確保されていたが、金属製の棚がビッシリと並んでいて、狭苦しい場所になっていた。


 棚には無重力空間で荷物がバラバラにならないように、しっかりと固定されたコンテナボックスが収められていた。ボックス内には、旧文明の技術で製造された数々の物資が大量に保管されているようだった。


 それらの物資はスカベンジャーのみならず、廃墟の街に生きるすべての人間にとって、まさに宝の山と呼べるモノだった。けれどそれがどれほど貴重なモノであったとしても、人間の物資を必要としないハクの興味を引くことはなかった。


 ハクがお気に入りのアニメソングを口ずさみながら棚の間を移動していると、どこからか金属を叩く音が聞こえてくる。ハクは身を低くすると、暗闇に同化するように音を立てず静かに移動する。


 ハクの視線の先では、生物の死骸を好んで食べる〈腐肉喰らい〉が群れるようにコンテナの一角を占拠していた。肉塊型とも呼ばれるグロテスクな化け物に変異する過程にある人擬きの存在をハクは知っていたが、一箇所にこれだけの数の化け物が集中している光景は見たことがなかった。


 腐肉喰らいには皮膚がなく、繊維質の筋肉組織と黄色い皮下脂肪が常に露出しているような状態で、それは粘液質の気色悪い液体に覆われている。頭部や手足の数は不規則で、もはや人間の原形をとどめていない。


 しかし節足動物のようにも見える個体には、たしかに人間の手足が生えていて、かつてそれが人間だったと認識することができた。


 この場所は腐肉喰らいの巣なのかもしれない。

 そう結論付けたハクは、人擬きが変異して、さらに危険な存在になるまえに対処することにした。


 腐肉喰らいの群れが金属製の棚に囲まれるようにして、通路の中央に密集していることを確認したハクは、通路の左右に置かれていた棚に向かって糸を吐き出し、触肢に引っかけた糸を一気に引っ張って、大量のコンテナボックスが収められた棚を引き倒した。


 大きな音を立てながら棚が倒れると、砂埃が立ち、商船のあちこちから金属的なきしみ音が聞こえた。ハクは動かず、腐肉喰らいが密集していた通路をじっと見つめる。


 しばらくして人擬きがコンテナの下敷きになったことを確認すると、不死の化け物がぞろぞろと這い出てこないように、粘着性の糸を吐き出してコンテナを床に固定する。


『ん』

 目立った成果は得られなかったが、やるべきことを終えたハクは満足そうに商船の外に出る。


 高層建築物の壁面に張り付くと、汚染地帯になってしまっている廃墟の通りを注意深く観察した。人気ひとけがなく、野生動物の気配も感じられない。廃墟の街に相応ふさわしい光景が広がっている。そこでハクは奇妙な物体が樹木に覆われているのを発見した。


 その物体は、最初に調べた宇宙船に似ていたが、より異質で、ある種の形容しがたい不快感を伴う造形だった。近づくことさえ躊躇ためらう気配を持っていたが、ハクは知的好奇心に誘われるまま、異種文明によって建造された宇宙船に近づいた。


 異星船の装甲に経年劣化は確認できず、すぐにでも動かせそうな雰囲気を持っていた。しかしそれは雑草や樹木の根に覆われていて、長い間そこに放置されていたことがわかった。


 ハクが船の周囲を調べて、入り口になるような場所を探していると、突然、象牙色の幹を持つ巨木が乾いた音を立てながら倒れる。驚いたハクは真っ白な体毛を逆立て動きを止める。けれど敵対的な気配は感じない。


 そろりと脚を動かして倒れた樹木の側に行く。そこには開放されたエアロックがあり、船内にぼんやりとした照明が灯っているのが見えた。地中に埋まっていたエアロックが動いた所為で、巨木が倒れたのだろう。


 ハクは躊躇ちゅうちょすることなく船内に侵入して、あちこち見てまわることにした。


 通路は広くなっていてハクが余裕で移動できる空間があり、天井も高くなっていた。しかし壁面は岩壁のようにゴツゴツとしていて、常に濡れているようなヌメリがある。しかし壁に触れても体毛が濡れることはなかった。


 いくつかの部屋には見慣れない機械や計器類が置かれていたが、ハクにも、それから人間にも理解できない言語が使用されていて、まったく読めなかった。


 探索を続けるハクは気づかなかったが、船内には棘皮きょくひ動物のような、ゴツゴツとした表層を持つヒトデに似たコンテナボックスが大量に残されていた。そのなかには、驚異的な異星技術で製造された貴重な装備が保管されていたが、残念ながらハクは素通りしてしまう。


 結局のところ、ハクの探索は無駄に終わってしまうが、レイラとカグヤ、それにミスズが一緒だったら何か価値があるモノが見つけられるかもしれない。そう思ったハクは、宇宙船が集中的に墜落していた異様な場所を記憶にとどめておくことにした。

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